第二二話 騎士と数字と学生(2)
「一番安い酒とつまみを」
「えっと、では、ミードを」
注文をし、ナインはアイシアと奥まった席に腰かける。
ハインリヒは酒場を見渡して、扉に近い席へと歩んでいく。
そこには、スキンヘッドの大男が骨付き肉を喰らいながら、一人で二人分の席を占拠していた。ナインはこっそり酒に血を混ぜて口に含み、聴覚を強化する。
「君のおすすめのお酒を一杯もらおう」
ハインリヒは手を挙げて、給仕の女に注文し、チップも込みで多めの貨幣を握らせた。
それからスキンヘッドの前に腰かける。
「君がファーストかい」
「そうだ」
スキンヘッド――ファーストは小骨を皿に吐き出して言った。
くちゃくちゃと咀嚼する度に、頬のムカデの刺繍がうねる。
露悪的な風貌。
これは相手を脳筋だと油断させるためのブラフだろう。
ただのアホにファーストは務まらない。
「今年は魔物が少ないからベリーが豊作らしい」
【ファースト氏は武器を持ってませんね。ナインくんといい、ナンバーズの方々は武器をもたないのが当たり前なんですか?】
アイシアが当たり障りない世間話をしつつ、念話を送ってくるという器用な真似をしてくる。
「そうか。果実酒が安くなるならありがたいな」
『いや、ナンバーズとはいえ武器を持っている奴の方が多いよ。たまたまか、もしくは、ハインリヒと俺に見られていることを前提に得物を隠しているだけかもしれない』
ナインも世間話を返しつつ、机に指文字を空書きする。
ファーストの使用武器は不明だが、体格と肉付きから判断して、身体強化を含む前衛タイプだと推測する。
でも、顔の傷の多さの割に、身体の傷は少ない。
全身鎧にしたとしても、そんなのを貫通する攻撃は戦場ではザラだ。
ならば、その攻撃を上回る防御力有するということか。
ファーストということは、ナンバーズの頭。
そんな彼にふさわしい力は――。
一挙手一投足を見逃さないようにしながら、無数の選択肢を取捨選択し、推測を組み立てていく。
「君たちの流儀に合わせて、単刀直入に話そう。私はアイシア様に会いたい。居場所を教えてくれないか。近くにいるんだろう?」
ハインリヒがいきなり切り出す。
「嫌だね」
ファーストが食い終わった骨で酒をかき混ぜながら答えた。
「それはなぜだい?」
「誰もが騎士や聖女が好きな訳じゃない。たまには悪意も心地いいだろう?」
「……私が君に何かしたかな?」
「あんたが宮廷でダンスと美酒を楽しんでいる間、オレは最前線で戦っていた。敵の臓物がごちそうだった」
ファーストがそう言って、酒を一気に飲み干す。
「近衛兵はパーティ中に飲食はしない」
給仕がテーブルにハインリヒの分の酒を置き、不穏な空気を察してすぐにはけて行った。
「ダンスはするのかよ」
「貴婦人から頼まれればね。断れない作法だ」
「へっ、ダンスの小道具にぴったりな綺麗な剣だな。血の染み一つなさそうだ」
ファーストが骨を折り、中の骨髄をすする。
「ああ。私は一人も殺したことがない。だが、それを恥じてはいない。それだけファリスの王族は民からも臣からも愛されており、剣を抜く必要がなかったという平和の証明だからだ」
ハインリヒが穏やかに、しかしはっきりとした口調で言い返す。
「その平和を守っていたのは、あんたらが使い捨てにした棄民兵だって知ってるか?」
「難民を産んだのは王国の責任ではない。連合の過度な資本主義制の導入が格差社会を作り、大量の難民を生み出した。王国はその難民を押し付けられ、国内の治安を維持するには棄民兵というシステムを作り出すしかなかった」
「さすが騎士様は口が上手いな。『戦争に負けた』という言葉を説明するには何分かかる?」
皮肉っぽく言って、次の骨付き肉に手を伸ばす。
「……過去のことをあれこれ言うのはやめよう。今はもう貴賤はなくなった。君はルガード戦学院に入学したんだろう? 聖女と棄民兵が同じ教室で学べる新時代を肌で感じたはずだ。そして、学んだなら、見える世界も違ってくる。そうじゃないか?」
「へっ。知るか。そんなに聖女様が恋しけりゃ、勝手に探せよ。見つけたら、オレはあんたがそいつと踊ろうが犯そうが止めはしない」
ファーストが机の上にふてぶてしく足をのっけて言う。
