第八話 救出作戦(2)
「で、先生、これでミッション達成でいいのか?」
グラインダーカメレオンの死体を蔦で木に吊るし、血抜きをしながら尋ねる。
「はい。ナインくんの分は達成です。でも、今はヘレンさんとの合同ミッションなので、連帯責任でそちらのノルマを達成するまでは帰れません。一般組の生徒さん五人組だと、E級五体、もしくはD級を三体以上ですね」
アイシアが素知らぬ顔で言ってくる。
そんなの聞いてない。
「あ? おい、あんたら、これまで何匹の魔物を殺した?」
「え、ごめんなさい。E級のを一体しか」
「ヘレンが魔物を引き寄せやすい体質なのは知ってたから、集団に囲まれないように魔除けの香をたくさん持ってきてて。勘の鈍い弱った個体を倒そうかなって作戦で。C級以上の魔物には効かなかったみたいだけど」
修道女たちが申し訳なさそうに答える。
「ちっ、まあいいか。昨日俺が昼間にぶっ殺しまくった雑魚を数に含めれば余裕で達成じゃねえの?」
「残念ですが、ヘレンさんと組んで以降の討伐が対象です」
指でバッテンを作って言う。
「そうかよ。じゃあ、俺が帰りがてら雑魚をぶっ殺してやれば解決だな」
「パーティは一定の距離を離れると解散扱いで実習失敗となります。権力者や富裕者が実力者に一方的に寄生するのを防ぐための措置です」
「ああ、もう本当にめんどくせえ――全員を背負っていく訳にもいかないしな」
ナインは力任せにグラインダーカメレオンの皮をはぎ取り、枝にかける。
「はい。ということで、私がナインくん以外の皆さんに風の補助魔法をかけて移動速度を上げますから、それで我慢してください。ナインくんからしたらそれでも遅いでしょうが」
「まあ、それでもいいけど、一応試してみたいことがある。――おい、ヘレン」
「へ、へひゃ、愚僧に何か用でございまするか?」
指で地面に謝罪文らしき文字列を書いていたヘレンが、ビクっと肩を震わせる。
「ちょっと舐めていいか」
ナインは敵意がないことを示す満面の笑みで言った。
「ひうぃ、や、やっぱり、救出の礼に愚僧の貞操を」
「違う。確かめたいことがあるから、あんたの血の味を知りたいだけだ」
「そ、そんな悪魔的な……し、しかし、恩人の頼みとあらば断わる訳にもいきませぬか」
「いいんだな?」
「や、優しくお願いしまする」
「別に死にはしねえし、痛くもないからそんなにびびるな」
ナインはへたり込むヘレンの修道服の裾をちょっと上げて、脛の擦り傷に口をつける。
初めはただの鉄さびの味、次いで肉食獣の胆汁にもにた独特の臭みとエグみが鼻の奥に広がる。
「ひういいいいいいいいいいいい! 神よお許しくだされえええええええ」
「ねえ、ナインって……」
「ああ、入学試験で全裸で貴族の女の子を押し倒した……」
修道女たちがひそひそと囁き合う。
「おしっ! やったな! やっぱりクソまずいぞ! ヘレンの血!」
ナインは脛から顔を上げてペッと唾と一緒にヘレンの血を吐き捨てて言う。
「あ、あう、何か物凄く傷つくのでございまするが……」
「いや、誉めてる。人間にとってまずい血ってことは、魔物にとっては美味い血ってことだからな。ヘレンの血は強力な誘引剤になるぞ。っていうか、ヘレン、この味からすると、闇属性の方が適正あるんじゃねえの。なんで光の教徒なんてやってるんだ」
ナインは戦場で老若男女様々な血を飲んで来た。そのおかげで、血の味でその者の魔力適性を判別する技能が身に着いたのだ。
そもそも闇の魔法の適性を持つ者が希少だが、その中でもここまでまずい血は中々珍しい。
「な、なにを、愚僧は、敬虔な神の信徒でありまする。これまで、一度も御心に背いたことなどありませぬ。聖典はもちろん、各宗派の口伝を守り、
口をポカンと開き、白目を剥く。
「あー」
「バレちゃった……」
ヘレンの仲間の修道女たちが気まずそうに呟いた。
「え、なに、これ言っちゃだめなやつなの?」
「いえ、大戦終結時の条約により公的には魔法の全属性平等が保証されているんですが……。えーっと、とにかく、私は新約派の教徒なので、細かいことは気にしません」
「あの、うちの教会の魔力の属性測定器は安物で、光属性持ちかそれ以外しか判別できなくて」
「大教会とかにバレるとめんどくさいんで、あまり言いふらさないであげてくれますか……」
アイシアと二人の修道女が奥歯に物の挟まったような口調で言った。
「えっと、よくわからんが、これが『曖昧』か? 無視しとけばいいやつか」
「そうです。ナインくんも分かってきましたね。1アイシアポイント差し上げます」
「まあいいや、とにかく、移動するより、ヘレンの血を空中散布して敵を釣った方が早いから、ちょっと血を貰うぞ」
ナインはそう言って、剥いだ皮の尻の穴に土を詰め、即席の袋を作る。
「ああ、『もし右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨てなさい。もし右の手があなたをつまずかせるなら、切って捨てなさい』ならば、神よ! 血が罪深き愚僧はいかがせん」
