第二十八話 帰還
道中、時間を調整しながら魔物を狩りつつ進んだナインは、期限まで半日の余裕をもってパンゲアに帰り着いた。
「ナインくん、もしかして、このまま国会議事堂へ向かい、査定を受けるつもりですか?」
「そうだが?」
「他校の生徒や、他の先生方や政治家の方々の目があるなか、道なき道を踏破してきたそのままの格好で行くと言うんですね?」
アイシアがナインの服をじっと見つめて言った。
「ああ? 確かに所々破れたり、多少魔物の返り血とかはついてるけど、隠れる所は隠れてるからこれでいいだろ。先生の服は綺麗なままだし」
ナインは服装なんてどうでもいい。
法律的には、性器さえ露出してなければ問題ないはずだし。
ちなみにアイシアは光魔法の結界と風魔法を使って汚れを弾いているからか、街を出た時と同じくらい綺麗だ。
「……」
「わかったよ」
めんどくさかったが、アイシアからの無言の圧力に負けて、一旦学院に戻り、入浴を済ませる。ついでに、旅の服をクリーニングに出し、制服へと着替えた。
そして、昼下がり。
長旅の汚れを落としたナインたちは、万全の状態で国会議事堂へと向かった。
成人男性二人分ほどの高さの防壁に囲まれた白亜の建物。
学院からは割と近い距離にあるが、警戒は物々しい。
無数の警備員はもちろん、いつかの入学試験よりも厳重な保安検査場が設けられ、厳しく武器の持ち込みが制限されている。
入口には世界各地から集まった生徒たちの順番待ちの行列ができていた。
皆、ギリギリまで成績を上げようとして頑張ったために疲れているのか、ぐったりしている者もいれば、苛立って小競り合いを起こしている者もいる。
「ったく、なんでそもそも国会で実習を締めるんだ。そのまま学院でやればいいのに」
「あの、ナインくん、そこは大事な所なので時間をかけて授業したはずですよ?」
アイシアががっくりと肩を落とす。
「端的に申せば、兵権が
特徴のある言い回しをするその少女は、いつの間にか隣にいた。
「おっ、ヘレン、着いてたか」
「政治家共の見栄のためでしょう。全く無粋でくだらないイベントですわ。敬愛する主君の目に触れる閲兵式ならともかく、何の思い入れもない税金泥棒のために戦えと言われて士気が上がる訳でもなし」
向こうからマリシーヌがゆったりと優雅な足取りで歩いてくる。
どうやら、近くのカフェのテラス席でナインたちが来るのを待っていたようだ。
「余裕だな」
「当然でしょう。とっくに三日前にはついておりましたわ。ヘアサロンに行く時間も必要でしたもの」
高そうなドレスの
そのまま四人で検査の順番待ちの列に並ぶ。
「で、お前ら、勝ったか? 俺は優勝したぞ」
「ワタクシは二位でしたわ」
「なんだ、負けたのか」
「目標は三位だったのですから、そこは誉める所ではなくて?」
マリシーヌが額に青筋を浮かべて答えた。
「お二人共、素晴らしい戦果でございまする。申し訳ございませぬ。愚僧は六位に沈み申した。無理を致せば三位は狙えたと思いまするが、長期的な視座に立ち、今回は調整を優先し申した」
ヘレンが深々と頭を下げる。
「ふーん、よくわからないけど、ヘレンの目標は五位以内だったっけ? マリシーヌが二位だったから、六位と足して割ったら目標達成じゃねえの?」
「個人成績に格差があればあるほど、パーティ成績に負の補正がかかります。寄生を阻止するための措置です。なので、単純にパーティの成績を足して割ればいいということにはなりません」
アイシアが淡々と補足した。
「然り。アイシア先生のおっしゃる通り、補正の関係で確実にトップをとれるかは微妙な所でこざりまする。後日、他グループも併せての集計待ちでございますな」
「そうか。まあいいや。今更ごちゃごちゃ言っても仕方ないしな」
