第73話~GI凱旋門賞その2~

「はぁ、すっげぇ重圧。今だけは竹豊騎手のメンタルを見習いたい」


『へぇ、やっぱそんな凄いレースなんか? 日本馬が勝ったことは無いって聞いてるけど、ガチでジャパンCや有馬記念よりも凄いのかね? 俺もちょっと緊張してきたぞ』



 俺に跨った横川さんが呟く。という訳でそろそろ凱旋門賞が始まるらしいぞ。



「俺の生涯を賭けた1戦だが気負うことは無い。まぁ、気楽にいけや」


「重たすぎる!?」



 調教師の荻野さんからの激励に横川さんの返事が響く。馬主の宮岡さん、先程までパドックで俺を引いてくれた沢村さん、彼らを背に俺たちは本馬場入場を行う。



「「「おぉぉぉおおぉぉおぉぉおおぉぉぉ!!!!!」」」



 うおっ!? 何だ何だ? 前走のフォア賞じゃレース中以外は静かだったはず!? 一体なんであんな大声を……『黄金の血統』? 『帝王の血統』? そして『運命旅程』? なんだあの横断幕の数……。



「ファートム来たァ!」


「馬体やべぇ! これ勝てるわ!」



 ん? 日本語? ……えぇ? ここフランスだよね? あそこ日本人多すぎじゃない? もしかしなくても俺を見に来たって訳?


 ふっ、仕方ねぇファンサをしてやるか。本馬場入場は流れがあるが多少離れたりする事もある。例えばタマモクラウンは俺の方に寄ってくるしクレイアスは端の方でボーっとしてたりとか。



「おっ? くくっ、やっぱ血筋だな」



 何笑ってんの横川さん? 血筋って一体……? まぁ離れても問題は無さそうだし良いか。行くぞ!



『へーい! 諸君! 俺のためにフランスまで来てくれてありがとうねぇ!』


「「おぉぉぉおおおおおぉぉぉ!?!?!?」」


『おぉ! 反応思ったより良いな』


「ゴルシすなー!」


「テイオーステップのファンサ神過ぎる!」


『なんで俺のおじいちゃんの名前出てくるんや? 帝王ステップはウケ良いな。またやろっと……お? あれ、君たしか……』



 観客席に近づいていったらめちゃくちゃ反応良かったわ。適当に常歩で応援やらを聞いていっていたら1人だけ知り合いを見つけた。



「ファファファートム!?!?」


『俺そんな馬鹿みたいな名前ちゃうよ? それより君、2年前ぐらいに乗ってくれた青年やん。お久~』


「ぬわぁぁぁぁぁ!?!?!? もう死んでも良いぃぃぃぃ!?!?!?」



 首を伸ばして顔擦り付けたら奇声を上げて立ったまま気絶しやがった。おいおい、俺のレース見に来てレース前に死んでるやつ居るんだが? 起きろー(ベロベロ)。



「はっ!? ……俺もう一生顔洗わない」


『いや洗えよ? でも汚してすまんかったな。んじゃレース見ててくれよ~』



 そのまま客席の前を駆け抜けて俺は誘導馬達の方に戻って行った。最後まで歓声と拍手が止まなかったな。はは、良いねえ、上がってきたわ!