ヘレンは瞑目し、自己陶酔モードで祈り始めた。
「しっかりしろよ! お前は仲間を救いたいんじゃないのか! 俺は異端とかはよくわかんねえけどよ。昔、フォースっていう火魔法しか使えないのに光神教徒の坊主がいてさ。でも、『光魔法使いの教徒が一人治しよる間に、ワイは味方を十人殺す敵を百人焼く! せやからワイの方が偉いんや!』って堂々としてたぞ! それが信仰ってやつなんじゃないのか!」
ナインはヘレンの方を揺すって発破をかける。
「は、はうぁ! つ、つまり、ナイン殿は『なすべき善を知りながら、それを行わないのは、その者の罪である』 そうおっしゃる!?」
急に目をカッと見開き、声を上ずらせる。
「罪とか善とかは知らないが、戦場で自分の力を出し惜しむ奴は死ぬぞ」
「ふひひひひ、然り然り! 時に神は最愛の一人子すら贄に求むるもの、ならば愚僧の血などなぜ出し惜しむことがありましょうや! 我、正道を得たり!」
ヘレンは目を血走らせて叫び、自身の手首を噛みちぎる。
たちまち泉のようにこんこんと血が湧きだした。
「え、いや、出し惜しむってそういう意味じゃなくて――ああ、もういい! それで十分だ」
ナインは袋で血を受けながら叫ぶ。
「やば、ヒールヒール」
「『死は宿命、老いは定命、されどいましばらく仮初の生を全うせん』――あのー、この子、感情の起伏が激しいタイプなんで、あんまり煽るようなことは言わないであげてくださーい』
修道女たちが手慣れた様子でヘレンの治療をする。
「な、なんかすまん――とにかく、血は集まったな。で、先生、俺がこれを空中に撒くから、残りの救出対象がいる方向に風でそれを飛ばしてくれ」
「それは構いませんが、敵が集まりすぎたらどうするんですか?」
「いや、そもそもこの森は魔物が少なめだし、グレーターカメレオンの血も混ぜてるから、C級より雑魚い魔物は逃げ出すから問題ない」
「いやいや、それってつまり、C級以上の――B級、A級の魔物を呼び寄せる可能性があるということですよね」
「そうだが? 元々そいつらを狩りにきたんだろ。C級みたいな雑魚相手だと訓練にもならない」
この森は全体的に魔物レベルが低いので、B級、A級となるとボスクラスしかいないだろう。できればそいつらと戦いたい。
「とてもおすすめはできない方法ですが、止める権利もありませんね……。わかりました」
アイシアが渋々頷く。
「じゃあいくぞ! はっ!」
ナインは木に跳び移り、さらに太めの枝を足蹴にして再度跳躍する。
最高点に達した瞬間に、ナインは袋の中身を夜空にぶちまけた。
「『風は吹く吹く気ままに吹く。されど今日は吾がために吹け』」
アイシアが詠唱し、北東方向に蒸気化した血を流した。
「さ、後はこれで敵さんがくるのを待つだけか」
ナインはそう言って、握りやすい手頃な石を拾い集め始める。
「……一体、二体、三体――これは位置関係的にグラインダーカメレオンですね。四体、五体、これは、なんでしょう。もう少し近づいてこないと判別できません。どんどん気配が増えていきます二桁は越えますよ」
アイシアが少し心配そうに呟く。
どうやら、探知魔法を使ったらしい。
「なんでもいいよ。どうせ全部殺す。脅威を完全に排除して、あとはゆっくり助けにいけばいい」
「あ、あの、私たちはなどうすればいいですか?」
「一応、初級回復魔法と光級は使えます」
「あ? それぞれ自分の身を守って死なないでいてくれたらいいよ。あと、余裕があったら石を拾ってそこら辺に置いておいてくれ」
信頼できない初対面の奴らと連携するくらいなら、全部一人でやった方がマシだ。
「は、はい」
「わ、わかりました」
修道女二人が気圧されたように頷く。
先頭の魔物までおよそ50メートル。
(おっ、まだちょっと血が残ってるな)
ナインは袋を雑巾のように絞り、すするように血を口に含む。
味は最悪だが、ぬるま湯のように心地よい。
力が身体中に横溢していく感覚。
これで数分はもつだろうか。
「あー、
ナインは袋を投げ捨て、代わりに石を掴んだ。
突出してきた魔物に投擲。
ブチュ、ブチュ、ブチュと、流れ作業で殺していく。
気配的にどうやら、B級以上の敵はいないようだ。
ハズレか。
「ふふふ! ひゃひゃひゃひゃひゃ! 見よ! 血の花が咲いておりまする。ああ、そうです。平和の名の下に臆病に成り果てた不作為の怠惰。神は信徒の惰弱故に故に異教徒に剣の恩寵を授けられ、アデスの王とせしためしあり。彼が刃ならば愚僧は肉の砥石となり得べし」
「へ、ヘレンさん。それ以上血を失うと昏倒する危険性がありますよ。ナインくんの様子を見るに、これ以上血はいらなさそうですし」
「……ねえ、ひょっとして、お似合いじゃない?」
「うん。彼なら私たちよりも上手くヘレンを扱えるかもね」
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