第二十三話 開会式

 結局、ファーストから襲撃を受けることはなかった。


 ナインは闘技大会の登録期限ギリギリに滑り込みで参加登録し、その時を待つ。


 開会式のために参加者が集められた闘技大会場は、学院の訓練場の十倍ほどの広さがあった。運動不足の中年なら一周走り込んだだけで疲れてしまいそうな広さだ。


 整地された土の床には塵一つなく掃除が行き届いてる。


 どうせすぐ汚れるのにご苦労なことだと思う。


 現にほら、ガラの悪い参加者がもう痰を吐き出している。


「世界の猛者たちよ! よくぞこのファリスに――そして、世界最強と名高き闘技大会に集った。諸君の勇気に敬意を表そう。余は議会の決議に基づき、国事行為の代行者を任された、アレクサンドル=マキシミア=ファランドール五世である!」


 大会関係者席――という名のどう見ても貴賓席な高台から、壮年の男性が演説する。


 スーツ姿と王冠がなんとなくミスマッチな感じだ。


 風魔法で拡声された音声が会場全体に響き渡る。


「アレクサンドル王!」


「我らが王!」


「ファリスに栄光あれ!」


 拍手と歓声が聞こえる。


 あまりに騒ぎ過ぎた観客が何人か、警備員に忠告されて不満げに声を落とした。


「余からのの願いはただ一つ。各々が全力を尽くして戦わんことを望む。優勝者には、北方最強の栄誉と副賞として国の宝物庫より評価額金貨100枚以内で望みの貴重品を授けられる」


 アレクサンドルが威厳ある口調で言う。


 選手たちの反応は様々だ。


 欲望に目をぎらつかせる者もいれば、緊張の面持ちの者もあり、欠伸をする者もいれば、冷静に周囲の選手を観察している者もいる。


「それでは、ファリス闘技大会 個人の部を始める!」


 アレクサンドルの号令と共に、楽隊が荘厳なファンファーレを奏でる。


 道化師が魔法の花火を上げ、観客が意味を成さない大声を上げる。


(トーナメント形式で、最初の相手は――絶武竜無双体現者ムラキ?)


 ナインはちゃんと文字が読めることに満足しながら、試合が始まるのを待った。


 一戦目の相手は、やたらゴテゴテした装備の弱い奴だった。


 二戦目の相手は、将来性のある弱い奴だった。


 三戦目の相手は、将来性のない強い奴だった。


 四戦目の相手は、まあまあ強いくて勘と運がいい、戦場で会いたくない奴だった。


 それでも、ナインは危うげなくトーナメントを勝ち進む。


 そして、あっと言う間に準決勝となった。


 すでに片方の試合が終わり、ファーストがタリスを下し決勝に勝ち進んでいる。


 一方、ナインの相手は――。


「白熱の闘技大会も早くも準決勝になりました! これまでの経緯を振り返っていきたいところですが――早く始めないと私が観客の皆様に絞め殺されてしまいそうです! 早速参りましょう」


 開会式で花火を上げていた道化師――司会がとぼけた口調で言う。


「西! 元近衛騎士団長、今はファリスの警備隊長! 我らの守り手――ハインリヒ! 言わずとしれたその強さ! 高位の光魔法を身に纏い、華麗なる剣技で宿敵たちを圧倒して参りました! これぞ騎士! これぞ愛国者! 勝利の神も彼を愛さずにはいられないのか!」


 ハインリヒが一歩進み出て、四方に丁寧に礼をした。


 それからマークされた開始位置まで歩いていく。


「きゃー! ハインリヒ様―!」


「結婚してー!」


「ファリスの威信を見せてくれー!」


「正義の守護者! 信仰の擁護者! 聖剣ファリス!」


 地元民からの圧倒的な応援。


 特に女性からの黄色い声がすごい。


「東! ルガード戦学院からやって来た、徒手空拳のナイン! 魔法もないし、武器もない! なのになぜか勝っている! 全く底が知れない、今大会のダークホースか!」


 ナインは特に礼をすることもなく開始位置まで一直線に歩いた。


 闘技大会の参加申請書にはそのまま『ナイン』とだけ書いたのに、勝手に肩書きが付け加えられている。


「いけー! クソガキー! イケメンを殺せー!」


「てめえに賭けてんだ! 頼むぞ!」


「十倍の大穴だー!」


「もし負けたらぶっ殺すぞ!」


「ナインくん、頑張れー」


 地元民からの声援はほとんどない。


 どうやら、ガラの悪い野次だか声援だか分からない野太い声だけがナインの味方らしい。


 変身したアイシアのものと思われる義務的な応援ボイスも鬱陶しい。


 敵は地元の英雄、一方、ナインは余所者の棄民兵。


 言うまでもなくアウェイだ。しかも、前の試合でファーストが地元の有力候補のタリスを下しているだけに一層風当たりが強い。


 でも、特にプレッシャーは感じない。そもそも、ナインはホームというものを体験したことがないのだから、ビビる理由がない。


「では、両者、対戦相手に敬意を表して握手を!」


 司会の指示に従い、ナインとハインリヒは互いに歩み寄る。


「君がアイシア様の生徒だね?」


「そうだよ」


「私の勤行の邪魔をしたのも君かい?」


「ああ」


「君も私が嫌いかい? ファーストみたいに」


「別に好きでも嫌いでもない」


「はは、そうか。こうも正直に答えられると拍子抜けだな。私ばかり質問するのは不公平だね。何か質問したいことはあるかい?」


「別にないけど。えっと――先生の元婚約者? それとも元近衛騎士団長? のハインリヒ」


「元婚約者ではないから、消去法で元近衛騎士団長かな。どのみち、今はただのハインリヒだ」


「ふーん。まあ、よろしく」


「ああ、よろしく」


 それだけ言葉を交わすと、指が触れ合わない程度の握手もどきをして規定の位置まで戻る。


 毒を警戒されているらしい。


「本試合は、大会規定と両者の合意に基づきき、降伏、気絶、もしくは死亡もって決着とします! ――それでは試合開始です!」

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