第十四話 マリシーヌ(2)
「あ? 仇? なんで俺が先生を憎まなきゃならないんだ」
「とぼけても無駄ですわ。ワタクシもあれから伝手を使ってあなたの正体を調べさせましたのよ。
「それで?」
「あなたのいたのは北部戦線。その後、西部、南部と転戦し、最後は地獄の東部戦線で捨て駒にされた。王国が和平条約という名の屈辱的な降伏をし、解体をするまでの交渉の時間稼ぎのために、増援も補給もなく。あの戦いで、王国側の戦力は貴賤なく壊滅した。ワタクシの兄もそうです。それでも、あなたは生き残った。『ナシのナイン』。なにがナシなのかまではつきとめられませんでしたけれど」
マリシーヌがこちらに値踏みするような視線を送ってくる。
「だから?」
「みなまで言わせる気ですか! あの女は――アイシアは元王女。しかも、王国に千年に一度生まれるか分からないという莫大な内在魔力を有する貴重な『聖女』。あの女が禁術の生贄から逃げなければ、秘呪を発動させていれば、王国は戦争に勝っていた。あなたの仲間も死ななかった! とんだ売国奴ですわ!」
悔しげにベッドを殴りつける。
「ふーん、どうでもいいや」
ナインは大きく欠伸をした。
「どうでもいい訳ないでしょう! 戦争に敗れ、王国はバラバラになった。特に番号持ちは最も危険な役目を押し付けられながら、交渉においても何の配慮もされなかった。敗戦国故に保障もなく、約束の市民権の付与も反故にされた! これでもあの女を憎んでないと?」
「そう言われてもな……。市民権とやらは手に入らなかったけど、こうやって、好きな所に行って、好きなように生きる自由は手に入ったし」
正直、ナインはあの戦争の悲劇がアイシアのせいと言われてもピンとこない。
地震や津波の天災に、神は何もしないという、くだらない嘆きを聞かされている感覚に近い。
そもそも、少なくともナインが物心ついた時にはとっくに戦争中だった。ナインがガキの時にナインと呼ばれていたおっさんも、フォークより先にナイフの使い方を覚えたと言っていた。
ということは単純に計算しても、アイシアが生まれた時にはもう戦争中だったことは間違いない。
なので、なおさらアイシアに敗戦の責任があるという彼女の理屈は理解できない。
開戦がなければ、敗戦もないのだから。
「ああ、『人類平等宣言』ですか。大層なお題目ですわね。無知な庶民の目をくらませるには十分です。ワタクシの領地でもたくさんの農奴が『解放』されましたわ。解放といえば聞こえがいいですが、実際はただ都市部の資本家に安価でこき使われる労働力を供給しただけ。確かに王国時代も民を虐げるろくでもない貴族はおりましたし、全てを美化はしようとは思いません。でも、平等と実力主義の名目の下、例外なく下民層が搾取されている今よりはマシだったことは間違いないはずです」
皮肉っぽい口調で言う。
「搾取ねえ……。あの、マリシーヌ、そのドレスさ。どうやって手に入れた?」
ナインは、単に人体を保護する以上の意味を持った彼女の服を見つめて言う。
「これですの? 実家から持ってまいりましたから御用商人に作らせたものですわね。まあ、最低限、日常使いしても見苦しくない程度の安物ですわ」
「その安物な。材料の白金糸はジュエリースパイダーから採ったものだろうけど、その産地は西の針山っていうすげー危ない所で、あそこらへんには空気の薄いのにも耐えられるブレカっていう少数民族がいて、そいつらが命がけで取ってる。でも、ブレカには国がないから立場が弱くて、西国の奴らに安く買いたたかれる。でも、その西国には加工技術がないから、さらに南の商人に買い叩かれる。南の商人は金はもってるけど、兵隊は弱いから、作った布は関所でたっぷり関税を取られて東に送られて、それがあんたの所に届いてそのドレスになった」
ナンバーズはろくな補給もないから、自ら軍事費を確保するしかない。
故に軍閥かマフィアか時には反王国派とおぼしき勢力とすら取引があった。
「何をおっしゃりたいんですの?」
「人として生まれてきた以上、分かってて奪う奴か、気付かずに奪っている奴の二種類しかいないんだよ」
その両者に区別はない。どちらも等しく悪い。もしくは等しく悪くない。
「……確かに貴族は秩序と権威を維持するために、庶民からすれば贅沢とも思える消費をします。だからこそ、有事には何人よりも危険を負い、責任ある決断を実行する義務がある。アイシアはその義務から逃げた。ワタクシはそれが許せないのです」
ドレスについた糸くずを払い、憂鬱そうに呟く。