「わかった。そうさせてもらおう――ああ、最後に一つ」
「なんだ?」
「君も闘技大会に出るのかい?」
「ああ」
一瞬、二人が鋭い視線を交わし合う。
「そうか。お手柔らかに頼むよ。私の分の酒は飲んでおいてくれ」
「お前に奢られるのはごめんだね」
「――だれか、この酒を飲みたいやつはいるか?」
ハインリヒは近くの席にいた酔っ払いに酒を押し付けて出て行った。
ナインたちは酒を飲むフリをしてしばらく時間を潰す。
それから二人はそれぞれ時間差で、多くなってきた人の出入りに紛れて外に出る。
ナインは雑踏に紛れるようにして、手持無沙汰に林檎をかじるアイシアと再合流した。
「……情報収集の気は済みましたか?」
「まあまあだな。とりあえず、先生の出没場所の情報をばらまいて、ハインリヒへの嫌がらせはギリギリまで続けるけど。ファーストも多分、娼婦を先生に見立ててハインリヒの周りをうろつかせることくらいはしてくれるかな」
「ブレませんね。ナインくんは」
アイシアが苦笑する。
「そりゃ、いくらテストが早く終っても、見直ししない生徒がいたら先生怒るだろ?」
何でも全力で取り組めというアイシアの教えを、ナインはきちんと守っている。
そんな不思議そうな顔をされても困る。
「それはそうですけど……。はあ、何だか疲れました。そろそろ野宿はやめてちゃんとした宿に泊まりましょう」
「やめないよ。っていうか、むしろ、一旦、街の外に出るし」
ナインは門へと足を向ける。
「外!? な、なんでですか?」
アイシアが顔をひくつかせる。
「だって、どこに泊まろうと、宿は襲撃されるぞ。ファーストは俺よりもずっと先にこの街に入り、入念に準備している。どの宿に泊まろうが、絶対に突き止められる。もう戦いは始まってる」
ナインはそう言って、周りに注目されない程度の早歩きで移動する。
「えっと、よくわからないんですが、ファースト氏とナインくんは協力し合うんじゃないんですか?」
「それはそれでするけど、でも、ファーストからしたら俺の意図通りに利用されるのはムカつくだろ。だから、協力はするけど、別途、俺を殺そうとはしてくると思う」
「わざと利用されてやっている」と思っていても、深層心理に服従したという事実が残ることをファーストは嫌うだろう。
だから、ナインを攻撃して心のバランスを取ろうとするはずだ。
「えっと、言うまでもなく、殺人も傷害も犯罪ですよ?」
「起こるまでは犯罪じゃないし、バレなければ犯罪じゃない」
「前者はともかく、後者は教師としては認められませんね」
アイシアが咎めるような口調で言う。
「先生にとってはそうだろうけど、とにかく、俺が法律を守っても、ファーストが守るとは限らないのは先生でも分かるだろ? 俺だけじゃなくて先生を人質に取るくらいのことはしてくると思うし」
「確かに、その可能性は否定できませんか……」
「じゃ、さっさと出るぞ」
「えっと、せめて今まで通り街のどこかで野宿するのではだめですか?」
「だから、この街全部がもうキルゾーンなんだって。ナンバーズは浮浪者の懐柔とかも上手いから、そういうところも特定される。結局、街の外の方が安全なんだよ」
ファーストが本気を出せば、野外ですら特定される可能性はある。
ただ、野外だと街に比べて捜索範囲が広大となるため、体力を消耗するリスクをかなり上げることができる。また、魔物の襲撃リスクもある。ナインのことが気に食わなくても、そこまでのコストを払ってまでナインを攻撃はしてこない――というのが現在の見立てだ。
警戒状態を維持したまま、ナインはいくつかの店で少量の食糧を買い込みつつ、親しみ慣れた荒野へと足を伸ばした。
****************あとがき******************
いつも拙作にお付き合い頂き、まことにありがとうございます。
ということで、みんな色々あるようですが、いよいよ次から闘技大会本番です。
もし、「続きが気になる」、「ナインくん頑張れ」、「どうせなら女騎士の方がよかった」など、興味を持って頂けましたら、★などの形で評価頂けるとありがたいです。
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