第十一話 提案
「姫、どうかこの葦にご尊顔を拝する栄誉をお与えください」
とある授業終わり。
宿題のプリントを提出する際に、ナインはヘレンから教わった宮廷作法を試してみる。
床に跪き、左手は後ろに水平。
右手に持ったプリントは、アイシアの心臓の拳一つ分下の位置に捧げる。
「ど、どうしました? ナインくん、体調不良ですか?」
「そうかもしれません。あなたの姿が見えない日は太陽を失った空よりも暗い気持ちになる」
宮廷作法というやつは複雑だが、とにかく女に対してはペコペコして大げさに誉めておけばいいらしい。
『ナイン殿が気に食わないと思うキザな騎士の仕草を真似ればよろしうございまする』とヘレンは要約していた。
「お願いします。今すぐそれをやめてください。誰に何を吹き込まれました?」
アイシアが割と本気めなトーンで言って、ナインは腕を掴まれ、引っ張り立たされる。
「いや、ヘレンが先生のいう『曖昧』を理解するには、マナーを勉強するのが手っ取り早いっていうから、試してみようと思って」
ナインは正直に白状した。
「何をどうしたらそのような解釈に行きつくのかよくわかりませんが、とにかく、私はただの教師です。ですから、そのような貴婦人に対する礼は不要です」
アイシアは受け取ったプリントをまとめて、トントンと教卓で整えつつ答える。
「え、でも、これが先生の故郷のマナーなんだろ。よく言ってる紳士ってやつっぽいし」
「それも紳士の在り方の一つではあります。でも、ナインくんには似合ってないのでおすすめできません。私はナインくんにはナインくんの良さはそのままで、素敵な男性に成長して欲しいと願っています」
アイシアが困り眉を作って言う。
「なんだ、無駄骨かよ」
ヘレンの言うことを信じた自分が愚かであった。
「はい。お疲れ様でした。……あ、いえ、でも、もしかしたら、無駄ではないかもしれません」
アイシアは一回頷いてから、腕組みをして考え込む。
「どういうことだ?」
「ところで、ナインくん。パーティメンバー四人、集まりましたか?」
「えっと、いや……。うん、それが……まだ二人のままだ」
ナインとて怠けていた訳ではない。時間を見つけて、他のパーティで喧嘩別れした奴とか、中途退学したグループに声をかけていた。
一人仲間が出来たのだから、二人目、三人目はすぐに見つかるだろう。そう楽観的に捉えていたのだが、現実は甘くなかった。
もちろん、何回かお試しで組むところまではもっていくことができた。でも、相手が男だとヘレンがすぐに暴走モードに入り、それにドン引きして逃げていく。かといって女は基本的にナインを性犯罪者であるかのごとく認識しており、そもそも近づいてこない。
「ですよね。最悪、一人分は私がまた参加することで埋められます。ですが、最後の一人は絶対ナインくんたちで仲間を見つけなければいけません。そのことは分かりますね?」
「ああ。さすがにそのくらいの算数は俺にもできる」
「でも、すでにパーティの関係性は出来上がって、新たな人員をスカウトすることは容易ではありませんよね。ナインくんが頑張っていることは知っていますが、現状上手くはいっていない」
「悔しいけど、その通りだな」
ナインが頷く。
「そこで、先生から提案があります! ナインくんはマリシーヌさんを覚えていますか?」
「ああ。俺が入学試験の時に倒した高飛車な女な」
「はい。そのマリシーヌさんと仲直りして、パーティに勧誘してはいかがでしょうか」
「仲直りって言ったって……、そもそもあいつ、全然授業で顔を見かけないんだが、どこにいるんだ?」
ナインは首を傾げる。
「それが――ですね。実は、マリシーヌさんは、現在、寮の自室に
アイシアが言葉を選ぶように途切れ途切れ言う。
「……それ、俺がやらなきゃだめなことか? 勧誘はともかく、引きこもりの生徒を教室に引っ張ってくるのは先生の仕事じゃないのか」
「それはそうなんですけど、私は彼女に嫌われていますから……。ナインくんも、私について詳しく知ったら、きっと嫌いになると思います」
アイシアがまた、ナインの嫌いなあの笑顔を見せる。
「なんだよそれ」
「とにかく、ナインくんが先ほど見せてくれた振る舞いは私の好みではありませんが、マリシーヌさんとの仲直りのきっかけにはなるかもしれません。彼女はそういった古式ゆかしいやり方を大切にする人柄のようですから」
アイシアは何事もなかったかのように、そうアドバイスして教室を出て行く。
「ふーん。まあ、せっかくだしダメ元で試してみるか」
ナインは大きく伸びをしてから、鷹揚に頷いた。
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