『……お前、何やってんだ?』


『っ! シャルルゲート!』



 ゲート前でぐるぐる回ってるやつに合流した所でそう声をかけられた。それが約1年ぶりとなる、シャルルゲートとの久しぶりの再会だった。



『ふっ、久しいなファートム! 我がライバルよ!』


『え、どちら様ですか?』


『えぇ!? ……いやさっき我の名前を呼んでたではないか!? 騙されんぞ!』


『確かに。おひさ』


『ふっふっふっ、長い休養期間を挟み、そして再びお前と走れること、まさに史上の喜び』


『そだね』


『ざついっ!? 雑すぎるよ!? 1年ぶりの再会よ!? 再戦の約束果たしたんだよ!? もっとこう、あるでしょ!?』



 シャルルゲートは相変わらず欧州の欠片も感じさせない口調で話してくる。にしても……。



『すっげぇ馬体。お前も仕上げてきたんだな』


『無論だとも。所でクレイアスは……今年は来れなかったか』


『あぁ。アイツを倒して俺が代わりに来た』


『倒して、か。……ふぅ、我もそんな風に言えたら良かったんだがね』


『ん? どういう事だ?』



 シャルルゲートは俺の話を聞いて悔しげな声を漏らしながら首を横に向ける。その視線の先には……なっ、なんだ、あのオーラは!?



『化け物か、あいつは?』


『君を持ってしてもそれほどの評価か。あれはオーソレミオ。1年前、この地で我とクレイアスに破れた馬さ』


『アレを? ……別の馬だろ』


『我もそう思いたいね。去年までは強さの片鱗は見せていたがそこそこ強い程度のイメージだった。だが、この前に戦った時は既にあぁなっていたよ。……完敗だった』


『……シャルルゲートが?』



 シャルルゲートの言葉は事実だろう。それを証明するように、この場に集まった奴らは日本のGIと比べても劣らないどころか、寧ろ全体的なレベルとしては優っていると思う。


 ドゥラブレイズ級がゴロゴロ居やがる。つまりGI級ばっかだ。少数の記念挑戦みたいな実力の馬が全く居ない。でも、オーソレミオって奴はその中でも明らかに1頭だけ桁が違う。


 俺でも勝てるなんて口が裂けても言えない。あれ、下手したらクレイアスより強いんじゃ? ……いや、クレイアスに勝ったシャルルゲートが負けた。確実に強いだろう……。



『hi! シケたツラしてどうしたのヨォ!』


『っ!? り、リリー!? 君も居るのか!』



 後ろから脅かすように声をかけてきたのは昨年のジャパンCで来日して共に走ったリリーオブザインカちゃんだった。ちなみに年下ね……年下、なんだよなぁ?



『久しぶりねファートム! 約束通り来てくれてありがとう! でも今日はペルツォフカは居ないの? 前はちゃんと話せなかったしお話したかったんだけど……』



 ベルツォフカ。俺の一個下のオークス馬で、この子もジャパンCで一緒に走ったな。確か俺と同じ転生者なようだったが、宝塚記念以外は一緒に走ってない。あの後は勝てているだろうか? 不安だ……。



『むぅ、話題を出したのは確かに私だけど、それでも私以外の女の事を考えているのは嫌ね』


『わ、悪いな。ペルツォフカとはあの後1度あったきりでさ。それと約束通り、来たぜ。君の本場で、君達を倒すために』


『あら、そうなの。負けて慰められながらの観光コースを準備してたのだけど』



 お互いに口角を上げて牽制し合う。シャルルゲートが怯えていた。お前、仮にも世界最強クラスの馬だってこと忘れてないか?



『あ! ファートム』


『……ん~?』


『お? ローズ。この間ぶりだな。その白い馬体でローズだってすぐ分かったぜ』


『……はぁ?』


『えへへ、でしょ? ボクも君の事すぐに分かったよ? だって格好良いし!』


『……へぇ?』


『ふっ、当たり前の事でも口にされると照れるな』


『……ふ~ん』



 前走フォア賞で同着になった白毛馬レンテンローズと再会した。所が軽い雑談をしていると隣からものすごい視線を向けられる。もちろんリリーだ。



『……ねぇ、ファートム……今日は絶対に潰すから覚悟しといてヨォ?』


『ん? お、おぉ? そこまで戦う気迫があるのは良いがどうかしたか?』


『……良いよ別に』


『いや良くない。会えるのはこれが最後かもしれないからな。悔いは残したくねぇ』


『……ファートムの、そういう所ズルいなぁ』



 何だか分からないがリリーは去っていく。うーむ、何かミスったのだろうか?