「なんか、さっきから昔の話ばっかりだな。過去は変わらない。死は死だ。俺の仲間もあんたの兄も生き返りはしない。先生を殺して仲間たちが生き返るなら今すぐ殺すけど、そうじゃないだろ。だから、先生を憎んでも意味ないじゃん」
「理屈で割り切れるなら、人間同士の戦争なんて起こりませんわ。みんなで仲良くお手て繫いで対魔族共同戦線を張って、今頃世界を征服しているでしょう」
「今度は絵に描いたパンの話か? 俺は今の話をしている。結局、今、あんたはどうしたいんだ」
「……ワタクシは何もできなかった。戦場の兄を助けることも、奈落に落ちていく領民と農奴たちを説得することも。だから、次の戦争では――二十年後の魔王との戦争では絶対に後悔はしたくありません。その時に守るべきものが、名誉か、土地か、財産か、何かは分からないけれど、ワタクシが守りたいものを守れるだけの力を得る。そのために一番必要なものはなんと言っても兵権。将来の軍隊の幹部候補生を要請するこの学院で、その兵権を得るための足掛かりを作るのが、今のワタクシの目標です」
マリシーヌは淀みなく言い切る。
「要するに、将軍になりたいってことか? そんな夢があるなら、なおさらなんで引きこもってるんだ」
「ふんっ。理屈と感情は割り切れないものだと言ったでしょう。なら、あなたと組んだら、道が開けるとでもいうんですの? ろくな手紙も書けない程度の文化資本しか持たず、パーティメンバーすらろくに集められない人脈のあなたと。ワタクシは猿山のボスになりたい訳ではございませんのよ」
「俺は確かに勉強の成績は微妙だし、ボッチだけど、戦闘の個人成績は一位だぞ。パーティとしての成績も、最近はずっと一位だ。ここは軍人を育てる学校だろ。なら、強い奴が一番偉いんじゃないのか」
南の森では救出任務に時間を割いたのでパーティ単位ではトップ10入りがせいぜいだったが、ヘレンと組んでからの戦闘実習では誰にも後れを取ったことはない。
「戦試で一位? それは本当ですの? あなた、対人専門のバーサーカーではなかったんですのね」
「まあ、対人の方が得意だとは思うけど、今のところ試験の相手は雑魚い魔物ばっかりだしな」
そもそも自然を利用してゲリラ戦をすることが多いナンバーズは魔物との戦い日常であった。戦場には死体が出て、その死体狙いの魔物の駆除をしたり、資金の確保で金になる魔物を倒したりしてたので、それなりの経験がある。
でも、基本的に効率重視なので、僻地や奥地に潜む災害級に強くてレアな魔物――すなわち、A級以上の魔物と戦う機会には恵まれなかった。
なので、ナインとしても、力試しとして、さらに上の魔物と戦ってみたいという想いはある。
「……戦試を一位で卒業したパーティは、即戦力を期待され、千人規模の連隊の編成権を付与される決まりだったはず。学力を評価されたキャリア組に比べて戦試組の出世は遅いでしょう。ですが、小さくとも確実な軍事力が手に入ることも事実。そして、世界はこんなに拙速な民主主義についていけるはずがないことも必定。教育程度の低い下民共は容易く煽動家に騙され、ではいずれ破綻するに違いありませんわ。やがて、世界は再び混乱し、その時には人は必ず強いリーダーを求めるに決まっております。その時には、キャリア組の統帥権など役立たず。実力に裏付けされた現場指揮権こそが正義。ならば――」
マリシーヌがベッドに潜り、何かをぶつぶつと呟き始めた。
「なにごちゃごちゃ言ってんだ。はあ。もういいや。パーティに入る気なさそうだし、俺は帰るぞ」
「お待ちなさい。入らないとは一言も言ってませんわ」
踵を返そうとしたナインを、ベッドから顔だけ出したマリシーヌが呼び止めた。
「なんだよ。入る気あるなら最初からそう言え」
ナインはさすがにうんざりしていた。
ここまで回りくどいのが宮廷式のマナーなのか。
だとすれば、アイシアが止めたのも頷ける。
「乙女心は複雑ですのよ。……でも、本当にワタクシをパーティに加えてよろしいのですわね? 後ろから刺すかもしれませんわよ」
「ああ。それは大丈夫だ。お前ごときに後ろは取らせないから」
ナインは気軽に頷いて、加入申請書をマリシーヌに手渡す。
「くっ。貴族の暗殺手段の多様さを侮らない方がよろしくてよ」
引っ手繰るように受け取ると、ベッドから立ち上がり、机へと向かう。
「その暗殺の手法も大体俺たちの戦場で生み出されたものだし、実行犯も大体使い捨ての棄民兵だろ?」
「はあ! 全く、口の減らない男ですわね!」
マリシーヌは肩をいからせながら、流麗な筆致で自身の名前を加入申請書に記入した。
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