第九話 救出作戦(3)

 空が明け白む頃、ナインたちは残りのヘレンの仲間たちと合流を果たした。


 幸い誰一人死傷者はなく、ナインが魔物の素材を解体している間休ませておくと、すぐに元気を取り戻した。


 元々光魔法の使い手が多いグループなので、回復は早いらしい。


「あ、あの、助けて頂きありがとうございました」


 ナインが朝飯に適当に焼いたグラインダーカメレオンの肉を喰らっていると、修道女の一人が話しかけてきた。


「ああ、うん。礼はいい。というか、俺は誠意は言葉じゃなくて行動で判断するから」


 戦場において言葉は無意味である。


 戦場の借りは全て、行動によって返されなくてはならない。


 街には街の法律があり、ナインはそれには従う。


 でも、戦場のルールは譲らない。


「あの、えっと、どうすれば?」


「私たちお金はないですし、物もないですけど」


 別の修道女たちが困惑したように顔を見合わせる。


「別に金や物が欲しい訳じゃない。いや、それでもいいんだが、とにかく、俺はあんたらが支払った対価であんたらという人間を判断する。それだけは言っておく」


 ナインは大して期待もせず言う。


 そもそも貸しが返ってくるなんて思っていない。


 でも、ちゃんと返してくる奴らなら、ナインはそこで初めてそいつをその他大勢と切り離して認識することだろう。


 ナンバーズの戦場では明日死体になるかもしれない人間の顔と名前を、全員覚えている暇はない。


「ナインくん。そこは『乙女の感謝こそ、私の勲章です』と器の大きいところを見せた方が、紳士っぽくて素敵ですよ。マイナス1アイシアポイントです」


 アイシアは修道女たちにパンとスープを配りながら言った。


 本来の修道女たちの食糧は逃走の途中で落としたらしい。


「なんか騎士っぽい言い回しだな。騎士は重装備で鈍重でアホの仕切りたがりが多いから嫌いだ。――ちなみにマイナスが溜まるとどうなるんだ?」


「もちろん、なにもありません。あっ、でも『メッ』ってするかもしれません」


「俺をガキ扱いして楽しいか?」


「教師にとって、生徒は全て子供のようなものですよ?」


 アイシアが真面目くさった顔で小首を傾げる。


「そうかよ。じゃあ、ガキはガキらしく明るい内にお家に帰るとするか。飯を食ったら出発する。さっさと街に戻るぞ。道中の敵は全部俺が倒すから、行軍に集中しろ」


 グラインダーカメレオンの皮を身体に括りつけ、魔石をポケットにしまう。


 修道女たちもそれぞれ、かさばらず換金価値の高い素材は持ち帰ってもらう。


 集団を指揮して森を抜ける。


 ナイン一人だけなら半日もあれば十分な距離だったが、人数が増えたので結局一日半もかかってしまった。


 それでも無事街に辿り着き、冒険者ギルドに素材を持ち込む。


 グラインダーカメレオンの皮と、魔石をカウンターにぶちまけると、ギルド職員が目を丸くした。


「あ、あの、これを全部、あなたお一人で?」


「そうだが」


 ナインは淡々と答える。


 修道女たちのノルマ分は向こうに譲ったので、本当はもっと多いのだが、めんどくさいので説明はしない。


「ナインくんの戦績に関しては私が保証します。証拠はこの宝具の中に」


 アイシアが頭のサークレットを外し、ギルド職員に渡す。


「では、少々お待ちください。素材を査定の上、証明書を発行します」


 ギルド職員が奥に引っ込む。


 ……。


「お待たせしました。C 級27体、D級48体、E級121体の討伐に関して、間違いなくナインの戦果であることを証明します。そして、こちらが素材の代金です」


「ああ」


 ナインは金と証明書を受け取る。


「マジかよ。あれを全部一人で」


「まあ、先生と組んでるんだから当然じゃねえの?」


「いや、でも、あいつ、入学試験で素手で緋竜のマリシーヌを倒したんだぜ」


「棄民兵だし、どうせあらかじめ罠とか毒を仕込んでとか、そんな卑怯な手段を使ったんんだろ」


 周囲の雑音を無視して、アイシアと共にギルドの外に出る。


「で、これを提出して、実習完了、だよな?」


 ナインはアイシアに討伐証明書を手渡す。


「はい、確かに。すごいです! ナインくん。個人の討伐成績では圧倒的に一位、集団単位での成績でもトップ10入りは間違いなさそうですよ」


 アイシアは満足げにギルドの証明書に視線を落とす。


「ふーん、進級できるならどうでもいいや」


「あ、あの、お疲れ様です」


「ナイン殿、おかげ様で落第せずに済みましたでございまする」


 先に査定を終えていた修道女たちが声をかけてきた。


「それは良かったな。じゃあ、報酬を出せ」


「はい」


「そうですよね……私たち、ほとんど魔物を倒してませんし」


 修道女たちが蛇に睨まれた蛙のように銀貨と銅貨を差し出してくる。


「いや、また何か勘違いしてないか? 俺のも含め、全部報奨金を合わせて、みんなで分けるぞ。組んだ以上は報酬はなるべく等分にする」


 ナインは懐から報酬でパンパンになった小袋を取り出して言った。


「ナイン殿、よろしいのでございまするか。一方的にナイン殿の損でございまするぞ」


