第二話 へえー。やっぱり入学と決闘はセットなんだな(2)

 ナインはすり鉢状の建物の一室に案内される。


「……ここが控え室だ。死ぬなよ」


 男はそう言って、ナインをフルアーマーを着た重装備の別の男へと引き渡す。


 こっちもかなり強いな。


「戦闘に使う道具を一つ残らず出せ。不正がないかチェックする」


 男は一方的にそう要求してきた。


「さっきも鑑定してもらったけど」


「規則だ」


「あっそう」


 ナインはまた革袋を差し出す。


 やがてチェックが終わると革袋が返される。


「時間だ。急げ」


 それを確認する暇もなく、フルアーマーがナインを演習場の出場口へと急かした。


 その頃になって、ナインは膝を打った。


(ああ、思い出した……『ラッキースケベ』だ!)


 物語の主人公は決闘の前、もしくはその最中にヒロインと性的な接触をするというのがお約束らしい。


 決闘前には何もなかったので、この戦闘中にそれが起こるのか。


 いや、起こすのか?


 ハカセは自然とそうなると言っていたが、どうなんだろう。


 起これば良し、起こらなければ起こせばいいのか。


 やがて、ナインは出場口から数歩進んだ位置に立たされる。


 反対側にはマリシーヌがいて、その中間に見知らぬブラウスにジャケットを羽織ったの銀髪の女がいた。


「ん? なんだ、聖女先生を見に来たのに戦わないのか?」


「っていうか、推薦組と戦試組がやるなんて珍しくね?」


「なんでも、田舎者がお貴族様相手に馬鹿をやらかしたらしいぜ。それで予定変更だとよ」


「おいおい、めったなことを言うなよ。貴族はもういないだろ」


「そうだった。『多額の納税をし、選挙権を持つ国家への貢献者』だったな」


「いきなり死人が出るかもな」


「初っ端から派手なのが見られそうだ」


「平和の女神ちゃんのパンチラないならせめてそれくらいはやってくれないとなー」


 観客席に詰めかけた学院の生徒らしき面々が、些細な悪意を含んだ好奇心の視線を送ってくる。


「アルスラン=メスレ=ド=マリシーヌの推薦試験および、ナインの戦闘技能特化試験を始めます。どちらかの降伏、意識喪失、もしくは死によって試験は決着します。審判は私、アイシアです」


 銀髪の女が静かに宣言した。


「『元』王女殿下にワタクシの『勝利』を捧げますわ」


 マリシーヌはアイシアを一瞥し、スカートの裾を掴み、優雅に一礼した。


 言葉こそ丁寧だったが、どこか馬鹿にしたような言い方だった。


「おっ、なんか言わなきゃだめなのか? じゃ、この戦いを娼婦嫌いのシックスに捧げるぜ」


 娼婦嫌いだったシックス。


 メシの戦利品だけは絶対に譲らなかった食いしん坊のシックス。


 でも、決して女に乱暴はしなかったシックス。


 童貞のまま死んだシックス。


「試合開始です」


 アイシアが宣言する。


「せめてもの慈悲です。すぐに終わらせて差し上げますわ――いと高き支配者たる紅竜よ。我は至尊に連なる者……」


 マリシーヌが詠唱を始める。


 炎の壁か。


 範囲魔法なのでそこそこ詠唱時間はかかるだろう。


「……」


 ナインは革袋を開く。


(ふーん)


 中身が血から水になっている。


 マリシーヌが口の端を吊り上げた。


(仕込み済みか。さっきのフルアーマーのやつにすり替えられたな)


 でも、特に問題はない。


 そもそもナインの戦場にはまともに物資が送られてきたことなんてなかった。一応、準備はするが、全て現地調達し、臨機応変に対応しなければ棄民兵は生き残れない。


 そして、マリシーヌを憎む気持ちもない。むしろ、ナインを侮っていたようなのに、手を抜かずに全力で殺しに来たことに感心した。


 勝つためにあらゆる手段を尽くすのは当然である。


 戦場に卑怯はないのだ。


 物語の主人公とヒロインは正々堂々という、敢えて自分の有利を捨てる意味不明な行動をしていたので理解し辛かった。


 むしろこっちの方がナイン個人としてはノリやすい。


 ナインは革袋を逆さにし、地面へとぶちまける。


 そして――そのまま服を脱ぎ捨てる。


 マリシーヌが目を見開いた。


 だが、詠唱は止めない。


「ははは! なんだ露出狂かー?」


「酔っ払いなら歌でも歌えー!」


 野次が心地よい。


 少し、戦場の空気に似てる。


 ナインはそのまま勢いよく小便を周囲にまき散らす。


「きゃー! 変態ー!」


「おいおい! 犬でももうちょっとまともに出すぞ!」


「学院に来る前に幼稚園でトイレの勉強してきた方がいいんじゃないか!」


 ナインは地面に転がり、濡れた土を全身に塗りつける。


「――その息吹を再現せよ!」


 マリシーヌが詠唱を終える。


 顕現したのはフィールドいっぱいに広がり、押し迫る真紅の炎の壁。


 ナインは余った水分を衣服に染み込ませ、顔にグルグル巻きにした。


「おい。あいつマジで頭大丈夫か?」


「いや、火に対抗するには水と土だ。特に炎に弱い目を守り、空間を作って呼吸を確保する。理には適っている」


「でも、見た目、全裸覆面の小便土まみれ男だぞ!」


「ただのボヤならともかく、魔法の炎だぞ!? あんなので耐えられる訳がない!」


 ナインは躊躇なくそのまま前に突っ込んだ。


 土が剥がれ落ち、水分は蒸発し、布は焼ける。


 ナインを守る最後の砦は皮膚。


(青い炎ならともかく、赤ごときで俺の肌を焼き切れるかよ)


