第十二話 丸投げ

 王国式の宮廷作法によると、部屋に引きこもっている女と接触するにはいくつかの段階がある。


 まず、部屋の前に花束を置く。


 その色にも意味があり、赤なら愛の告白で、白は謝罪、黄色が友情を示す。


 ナインはヘレンのアドバイスに従い、白と黄色が半々の花束を用意した。


 一夜経った後、花束が部屋の前からなくなっていれば、ひとまずは成功。


 また新しい花束を用意する。


 ただし、最初のものより一本だけ花を減らし、その代わりに手紙を折って花の形にしたものを忍ばせておく。


 それを受け取った女はさらに花束から一本抜き、返信の手紙を花束に忍ばせ、部屋の前に戻す。


 送る側はその花束を持って帰る。


 そうして、何回も何回も花束をやりとりし、一本ずつ花を減らし、やりとりする手紙の量を増やしていく。最終的に花が無くなり、やりとりするのが手紙だけになった所でようやく部屋に訪れる権利が得られる。


(めんどくさすぎだろ! 確かに先生の言う通り、俺にはこんな生き方合わないな)


 もちろん、ナインは洒落た手紙を書く教養もなければ、茶番に付き合う根気もない。


 もっとも、最低限の勉強はしたし、花束の運搬だけは自分でやったが、残りの諸々の課程は全部ヘレンに丸投げした。


 一応、ナインも代理を使うのはマナー的に大丈夫なのかと問うたが、ヘレン曰く、かつての貴族社会でも代筆はよくあることだったそうなので、問題はないらしい。


「ナイン殿、やりましたぞ! ようやく乙女がヴェールを脱ぎたり!」


 何枚もの手紙を速読し、ヘレンが快哉を叫ぶ。


「おお、ようやくか! これで部屋に行ってもいいんだよな?」


「然り。ただし、ノックの回数にはお気をつけくだされ。とにもかくにも、おめでとうございまする」


「いや、ほぼヘレンのおかげだよ。よくあんなめんどくさい手紙のやり取りを続けられるな。俺なら絶対無理だ」


「いえいえ、マリシーヌ嬢は中々教養豊かな御仁故、拙僧は苦にはなりませなんだ。苦労といえば、ナイン殿も愚僧のために闇の魔法使いの協力を取り付けてくれた由。学院でも闇の魔法の教師の募集に難渋しておりまするのに、大義なことでございまする」


「ああ、まあ、あっちは腕っぷしで解決できたからな」


 どんな街にも暗部はあり、そこに闇の魔法使いはいる。


 ナインは腕のある闇の魔法使いに目ぼしをつけ、彼、彼女たちのために特殊な素材を入手したり、敵をボコしたりして信頼を得た。


 そして、適切な報酬を払い、ヘレンに個人教師をしてもらう約束を取り付けた。


 過程も対価も結果もシンプルで、ナインにとっては気楽な仕事だった。


「頼もしうございまする。世の中は適材適所でございまするな」


 ヘレンが感心したように頷く。


「だな。それで、修行は順調か?」


「今、愚僧と相性のいい魔法を吟味しておりまする。次の実習までには披露出来るかと思われまする」


「そうか。期待してるぞ」


 闇魔法は個人主義の魔法で、何が出てくるか分からない。


 そのため、敵は初見では対策がし辛いので、他の属性の同レベルの魔法と比較して、有効性が高い属性である。


 ヘレンがナンバーズほどの強者になることまでは望まない。でも、もし傭兵の中堅クラスの力を手に入れてくれるだけでも、ナインの戦略の幅が段違いになる。


「かしこまりましてございまする。これから、ナイン殿はマリシーヌ嬢をパーティに誘われるおつもりですな」


「ああ」


「勝算はございまするか?」


「んー、まあ、何とかなるだろう」


 ハカセとシックス理論によると、決闘で負けた女は必ず惚れるという。


 もちろん現実は物語とは違うので、惚れるまではいかなかったという事実を理解している。


 それでも強い個体に惹かれるのは生物の宿命であるから、好感を抱かれていることは疑いようもない。ならば、友人になるくらいは余裕だろう。


 ナインは呑気にそう考えていた。

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