『あー、ボク居ちゃ不味かった感じ?』


『そんな事はないと思うが……シャルルゲート、どう思う?』


『ここで我に振るのか!? ……よく分からんがファートムが悪いで解決だろ』



 酷い結論だ。だが……否定しきれない。て言うかさっきから妙に注目が集まっているな。



『あぁ、大抵の馬は我が倒したからな。牝馬ならリリーオブザインカが。そして白毛馬。注目を集めるのも仕方あるまい』



 そういうもんか? それより知り合いって言えば……居ねぇな。ジョイフォーリーフ、あの馬はジャパンCで見たことある。あとローゼンクランツ辺りは前走で一緒に走った程度。でも本命は……。



『よう、オーソレミオだな』


『……そうだけど。君は誰だい?』


『ステイファートム。お前を倒す馬の名前さ』


『俺を、倒す? ……面白い冗談だ』



 オーソレミオを俺の方には目もくれずにそう答えた。



『いいや、きっと君を倒せるなら我か彼。それか彼女ぐらいだろう』



 シャルルゲートが後ろから俺とリリーの方に顔を向けて反論した。



『……あぁ、君か。……君は、俺に完敗だったじゃないか? あれだけの負けを突きつけられて、まだ勝てると思っているのかい? ほら、あの男を見てみなよ』



 そう言ってオーソレミオが鼻を突き出したのは一頭の芦毛馬だった。



『グレイファントムか。彼も中々強いが…… 何故こちらを見て脅えている?』


『俺に負けたらあぁなった。詰まらないよ本当に。GI4勝馬だって聞いて期待していたら、君以下だった』


『……それで?』


『ん? あぁ、つまりゴミはゴミらしく震えて道を譲れよ。俺の道を阻むな。俺の太陽の道を……』



 オーソレミオは俺達をもゴミでも見るかのような目で見つめてくる。



『ゴミ、だと? ふざけんな! 皆が皆、一生懸命走ってるんだ! 勝つために、命を懸けて! 騎手の人や厩務員、お世話をしてくれる人に応援をしてくれる人! それをゴミだと!?』


『一生懸命? ……それで? 勝たなきゃ意味無いでしょ? 人だって勝たせるために頑張ってる? 知ってるよ、身をもってね……! 恵まれたお前らに分かってたまるか!』



 っ!? ……なんだ、この憎悪に等しい迫力は……? 最初は少しだけゼッフィルドに似ているかと思った。でも違った。


 あいつは敢えてレースがダルいなんて舐めた口を聞き、俺たちを煽る番外戦術やらを駆使していた。でもオーソレミオは違う。


 単純に全てを憎んでいるんだ。レースを、競走馬を、騎手を……観客を含めた競馬に関わる全ての人間を……!



『……俺は勝つ。勝って全員ぶち殺す。競走馬としての人生を、騎手としての人生も……俺を苦しめたこの世の全てを壊してやる』


『……何があったのかは知らんが、勝手なこと抜かすな。その眼に焼き付けろ。そして教えてやるよ、上には上がいるって事を……あんまりレースを、競馬を舐めてると潰すぞクソガキ』


『うるせぇぞ人に飼われた家畜のジジイが。シャルルゲート如きとつるんでるお前の実力なんざたかが知れてるわ。日本? あのロードクレイアスと同じ土俵の雑魚が、俺の太陽の道を阻めると思うな』

 


 まるでバチバチと激しい火花が散っていると錯覚するほどの意志を感じとる視線のぶつかり合い。横川さんとオーソレミオの鞍上の人が無理やり離すことで何とか一触即発は免れた。



『君がそこまで熱くなるとは我もビックリだよ』


『……なぁ、シャルルゲート。アイツ……お前の事も、クレイアスの事もバカにした。……許せねぇ。俺、アイツを完膚なきまでに、足腰立てなくなるまで壊し尽くしてやる』


『お、おう……』



 お互いの矜恃を、意地を、誇りを。全てを賭けて世界最強馬を決める一戦が今、幕を開けた。

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