ナインは適当に頷く。
やがて、検査の順番がきた。
ヘレンのロザリオは許されたが、ナインの血は没収された。
これを見越してか、マリシーヌは初めから武器は何も持ってこなかったようだ。
アイシアも特に預ける物はないらしい。
国会議事堂の前の広場に、学院ごと、クラスごとに整列させられる。
「それでは、皆さん、お行儀よく並んでくださいね」
アイシアがそう言い残すとナインたちの下を離れ、A組の最前列に移動した。
やがて、正午の鐘がなる。
「前途ある若人たちが一堂に会するこの大実習の終わりの挨拶を任されたことを誇りに思う。我がハイジア校は知の共有と実践をモットーに日々励んでおり、特に魔術研究における先進的な成果は、軍事的のみならず民生品にも応用され――」
最初は東西南北、各地の戦学院の校長の挨拶。
退屈なスピーチに、徐々に雑談のざわめきが大きくなっていく。
「諸君らの中には大いなる力が秘められている。しかし、その力を己のものだと勘違いしてはならない。諸君らの力は、全て有権者に帰する。民衆による統制なき暴力は必ず惨禍を招くからである。そして、一部の独裁者に専有された暴力が、民主主義的な平等と自由とを胸に刻んだ戦士に及ばないことは先の大戦の結果が証明しており――」
「おい。これ、いつまで続くんだ?」
ナインは欠伸一つ言う。
「今は上院の与党代表の演説でありまする。然らば、次は野党第一党の党首の演説でござりまする。それが終わったならば、下院の――」
「ありがとう。分かった。もういい」
ナインは閉会式のパンフレットを音読するヘレンを制した。
「……すぅすぅ」
マリシーヌはやけに静かだと思ったら、扇子で顔を隠しながら寝息を立てている。
「我々はたくさんの血を代償に平和と平等を勝ち取りました。しかし、いまだ経済的平等を達成したと言うには地域格差があることも厳然たる事実であり――」
「大体、なんで最前線で命を張る俺と後方で適当に魔法を撃ってるだけのあいつの報酬の配分が同じなんだ」
「うるせー! てめえが悪いんだろうが!」
「私が実力で負けた訳じゃない。あの娘が勝ったのは親の英才教育のおかげじゃない。不公平よ」
「リーダーがパーティ内で二股をかけていると知ったボクの気分も知らないくせに。仕事に恋愛を持ち込むなよ。声の大きさと下半身だけで生きているあのオークさえいなければ」
下院の議員の演説に移る頃には、雑談のざわめきはさらに大きくなっていた。
断片的に聞こえる無数の会話が、徐々に暴力的な色彩を帯びていく。
警備員が随時注意に入るが、収まる気配がない。
「諍い事ですの?」
マリシーヌがパッと目を見開く。
背伸びして、隣の隣――C組のいざこざに目を遣る。
「長ったるいし、気持ちは分からなくもないが――すまん、肩を借りるぞ」
「ごふぅ」
何となく違和感を覚えたナインは、ヘレンを足場にして跳ぶ。
そして、高い視点から会場を俯瞰する。
(やっぱり、おかしいな)
小競り合いが散発的に起きるならともかく、騒ぎは三つの中心を起点に同心円状に広がっていた。
「ちょっ、ナイン! いきなり何をなさるんですの! はあ、……ワタクシもあれの同類と思われているんですわよね」
(とりあえずぶん殴ってみる――はだめなんだよな。ここでは)
マリシーヌの溜息を背に、そのまま着地して、アイシアのいる最前列へ駆ける。
「なあ、先生」
「な、ナインくん? どうしました? 列に戻ってください」
「群衆の中に禁術使いか、魔物が紛れ込んでるっぽいから、先生、試しに聖魔法で看破してみてくれ」
ナインはアイシアの命令を無視して、そう要求した。
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