第三話 先生がペアを組んでくれた


「勝者、ナイン。救護班はただちに両選手の治療を」


 アイシアが厳かに呟いた。


 待機していたらしい治癒魔法士が出入り口の奥から駆け出してきて、慌ただしくマリシーヌを運んでいく。


「おっ、勝ちか。でも、なんか思ってた反応と違うな」


 ナインは頭を掻く。


「や、やべえ……」


「これ、反則勝ちじゃないの?」


「いや、反則したのは女の方だろ」


「さすがに倫理的に……」


「いや、でも徒手空拳で高位魔法剣士に完全勝利だぞ。普通にすごくね」


「しかも魔法を使った気配もなかった」


「強いかもしれないけど絶対に一緒に戦いたくない」


「それはそうだな」


 演習場が奇妙なざわめきに満たされた。


「あの、彼にも治療を――私は『両選手の』と言ったはずですが」


 アイシアがナインを無視して去っていく治癒魔法士の背中に声をかける。


「ああ、いいよいいよ。別にこれくらい」


「でも、ひどい火傷ですよ」


「いや、焼けてるのは表面だけだよ。変に治されると皮膚が弱くなるから」


「そうですか。では、せめて手の出血だけでも――光は王と奴隷の区別なく、あまねく照らしたもう」


 アイシアはその両の手の平で、ナインの右手を包み込む。


 ナインとは真逆の滑らかで白い肌のぬくもりも、今の火傷した肌には疼痛に過ぎない。


 たちまちレイピアに貫かれた刺し傷が塞がっていく。


「おお、あんた、すごいな。魔力の練りの質も高いし、光の魔法って、使える奴少ないのに」


「まあ、これでも一応、この学院の教師なので」


 アイシアは自信なさげに言う。


「へえー、先生か! じゃあ、これから俺にも色々教えてくれよ」


「そうですね。では――まず、『公衆の面前では服を着ましょう』」


 アイシアはクスッっと微笑んで、ジャケットを脱ぐ。


 それに伴い、ブラウスを窮屈なほど盛り上げる巨乳が出現した。


「ははは、そういや裸だったな。でもいらないよ。服、汚れるぞ」


「構いません」


「でも、俺、多分、洗濯代も払えない」


「構いません。差し上げます」


「えっ、服って高いだろ。先生にそこまで親切にしてもらう理由はないよ」


 ただより怖いものはない。


 ナインだってそれくらいは知っている。


「そうですね……、ならお礼だと思ってください」


「お礼?」


「はい。本当は私が彼女と試合をする予定でした。ナインくんには、嫌な役目を押し付けてしまいましたね」


「別に嫌じゃなかったぞ。だから、お礼をしてもらう必要もない」


 ナインは首を横に振った。


「なら、合格祝いです。戦闘技能特化試験突破、おめでとうございます。ナインくん」


「お祝い? つまり、何も返さなくていってことか。じゃあ、もらっておくよ」


 ナインはジャケットを羽織らず、袖を腰の所で結んで股間を隠す。


 全裸の露出狂から、半裸の野蛮人にレベルアップした。


「では、次の試合の準備もありますから退場しましょう」


「おう」


 二人は出入口へと踵を返す。


「……ナインくんは、学院で何を学びたいですか?」


 アイシアはぽつりと呟く。


「いや、それがさ。多すぎてどれから手をつけていいか困ってるんだよな! まず文字を覚えなきゃいけないだろ、んで、図書室の本を読破して、ああ! そう、食堂のメニューも全制覇して、布団を三枚重ねにもしなきゃだし。なあ、先生は何から始めればいいと思う?」


 サード、セブン、ファイブ、エイト、色んな顔がナインの脳裏をよぎる。


「そうですね。ナインくんはこの学院で学ばなくてはいけないことがたくさんあります。でも、まずなによりも私がナインくんに学んで欲しいのは、『曖昧』です」


「……『曖昧』? よくわからん」


 ナンバーズの夢はいつだって具体的だった。


 正義、忠義、大義、愛国心、そういった漠然とした目標は常に仲間以外の誰かが上から押し付けてくるものだった。


「確かに今日、ナインくんは勝ちました。でも、本当は、戦わなければいけない状況にあなた自身を追い込んだ時点で、負けなんですよ」


「よくわからない。俺は生きている。だから、負けてないよ」


「少しずつ、学んでいってください。法律で禁止されていることと、それ以外の無限の自由。二つの間にある、たくさんの『曖昧』を」


 アイシアが背伸びして、ナインの頭を撫でる。


 こうして、ナインはルガード戦学院に入学する。


 そして、それから三ヶ月。


 十七人から決闘を挑まれ、その全てを返り討ちにした。



*************************************



「ああ。えっと――確か、『曖昧』だろ?」


 回想から現実に立ち返ったナインは、何とか思い出し呟く。


「正解です。では、ナインくん。入学してから数ヶ月経ちましたが、『曖昧』わかってきましたか?」


「いや、全然わからない」


「そうですか……。私が渡した本は読みました?」


「いや、まだ文字が難しくて。ああ、でも、一番簡単な絵本だけはちゃんと読んだぞ! 内容も覚えた。『あいさつはおおきな声で』、『おともだちにはしんせつに』、『分かちあえばリンゴはふえる』だよな!」


 ナインはそう言って胸を張る。


「ふう……なるほどなるほど。うん! 仕方がありませんね。こうなったら、私が、一時的にナインくんとパーティを組みます。その間に他にパーティを組んでくれる生徒がいないか探しましょう」


 アイシアは大きく深呼吸し、気合いを入れ直すように自身の頬を叩いた。


「いいのか?」


「はい。教師の裁量で認められていますから。でも、特別措置を講ずる分、課題の難易度は格段に上がりますよ。構いませんか?」


「ああ。それは全然いいけど、なんで先生は俺にここまで良くしてくれるんだ? 俺、先生になんもあげてないよな?」


 入学してから数ヶ月経って、ナインも教師という生き物の生態が段々分かってきた。


 教師のほとんどはなるべく面倒事を避け、義務を負いたがらないのが普通だ。


 それなのに、アイシアは逆に自ら面倒事を抱え込もうとする。


 どうしてだろう。


 単にいい人なのかもしれない。


 でも、ナインは対価なしの善意を信じない。


 それが、かつてのナンバーズのような一蓮托生の関係性でない限りは。


「それは……生徒を助けるのは教師の責任ですから」


 アイシアは一瞬言い淀み、はにかむ。


 ナインは本当のことを言ってないと本能的に悟った。


 でも、かと言って、彼女が嘘を言っているとも思えなかった。


 ナインはその笑顔が気に食わない。


 それがなぜだか、自分でもよくわからないけど。




*************あとがき****************


 皆様、拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。

 こんな感じのテイストでお送りいたします。

 もし、「続きが気になる」、「ボッチのナインくんを応援したい」、「先生大変だな」、「マリシーヌちゃんがトラウマにならないか心配」など、少しでも琴線に触れる部分がございましたら、★やお気に入り登録などの形で応援を頂けると嬉しいです。

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