「いいよ。一応、ヘレンの血も使ったし。金を見せびらかしてもろくなことないから手早くな」


 まず銀貨と銅貨の十枚の小銭の塔を作り、あとは高さを合わせて小銭を積み上げ、いくつも列を量産し、さっさと等分と分配を終える。


「終わりだ。後から文句は受け付けないから、ちゃんと数えろよ」


 ナインは随分軽くなった小袋を懐にしまう。


「え、すごい、私、こんな大金持ったことない」


「これだけあったら、教会にいっぱい仕送りできるね」


「大金を持ってるの怖いし、この街の教会で小切手にしちゃおうよ」


「愚僧は感動致しました。『七人と、八人とすら、分かち合っておけ。明日にも国にどのような災いが起こるか分かったものではない』そういうことでございまするな」


 ヘレンがひとりでに何やら納得してコクコクと頷く。


「ナインくん、とっても素晴らしく紳士的な対応です。10アイシアポイントを差し上げます」


 アイシアが拍手する。


「別に紳士とかじゃなくて、戦場のルールだよ。そうしないと揉めるから」


 とはいえ、金銭のようにちゃんと等分にできる報酬が出ることはナンバーズの戦場では稀だ。


 ナインの戦場は敵から分捕った戦利品が報酬代わりで、全部オンリーワンだから結局分配で揉める。最終的には腕っぷしで解決となるが、それでも等分の原則は絶対で、勝っても奪い過ぎる奴は最終的には殺される。


「それで、あの、ナインさん、お礼の件なんですが」


 修道女の一人がおずおずと切り出してくる。


「ああ。覚えてたのか」


「もちろんです」


「私たち、話し合って決めました」


「ヘレンをナインさんのパーティとして派遣しようと思います」


 修道女たちは決然と言って、一斉にヘレンを見る。


「これも神の思し召し。末永くお頼み申しまする」


 ヘレンが引きつった笑みを浮かべてズリズリにじり寄ってくる。


「お礼……? こいつが?」


 ナインは顔をしかめた。


 情緒不安定な爬虫類系じみた挙動をとる女を送りつけるのが命を救った相手に対する礼だというのか。


 もしかして、これは喧嘩を売られているのか?


「い、いえ、あの、ヘレンはこう見えて、勉強とかすごいできるんですよ。教えるのも上手いから。あの、失礼ながら、ナインさんこの前張り出された試験の成績を見るに、あまり勉強は得意じゃないですよね。そのフォローには最適だと思います」


「それに、ヘレンとパーティを組めば、先生のお力を借りる必要もなくなりますし」


「ヘレンにとっても本当に戦闘で役に立つためには、闇魔法を身に付けないといけないでしょうけど、私たちと一緒だと、闇魔法の研究はしにくいでしょうし、ナインさんと行動した方がいいかと思って」


 修道女たちが早口で弁明してくる。


 本当か?


 体よくお荷物を押し付けようとしてないか?


「なるほど。確かに、光魔法の信徒の中で闇魔法の研究はさすがにバツが悪いでしょうね。闇魔法の使い手は個人主義者が多く、最近まで禁忌とされていた地域も多いので研究が進んでおらず、体系化されてませんから授業として教えるのも難しいですし」


 アイシアが納得したように頷く。


(まあ、ペアが組めるのはでかいか)


 ナインは別にパーティメンバーに戦力として機能することを期待してはいない。


 数合わせで良いのだから、ヘレンで悪い事もないだろう。


 理屈としては納得できるはずなのだが、どうにも腑に落ちない。


 いや、しかし、今のナインに、他にボッチを回避する方法はないのだし。


「はあ、まあ、そういうことならよろしく頼む」


 ナインは不安感を呑み込み、握手を求める。


「ふひひひひひひひ、握手に応ずるのは礼儀マナー故、致し方なし。故に色欲の罪には当たらざるはず……」


 そして、ムカデが這うような感触にすぐに手を引っ込めた。


「良かったですね。ナインくん。この学院に入学して初めてのお友達ができましたね」


 アイシアが感慨深げに瞳を潤ませて言う。


「友達……?」


 そういうことになるのだろうか。


 ナインにはかつて最高の仲間がいた。


 でも、友達はいなかった。


 だから、よくわからない。


「はい。この調子でどんどんお友達を作ってくださいね。実習の教育課程が進んでいく度に、パーティの必要最低人数は増えますから。ちなみに、次の実習の下限は四人です」


 アイシアは朗らかに言って、ナインをじっと見つめてきた。


「わ、わかった」


 そこはかとないプレッシャーを感じつつ、ナインは静かに頷いた。




****************あとがき******************

 皆様、ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます。

 ようやくナインくんにも先生以外のパーティメンバーができました(友達とは言ってない)。

 もし「おもしろい」、「続きが気になる」と思って頂けましたら、★やお気に入り登録などの形で評価を頂けると嬉しいです。

 

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