 棄民兵の皮膚は厚い。


 その中でもナインの皮膚は特に厚い。


 そういう戦い方をしてきた。


「くっ、接近戦に持ち込めば勝てるとでも? ワタクシはレイピア術もマスターしておりますのよ」


 心臓をストレートに狙った分かりやすい軌道。


 ナインは右手の親指と人差し指の間でレイピアを受けた。


 自身の血と肉ごと巻き込んで、レイピアを引き、マリシーヌの重心を崩す。


「しまった――」


 マリシーヌが目を見開く。


 もしかしたら、彼女は敗北を覚悟したかもしれない。


 事実、いつものナインなら顎を撃ち抜いて脳を揺さぶり気絶させてからとどめを刺すのだが――。


(ラッキースケベしなきゃだしなあ)


 ナインはマリシーヌの腕をひねり、レイピアを取り上げながら露出している脇を舐める。


「ひゃっ。な、なにを! ですが、油断しましたわね! 炎よ! あ、あれ力が――」


 身体中に力がみなぎる。


 でもこれだと三秒も持たない。


 まだ足りない。


「うわー、身体が勝手にー」


 ナインはマリシーヌのみぞおちに、力を全てこめた渾身の一撃を繰り出した。


 ミスリルは斬撃にはほぼ無敵で、打撃にも強い耐性を示す。


 だが、それでも素早くぶち込めば三割程度は貫通する。


「こふっ、オエッ、ウムムムムムムム」


 嗚咽を漏らすマリシーヌの唇を、ナインはそのまま奪った。


 噛みつかれても困るので、浅いところで涎と吐瀉物をすする。


 これなら三分は持つな。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


「いいぞー! 脱がせー!」


「やれー、やっちまえー!」


「な、なに、痴話げんかなの?」


「そんな訳ないでしょ! 女の子の方の反応を見なさいよ!」


 興奮と困惑が演習場に渦巻く。


「えっ、ワタクシ、今、何を、され、あ、あああああ。き、棄民兵なんかに初めてを」


「なあ、降伏しないか?」


 ナインは頃合いとみてそう申し出る。


 もうラッキースケベも済ましたし、後は降参してくれるだけでいいはずなのだが。


「な、なにを。き、貴族がこ、ここまで侮辱されて、降伏などできるはずがないでしょう。き、貴族には勝利か、誇りある死の二択しかございません!」


「そうか」


 とりあえず、関節技で腕を折る。


 それからレイピアを太ももに突き刺し、両足の腱を切った。


 殺さないように動脈を避けるのがめんどくさい。


「ああああああああああ、うぐううううううううう。痛みで屈服するワタクシでは、ございませんわ。腕と脚ごときが使えなくなったとてなんだというのです」


 涙目で呻きながら言う。


(うーん、どうやったら降伏するんだこいつ。えーっと、確か女好きのサーティーンが、とびっきり厳しくしたあと、急変して優しくしたら女は落ちるって言ってたな。あ、あと、気のある女性の話にはとにかく共感しておけばいいとも言ってた。ってことは――)


「わかる! 心臓と脳みそさえ無事なら意外となんとかなるものだよな!」


「ヒッ」


「でも困ったな。降伏しないなら殺すしかなくなるんだが、死体とは恋愛はできないだろ。俺には死体を犯す趣味はないしな。ってことはあんたの武器を全て無力化して認めさせるしかないよなあ」


「あ、あなた、一体何を――」


「普通魔法使いの詠唱を潰すなら、喉を狙うのが基本なんだけどさ。それだと多分、十中八九死ぬんだよな」


「あ、あああ、あ」


「となると、次善策は舌を切るか、歯をグチャグチャにして、滑舌を悪くするやつだよな。そうするとかなり詠唱の精度は下がるんだけど、でも、身体強化系の魔法は使えるし、確実じゃないだろ。だから、念のため、穴に突っ込ませてもらうな」


「あ、穴?」


「ああ、そうか。女には二つ穴があるもんな。どっちがいい? 選んでいいぞ」


 ナインは精いっぱいの笑顔で問いかける。


 戦場で敵に選択肢を委ねてあげるなんてこれ以上の優しさはあろうか。


「う、うあ、あああああああああ」


 マリシーヌの下半身から、じわじわと液体が溢れ出す。


「おっ? 小便か。なんだ、俺とお揃いだな!」


 また共感しておいた。


 これでベタ惚れ間違いなしだろう。


「い、いや」


「なんだ。選べないのか。じゃあ、適当にやらせてもらうぞ」


 ナインはマリシーヌのまたぐらに手を突っ込む。


 ナインも汚い所にわざわざ触りたくはないのだが、粘膜と直接接触できる部位は限られているからしょうがない。


「や、やめ、い、いや、いやああ、いやあああああああああああああああ、わ、ワタクシの負けですわあああああああああ、こ、降伏します。だから、ゆ、許して、ワタクシが不正をしてあなたの道具を廃棄させましたああああああああ。全部白状するから、貞操だけはどうか許してええええええええ!」


 涙と吐しゃ物で顔を汚し、下半身から小水を垂れ流しながら、マリシーヌが叫んだ。

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