第64話~GI宝塚記念《中編》~
「勤よぉ、不安とかあるか?」
「大丈夫です」
宝塚記念をもうすぐに控えた横川勤にそう問いかけるが、即答で返された。はは、準備万端だってか? まぁ、俺の方もそうだがな。
調教師として最高の仕事はしたと断言する。大阪杯→宝塚記念、天皇賞・春→宝塚記念ならともかく、大阪杯と天皇賞・春を走って宝塚記念を万全な状態で迎えられたのだ。褒めて欲しいぐらいだぜ。
「ふっ、余裕そうだな。そんなお前に朗報だ。……オーナーは今でも乗り気だぞ」
「あぁ、予想はしてましたけど、本当に行くんですね」
「あぁ……凱旋門賞だ」
凱旋門賞。その言葉を聞いた時の口角の上がりよう、武者震いにも近い身体の震え、良いねぇ。恐怖じゃない、期待による高揚感。誰よりも期待しているのは多分お前だよ、勤。
「去年のジャパンCでシャルルゲートのオーナーさんと話してたのは知ってたが、当時はリップサービスだとばかりな」
「あの人は日本競馬の王道路線に惚れた人ですからね。海外に目を向けないかもと思うのも仕方ないです。ただ、凱旋門賞だけは特別です」
「そりゃそうだ。日本ダービーと有馬記念、海外なら凱旋門賞。この3レースだけはGIの中でも別格の印象がある」
「いやいや。天皇賞・春、天皇賞・秋、ジャパンCも入りますよ」
俺はてっきりオペラオーの達成した年間無敗、全戦全勝のグランドスラムの再来を起こすのかと思っていたが……あぁそうか、あの人は記録よりも夢を、ロマンを選ぶ人だったな。凱旋門賞の魅力は、それほどか……。
「ただ1つ問題がある」
「なんです?」
「行くのは勝てたら。負けたら国内専念だ」
「……ロードクレイアスがいるこの舞台で、それを言いますか」
「むしろ居るからだろ。ここでクレイアスの奴に勝てないなら、凱旋門賞なんて夢のまた夢だって考えらしい」
現役最強馬候補ではなく、歴代最強馬候補の有力な1頭として名が挙がるロードクレイアスに勝たなければ、凱旋門賞にはいけない。
「まぁ、世界に旅立つならそれぐらいしないとダメですね。勝ちますよ、春秋グランプリ制覇で」
「その意気だ。ぶっぱなしてこい」
***
「おひさ~、勤君元気してるか?」
「えぇ、ファーに乗ってから絶好調ですよ。豊さんこそ、歳でキツくなってきたんじゃないんですか?」
「馬鹿言え。乗せてくれる人がいる限り俺は生涯現役だよ。今年の日本ダービーも勝ってるし。あー、早く俺に引導を渡せるような次世代の有望株でも居ないかなー?」
ロードクレイアスに乗った竹豊騎手が僕の方をチラチラ見ながら言ってくる。
「ははは、じゃあ今日この場所で格付けさせてあげますよ。新時代(ネオエイジ)が!」
「Why!? ナンデヤネン!?」
唐突に僕の口から自分の騎乗する馬の名前を出されたオリブエ・ぺリオが関西弁・英語・そして母国語であるフランス語が織り交ざる通称ペリオ語で反応する。
「俺たちの王道を阻もうというか!? ぺリオ!」
「ダカラナンデワタシ!? ツトムクン、ヘルプミー!」
「そんなに怖いか? 新時代(ネオエイジ)が!?」
「ノォォォォ! テキノテキハテキダッタヨォォォ!」
ステイファートムとロードクレイアスが舌戦を繰り広げている間に、鞍上同士でもこのような舌戦が収められていた。
***
【馬番】
①ドゥラスチェソーレ
②キセキノアシ
③ミドルオブドリーム
④メリッサ
⑤ドゥラブレイズ
⑥ペルツォフカ
⑦ネオエイジ
⑧ライジングウェーブ
⑨ロードクレイアス
⑩ワナビアヒーロー
⑪パスオブグローリー
⑫キャンディボール
⑬ダノンマカヒキッド
⑭バーストインパクト
⑮ステイファートム
1番人気ステイファートム2.5倍
2番人気ロードクレイアス2.7倍
3番人気ドゥラスチェソーレ10.2倍
4番人気パスオブグローリー13.6倍
5番人気ドゥラブレイズ24.3倍
《三冠馬が、その年のダービー馬が10倍台を切れないオッズをご覧下さい。人々の注目はこの2頭だけに注がれています
片や2度の骨折に苦しみクラシックを無冠で終え、古馬でGIを5連勝した帝王。片や2歳からGIを制し世代の頂点に上り詰め、古馬で世界に君臨する征服王
どちらが勝ってもおかしくありません。さぁ皆さんお静かに。静寂に包まれながら、枠入りは順調です。バーストインパクト、順調です
枠入り完了。現役最強を決めよう第××回宝塚記念スタートが切られました! 好スタートを決めたぞロードクレイアスッ!?
