第一話 へえー。やっぱり入学と決闘はセットなんだな(1)

「おー、ここがルガード戦学院か。すげー。壁と屋根がある!」


 世界の中心にある首都パンゲア。


 軍学校の最高峰であるルガード戦学院。


 その校門の前。


 ナインは目を輝かせて、こげ茶のレンガ建ての建築群を見上げる。


 平屋や二階建て、三階建てはもちろん、塔のような高層建築物もあった。


 つい数年前までは焼野原だったのに、もう建物をこんなにいっぱい作れるなんて、やっぱり都会は違うなと思う。


「ここに入ったら、毎日壁と天井がついた所で寝られるんだな」


 絶対に受かってやる。


 そう決意を新たに校門をくぐる。


「一般入試希望者の人だね? 受験票を見せてくれるかな」


 槍を持った男に止められる。


 穂先が新品なのともかく、柄にも手垢が全くついてない。素人か。


「いや、俺、戦う方のやつを」


「え? あ、ああ、そうかい。いや、すまない。君は武器を持ってないから、てっきり一般入試の希望者かと思ったよ。戦闘技能特化試験の受験の希望者は、あっちで持ち物検査を受けてくれ」


「わかった」


 指示を受けて、近くの天幕のついた場所へ向かう。


 鋭い目つきをした男が、こちらに一瞥をくれる。


 さっきのよりは断然強い。連合国の猟犬の中型くらいだろうか。


 その横には、ローブを纏った中年の女。


 こっちは弱い。いつか見たスカベンジャーの元締めに似てる。


「ここで戦闘に使う物品の鑑定を行っている。武器の持ち込みは基本的に自由だが、禁術、魔剣、違法薬物の類は認めていない」


「えっと、これ」


 腰に下げた革袋を掲げる。


「魔法の触媒かい?」


 ローブの女が尋ねてくる。


「ん? いや、触媒じゃないよ。ただの血」


 ナインは正直に答えた。


「……確かに危険なものではないようだね」


 ローブの女が頷く。


「通過を認める。戦闘技能特化試験は狭き門だが、精一杯励め」


「ああ」


 頷いてまた革袋を腰ひもにくくりつける。


「道の真ん中を堂々と歩けるのはいい気分だな」


 ナインは大きく伸びをした。


 一般入試の受験生が右寄りに、武装をした戦闘技能特化試験の受験生が左寄りに固まって歩いている。


(なんでみんなもっと真ん中を歩かないんだ?)


 こっちの方が断然気持ちいいのに。


 どうせ戦場に出たら姿勢を低くして物陰で敵の目を避ける生活が待っているのだ。


 大手を振って歩ける時はそうした方がいい。


「ちょっとあなた」


「ん? 俺か?」


 声をかけられて振り向く。


 金の巻き髪をした少女がそこにいた。


 防具は流体金属であるミスリルで仕立てたドレス風のローブ。ブーツまでミスリル製だ。


 その胸には、赤いドラゴンの発光装飾が施されている。


 腰にはレイピア、もしくはショートソードと思しき得物が鞘に収められている。


(魔法剣士か)


 装備の材質は全て一級品だが、燃費が悪くて継戦能力が低そうだ。


 体幹はしっかりしており、それなりの訓練を積んでいると思われる。


 ただ、肌の傷のなさといい、磨き上げられた長い爪といい、実戦経験は薄そうだ。


 いや、そもそもが魔法で接近する前に殺しきるタイプなのかもしれない。


「ええ。あなた、社交界ではあまりお見かけしない顔ですけれど」


 訝しむように言う。


「シャコウカイ? ああ、シャコガイ? 美味いよな! 貝の中では食い出があって好きだぜ」


「……お名前を伺ってもよろしくて?」


 眉間を指で押さえて尋ねてくる。


「俺はナインだけど」


「数字が名前――まさか、棄民兵の生き残りですか。名字も持たない下賤の輩がよくもワタクシの行く手を塞いでくれたものですわね」


 嫌悪感も隠さずに吐き捨てる。


 こういう反応には慣れていたので、今更腹を立てるまでもない。


「こんなに広い道で塞ぐもなにもないだろ、勝手に抜いていってくれ」


 ナインは肩をすくめた。


「そういうことを申し上げたい訳ではありませんの。往来の真ん中は学園に多大な貢献をした者だけが使える伝統ですのよ。例えば、このワタクシ――学院に多額の献金をしているアルスラン家の一人娘、アルスラン=メスレ=ド=マリシーヌのような」


