第十三話 マリシーヌ(1)
マリシーヌの部屋は女子寮の最上階にある。
ただでさえ数の少ない一人部屋を、三つぶち抜いて独占しているのだ。
ちなみにナインは四人部屋だが、同居人はいつの間にか消えていた。
ちゃんと仲良くなろうと効率のいい鍛え方を教えてやったり、部屋に湧いた鼠の炒め物を食わせてやったのに、解せない。
「おばちゃん、こんちは。あ、これ、ちょっとたくさん買い過ぎちゃったからよかったら食べてよ」
「いつも悪いわねえ。今日もマリシーヌちゃんの所へ?」
「ああ、ようやく部屋に入ってもいいってさ」
「あら! おめでとう。ようやく想いが報われたわねえ」
寮母に許可を貰って、中に入る。
花束のやりとりでもう何回も行き来してるし、ナインからすれば賄賂にしか見えない手土産の提供もあって、スムーズなものだった。
最上階の重厚な木のドアを三回ノックする。
「どうぞ」
と中から声がするが、ここで動いてはダメだ。
さらに四回ノックする。
「かしこまらず」
これもどうぞと似たような意味らしいが、さらに二回ノックする。
「よきに」
そう言われてからさらに一回ノックする。
そこまでしてようやくカチャりと鍵が開く音が聞こえた。
めんどくさすぎるが、ここまでくればこっちのものだ。
さらに十秒ほど待ってからドアノブに手をかける。
「おう、いるかー。邪魔するぞ。ここにサインくれ」
ナインは部屋に踏み入るなり、パーティの加入申請書を取り出し、記名欄をトントンと指で示した。
床一面にドラゴンの刺繍が施された絨毯が敷き詰められている。
それ以外は割とシンプルな内装だ。堅苦しい表題が並ぶ本棚と机、あとはベッドぐらいしか言及すべき家具はない。
「……あなた、本当に『名残月の君』ですの?」
ベッドに腰かけたマリシーヌが胡乱な視線を向けてくる。
出会った時とは違い、防御力が低そうなレースのドレスを着ている。
「ああ、それ、俺のパーティメンバーのヘレン。手紙は全部そいつが書いた。宮廷のマナーとやらは俺には合わなさそうだからやめた」
ナインは正直に答えた。
嘘をついて彼女をパーティに引き込んでも長続きしないことは分かり切っているから。
それに、アイシアにはキザな演技をするのも我慢できたが、マリシーヌにはたとえ嘘でも頭を下げる気分になれなかった。
「くっ、野蛮な過去を反省し、下賤の身ながら教養を身に付けようと必死に努力したのかと感心しておりましたのに……。どこまでワタクシを愚弄すれば気が済みますの!」
マリシーヌが握りこぶしを震わせて、ナインを睨んでくる。
「愚弄って、宮廷のマナー的にも別に代筆してもらってもいいって聞いたんだが」
「……つまり、手紙に込めた想いは真実であると?」
「いや、全部丸投げしたけど。俺はあんたと会えれば過程はどうでもよかったし」
「世間ではそれを詐欺と呼びますのよ!」
そう叫んで枕元のレイピアに手をかける。
「まあ落ち着けって。っていうかさ、まず聞きたいんだけど、お前なんで引きこもってんの?」
「なぜって! 全部あなたのせいではないですか! 入学前からあんな恥をさらして、どの面を下げて授業を受けろと! このワタクシが! アルスラン家が!」
マリシーヌが鞘からレイピアを抜き放つ。
「なら学校を辞めて実家に帰ればいいじゃん。よく知らないけど、あんた地元じゃ有名人なんだろ? そこで働くなり、遊ぶなり、好きにすりゃあいい」
「貴族の噂は千里を走りますのよ! こんなキズモノ、政略結婚の道具としての価値すらない! 情けなくて実家の敷居なんて跨げませんわ!」
マリシーヌがベッドから立ち上がり、刺突を繰り出してくる。
相変わらず分かりやすい剣筋だ。
っていうか、これ本当に好かれているのか?
いや、でも、シックスは『ツンデレには暴力が伴う』って言ってたしな。
「大げさだな。キズモノって、あの時の怪我はとっくに治ってるだろ」
ナインは加入申請書を捨てると攻撃を全てかわし、マリシーヌの腕を右手で取って捻った。
左手でレイピアを奪い、余った右手でドレスの裾に手をかける。
「いたたたた、ちょっ! やめ、やめっ、めくらないでくださいまし!」
「ほら、傷痕一つないじゃん」
シミのない白い太ももを見て言う。
レイピアも普通に使えてたし、どう見ても完全回復しているではないか。
「わ、わかりました! とにかく、話は聞いて差し上げますから、ワタクシから離れて!」
「そうか」
ナインは頷いて数歩後ろに下がり、レイピアを床に降ろす。
代わりに加入申請書を拾い上げた。
「はあ……。それで? ワタクシに何か御用ですの? パーティ加入がどうのこうのおっしゃっておりましたが」
マリシーヌが再びベッドに腰かけ、ドレスの乱れを整えてから言う。
「ああ。次の実習までに四人集めなきゃいけないんだけど、まだ二人しか集まってないから困ってるんだ。とにかく、何もしなくていいし、なんなら名前だけでもいいから俺のパーティに入ってくれ」
そう言って、改めて加入申請書を掲げる。
「え、なんですの。あなた、もしかして、クラスでのけ者にされてますの?」
急に生き生きと目を輝かせ始めた。
「ああ。ぶっちゃけ言うと、ボッチだな」
「ふっ、ふふふふ、ははは、はははははは! そうですか。いい気味ですわ。そりゃそうですわよね。今は秩序も忠義も誇りも何もかも失われたひどい世の中ですけれど、さすがに常識の欠片もない狂犬と組みたい人間なんてそうはおりませんわよね!」
マリシーヌが虚ろな目で意地の悪い笑みを浮かべて手を叩く。
「いや、俺のことを笑うのはいいけどさ、このままだとマリシーヌも退学だぞ。それって、あんたの言うところの『恥』ってやつじゃないのか?」
「くっ……。確かにそれはそうですけど」
「それに先生も心配してたぞ。先生なら今からでもなんとかマリシーヌのフォローもしてくれると思うしさ」
「はっ、今のを聞いて一気に外に出る気が失せましたわ。――というか、逆に伺いますけれど、あなたはよくあの女の指示に唯々諾々と従えますわね。そもそも、あなたにとってもアイシアは憎き仇でしょうに」
肩をすくめて言った。
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