第二十九話 唐突で当たり前の不幸

「え? そんな、まさか、あれだけの厳重な検査をくぐり抜けてですか?」


「まあ、なんもなかったら別にそれでいいだろ。それで、看破する奴は、あっちの左から三番目の列の眼鏡をかけたカーキ色のローブの男、そっちの右から五列目の赤いバンダナを巻いたシーフ風の女、そして、C組の前から十三番目の髭の濃い筋肉質な男、最後のは微妙なんだが、あの髪が三本だけ残った政治家も怪しい。他の政治家がうるさい生徒たちをうざそうな顔で見てる中、一人だけ冷静だった」


 ナインはテキパキと指をさす。


「ナインくんがそこまで言うなら、わかりました。同意を得ずに看破を使うということは、一般的には敵対行為とみなされるので気が進まないのですが。……『光はあまねく暗がりを照らしたもう』。……やはり、気のせい――いや、この波動は『天の国に言葉なし。さればすなわち偽りなし』、『心は見えず、光は届かずも、主は全てをしろしめす』」


 アイシアが一番近いC組のマッチョの方に身体を向け、光魔法をかける。


 最初は半信半疑だったその表情が、どんどん険しくなっていく。


「ちっ、気付きやがったぞお!」


 やがて髭男の姿が蜃気楼のようにゆらぎ、真実の姿を晒す。


 カバの顔にアルマジロの身体をくっつけたような未知の魔物が姿を現わす。


 こんな異常な状況にも関わらず、C組の生徒は逃げることもなく、近くの別の生徒たちと乱闘を繰り広げている。


「まあ、今更遅いけどねえ」


 シーフ風の女がバンダナをほどいた。


 鋭い三角の耳が露わになり、禍々しい尻尾が生える。背中から生えた蝙蝠のような翼で空へと飛び上がる。


「まあ、良いではないか。そろそろ人のフリをするのにも飽きてきたところじゃて」


 ローブの男が溶けた――と思った瞬間、無謀の皺だらけの柱として再生する。


「おいおい、ボクがこの舞台をお膳立てするまでにどれだけ頑張ったと思ってるんだよ。もうちょっと楽しんで欲しいな」


 ハゲ政治家は名残惜しそうに言って、自ら三本の髪を自ら引きちぎった。


 その身体が風船のように膨らみ、八つ目の巨大な蜘蛛の姿に変わる。


(あいつら、魔力の気配が濃い。今の素の俺の攻撃じゃ倒せないな――革袋は検査場で奪われてるし)


 そう彼我の戦力を分析する。


 ナインは出入口を見渡す。


 外へと通じる道は全て、目が血走った武装警備員に封鎖されている。


 逃げ出そうとした政治家たちが何人か、たちまち蜘蛛に捕食されていく。


(これって、そこら辺の生徒を適当に殴って血を出させていいのか? いや、そもそも並の血じゃ勝てないか。でも、百人くらい血祭りにあげて量を飲めば――だめだよな)


 法律的に街中で人を殴ってはいけないことくらい、ナインはもちろん知っている。だが、今は緊急事態だし、許されたりしないだろうか。


 アイシアにその辺を尋ねようかとも思ったが、どうやらそういう空気でもなさそうだ。


「この濃い闇の気配。まさか、書に見る魔将四天王級ではござらんか!」


「くっ、魔王が来るのは二十年後でしょう! 随分気が早いのではなくて!?」


 いつの間にか、ヘレンとマリシーヌも列を離れ近くに来ていた。


 ナインに合流した――というよりは、暴動に巻き込まれるのを除けたという感じだ。


 なぜか、アイシアの周りだけ、比較的混乱が少ないのだ。


 いや、なぜかではない、多分、彼女が聖女だからか。


「へへへ、聞いたか、おめえら、魔王様だってよお」


「アチキたち、気づいちゃったのよう。人間ごとき、魔王様の降臨を待つまでもないってえ」


「ふぁふぁふぁ、そうじゃのう。人間は人間に殺させるのが一番良いと、人間自身が教えてくれたからのお。ワシらの闇の力では聖女を害することはあたわぬが、人間ならば聖女も殺せるであろう。さらに、将来の兵隊どもを皆殺しにしておけば、いずれ来たる魔王様も楽に人共を滅ぼせようぞ」


「そう簡単に言うけどさあ、結構大変だったんだよ? いくら偶然ボクたち偽装とか精神干渉とかが上手いタイプの魔将が揃ったから計画されたこととはいえさ。魔族を警戒する宝具を無効化するのを手に入れるコネを作るのとかさ」


「偉そうに言うが、結局、無効化の宝具はワシらが集めた金で買ったのじゃろう。資本主義というたか、金で何でも手に入るいい時代になったものじゃ」


「お、おでも、人を攫ったり、盗んだり、キラキラを集めるためにがんばったど」


「それならアチキだって、魔物をそこそこ間引いて安心させて、人間が軍隊のことを考えないようにしてやったわ」


 魔族たちが嘲笑を浮かべて、それぞれの功績を自慢し合う。


(どうりで最近は雑魚魔物にしか遭遇しなかった訳だ)


 思い当たる節は、あると言えばあった。


 最初の実習の森。ファリスへの旅の途中。


 それどころかここ数年は、どこに行っても若干魔物の出現数が少なかった気がする。


 ただそれは、近頃の夏は暑すぎるとか、冬にはたくさんの雪がふりそうだとか、日常の延長線上での異常でしかない。


 他にもちゃんと調べさせれば見つけられた些細な異変はいくらでもあったのだろう。


 でも、今更言ってもしょうがない。


 たとえどれだけ警戒をしたとしても、戦場に完全はあり得ない。


 ナインは神でも全知全能でもないのだ。


 もし全てが見通せるなら、戦場に死など存在しない。


 あのレベルの異常をいちいち疑っていたら、猜疑心で自縄自縛になる。


 だから、ナインは自分の判断力を疑わない。


 何も珍しいことじゃない。


 いつだって、不幸は唐突である。




***************あとがき******************

 いきなりクライマックス?

 ここからはあとがきなしで突っ走りますので、「バトルを盛り上げたい」、「どうなっちゃうの」など、もし作品の続きを応援して頂けるようなら、★やお気に入りなどの形で応援して頂けると嬉しいです。

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