大外ステイファートムも出ています! 綺麗に揃ったスタートです! まず行くのは内からキセキノアシ! 真ん中からワナビアヒーロー。外からステイファートムも行ったぞっ!
オークス馬2頭も中段で並んでいる! そして3歳ダービー馬パスオブグローリーは後方に位置している!》
上手く出れた。あいつは……チラリと横目で後ろの方を見れば出遅れている奴は居ない。って事は無事にスタートは決めたんだな。はっ、これで出遅れたから負けたって言い訳は使えないぞ?
《最内枠から前に行こうとしているのはドゥラスチェソーレ。下げません。三冠馬は前で勝負を選択。さぁ先頭はキセキノアシとワナビアヒーローの競り合い!
2番手にメリッサ、そしてステイファートムはここ。ロードクレイアス、⑨の馬番にご注目。ロードクレイアスはここです。第1コーナーカーブを迎えます》
最初に直線。そこで隊列が決まった。俺はいつも通りの前目に位置しているが、それより前にいるキセキノアシとワナビアヒーローの競り合いがやべぇな。
ロードクレイアスの奴もいつもより前目に陣取ってやがる。はっ、さすがにここの直線じゃ東京の長い直線より前目に位置取らなきゃ届かないって判断だろ。
《さぁ先頭はワナビアヒーローが引っ張る形となりました。1馬身差でキセキノアシ。その後ろにメリッサが付けてその後ろに1番人気のステイファートムです
春古馬三冠に向けて視界は良好。鞍上横川、じっくりと抑えながらの競馬をしています。そしてその後ろにはミドルオブドリーム2歳王者
そしてその後ろにドゥラスチェソーレ、こちらも負けられない去年の三冠馬。そして未完の大器ドゥラブレイズも中段に位置しています
最初の1000mはなんと58.1!? これは速すぎる!? いくらなんでも前は持つのか!? 大丈夫なのか!? このペースがどう影響するのか!
そしてそして、2番人気ロードクレイアスはここ。ドバイでまさかの敗戦から3ヶ月。今日は立て直しと真の天下統一を成し遂げに帰国初戦。昨年のディフェンディングチャンピオンとして力を見せるか
去年のオークス馬ペルツォフカはこの位置。並ぶ形で最強世代のオークス馬キャンディボールはここ。2頭の世代の女王が並んでいます
菊花賞2着のダノンマカヒキッドにまだ落ち着いているバーストインパクトは後方。ダービー馬ライジングウェーブに今年のダービー馬パスオブグローリーはこの位置。末脚勝負に賭けます》
『ちょっとあんた邪魔よ』
『は? ファー君から目を付けられるだけでも羨ましいのに……必ず潰す』
『あ? やってみろやクソババア!』
『『『ひぃぃぃぃ!?!?』』』
クレイアスの奴はまだ仕掛けてこない。ちょっと騒がしいが、誰かが仕掛けたりしている訳じゃない様子だ。それよりも……。
《最後方はいつも通りのポジションでネオエイジが殿を務める形となりました。このハイペースの中、5馬身ほど前の2頭を捕まえる事は出来るのか!》
『おいおっさん、早く動きなよ! ちょっと走るの遅くない!?』
『うるせぇ、てめえが競りかけてろ!』
ミドルオブドリームが生意気な口調で俺を動かそうとしてくる。いや分かるぞ、前2頭を確実に潰すなら強い奴ぶつけるのは定石だ。
にしても……はぁ、前遠すぎだろ。ペースも速い。スタミナがあるのとペースに追走できるかは別の次元なんだよ! ワナビアヒーローとキセキノアシ、2頭が潰れるのか、早めに仕掛けないとやばいのか判断がつかない!
《大丈夫なのか! さぁ既に第3コーナーが近づいてきています! さぁ! さぁ! 誰が動く! 誰が仕掛ける! やっぱり行ったっ!》
っ!? 動いた! 後ろで誰かが動いた! さぁ、このペースを掻き乱すのは……!?
『行くぜゴラァァァァ!!!』
『てめぇだよなぁ! バーストインパクト!』
バーストインパクトが仕掛けた。そう感じ取った直後、突如として悪寒が走る。この、圧は……。
『君を、行かせはしない』
『っ……差して見ろや、世代の王。いつまでもお前の天下だと思ったら大間違いって事、この場で知らしめてやる』
第3コーナーを迎える直前から既に火花は激しく散っていた。そして勝負は最後の直線へと向かう。
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コロナつらたん
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