第十九話 敵情視察

「先生、待たせたな」


「構いませんよ。これからどうしますか。まずは宿を取りますか?」


「いや、まずは闘技大会の参加者の情報を集める。有力な奴はできれば直接観察したい」


「分かりました」


 まずは冒険者ギルドを通じて情報屋を紹介してもらい、闘技大会の有力者を尋ねた。


 やはり、下馬評ではタリスとハインリヒの双璧だ。ファーストの名前は出なかった。床屋の親父の情報の方が有益だったが、重複確認は大事だ。


(ファーストはギリギリで登録するつもりか。隠すべき情報は隠し、分かる奴には分かるように情報を撒きながら、『待って』いる)


 言わなくても全て分かる同志を。


「誰から探しますか?」


「まずはタリスって奴を調べる。確か、戦学院同士は提携しているから、こっちの学院の中にも入れるんだよな?」


「はい。学生手帳を読めば分かる情報なので話しますが、図書館や訓練場などの共用施設の利用権があります。ゲスト用の宿泊施設もありますから、宿泊にはそこを利用するのも悪くないかもしれません」


「ならさっさと行こう」


 街の人に道を尋ね、すぐに目的地に行きつく。


 王城の近くに敷設されたその建物は、オレンジ色に塗装されていた。


 元々ファリスにあった学校を看板と教師だけ挿げ替えた居抜きで使っているためだろう。施設が全体的に古い。


 入口を守る門番に、ナインは学生証を見せる。


「ほう。ルガードからきたのか。闘技大会の参加者かい」


「ああ、ここにいるタリスって奴が強いらしいから敵情視察に来た」


「そうか。今日だけで三人目だよ。やっぱり外の奴らにも注目されてるんだな――それで、あんたは?」


 門番はどこか誇らしげに頷いてから、アイシアに視線を遣る。


「付き添いです」


 アイシアはそう言って教員証を提示し、一瞬だけ顔を元に戻し、また変装する。


「お、王女様、お戻りで」


 門番が目を見開いて硬直する。


「王女はもういません。それから、騒ぎを起こしたくないので、できれば内密にして頂けるとありがたいです」


「は、はい。それはもちろん。よ、ようこそ。ファリス戦学院へ」


 門番が直立不動で敬礼し、俺たちを中に通す。


「はは、門番、ゴブリンがバックアタックをくらったような顔をしてたな」


「ふう。驚かせるのは本意ではありませんが、さすがに教員証まで偽造する訳にもいきませんから。あの方の口が堅いことを祈るしかないです」


 アイシアが小さく溜息をついて、首を横に振る。


 ナインはそこらを歩いている学生を捕まえ、タリスについて尋ねる。


 自校贔屓でなにも教えてくれない生徒も何人かいたが、やがて、「ああ、タリスなら訓練場で闘技大会に向けて調整してるよ」との情報を得た。


 その足で訓練場へと向かう。


 ルガードのそれと基本構造は同じである。強いて言えば、観客席がすり鉢状ではなく、フラットな平民用の席と、高い所にある貴族用のボックス席に分かれているのが違いといえば違いだ。


 訓練場の中心に目を向ける。


 革鎧を身に着けた青年を、弓使い、魔法使い、槍使いの三人が囲んでいる。


「やってくれ!」


 青年がそう号令をかける。


「必殺の連射、かわしてくださいね」


「『冷徹な激情よ! 雷鳴となれ!』


「行くぞおおおおおおおおおおおお!」


 三方向からの同時攻撃。


「『大地よ! 空を引け!』」


 青年は、口と指と足で、瞬時に魔法を紡ぐ。


 土魔法で作った石柱の避雷針で雷を受け、水魔法で矢を相殺する。


 風魔法の加速を受けた一撃で、槍を払い落す。


「すげー! さすが、トリクルの魔法使い」


「噂じゃ、隠し玉も用意してるって話だぜ」


「まさか、四種類目の魔法かな?」


「いや、三種魔法混合の新技だろう」


「さすがに魔法の伸び代は使い切ってるはずよ。私は剣技に賭けるわ」


 野次馬が好き勝手なことをくっちゃべるのは古今東西変わらない。


「よしっ! 個人練習はこれで十分だ。パーティ練習に移るぞ」


「いいのか?」


「ボクたちに時間を割くより、タリスの個人競技に集中した方が、パーティの平均成績を上げるのには効率的ですよ」


「ああ。俺たちのことは気にせず、練習に使い倒してくれ。今年は魔物が少なめなせいで成績を稼ぎにくいから、闘技大会も激戦だしよ。最後まで付き合うぜ」


「何言ってんだ! みんなで勝たなきゃ意味ないだろ! 学院の成績なんて、あくまで通過点だ!」


「タリス!」


「……そうですね。ボクたちが目指すのはもっと高み。目先の成績にとらわれていても仕方がない」


「なんで負ける前提なんだよ! パーティ戦でも勝とうぜ!」


(タリスは中衛を基本としつつ、前衛も担える器用な魔法剣士。パーティ戦に重きを置いているから、個人戦は重症のリスクを負ってまでは粘らないはず)


 十分ほど観察し、ナインは訓練場から踵を返す。


「もういいんですか?」


「ああ。人望はマリシーヌよりだいぶありそうだが、戦闘能力は同レベルだな」


「それは誉めてますか? それとも貶していますか?」


「別にどっちでもない。そのままの意味だ」


 侮れるほど弱くはないが、まず負けることはない。


 タリスはそういう相手だ。


 そのまま、二人は学院を後にして街に戻った。

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