 尊大に髪をかきあげて言う。


 ナインは自分が頭の良くない方だと自覚している。


 でも、これは明らかにおかしいだろう。


 だって、たかだか数年前に出来た学校に、伝統もクソもあるものか。


「えっ、そういう決まりなのか? ――なあ! あんた! 俺、代読み屋に受験のルールを教えてもらったんだけどさ。名字がない奴は道の真ん中を歩いちゃいけないとか、そんなんなかった気がするんだけど、聞き逃しちまったのかな!」


 ナインは先ほど持ち物検査をしてくれた男に大声で呼びかける。


「……いや。往来を禁じる校則はない。この学園の中は誰でも『平等』だ」


 男は事務的な口調で答える。


「――だ、そうだ。あんたの勘違いみたいだよ。じゃあな」


 ナインは再び前を向いて歩き出した。


「お待ちなさい」


 マリシーヌと名乗った少女がナインを抜き去り、前を塞ぐ。


「なんだよ。まだなにかあるのか?」


「決めましたわ。ワタクシ、あなたを試験のお相手に指名して差し上げます。光栄に思いなさい」


 マリシーヌが腰にいたレイピアを抜き、その切っ先をナインに向けてくる。


「ん? つまり、俺とあんたが戦うってことか? 確か試験の対戦相手はクジで決めるんじゃなかったか」

「ええ、庶民の方はそうですよね。ただし、何事にも例外がつきものですわ。――そうでしょう! そこの受付の方?」


 マリシーヌが、先ほどナインが呼びかけた男に問いかける。


「……戦闘技能特化試験の対戦相手は抽選によって決める。※ただし、推薦試験を受けるものはこの限りではない」


 男が要綱を機械的に読み上げる。


「お聞きになりまして? つまり、ワタクシがその例外ということです」


「……なお、ここ数年でこの制度を利用した者は全て、学院の教師、もしくは受験生本人が用意した格上の相手を指名して戦っている。敢えて困難に挑むことで、その実力と向上心を示すのが通例だ」


 男が消え入りそうな声で補足する。


「でも、それはあくまで通例ですわよね。そういう『決まり』はないでしょう?」


 マリシーヌが嫌味っぽい口調で尋ねる。


「……ああ、ない」


 男が静かに頷く。


「さあ、どういたしますの? ワタクシは寛大ですから、今、這いつくばって謝るなら赦して差し上げてもよろしくてよ?」


「いや、どうせ誰かとは戦うんだし、別にあんたでもいいよ」


 ナインは即答した。


「そうですか。――戦闘技能特化試験は学科を免除される代わりに、命の保障がない危険な試験。もちろんご存じですわよね」


「? ああ、うん。生死をかけない戦いなんてないだろ」


「そこまで覚悟しているなら、もうワタクシから申し上げることはなにもございませんわね。……世界は『平等』になりましたわ。けれど、『公平』になったとはゆめゆめ思われないことね」


 マリシーヌがナインを一睨みして足早に去っていく。


「マジかよ。死ぬ気か?」


「緋竜のマリシーヌだろ? 公爵家の」


「『元』公爵家だろ」


「いや、家名を名乗ったってことは、旧王国の昇殿基準を満たしているはずだ。つまり、並の魔法使いの千人分の魔力量を有している」


「おいおい。終わったぞあいつ」


「でも、貴族だし、意外と見掛け倒しってことも」


「いや、俺は旧王国の出身だが、マリシーヌ様は戦後の混乱期に野盗百人を一人で討伐したと聞いたことがある」


「大体、もし実力が同じくらいでも、あの装備の差では勝てるはずがないわよ。あいつ『布の服』しか着てないじゃない」


「アホだな。さっさと謝っておけばいいのに」


 左右の人の列から、次々に同情と侮蔑の声が投げかけられる。


 どうやら、ナインはいつの間にか注目を集めていたらしい。


(なんか騒がしいな……。この感じ、どこかで……)


 学院になど通ったことのないナインなのに、なぜか既視感を覚える。


 そして、すぐにその正体に思い至った。


(ああ! そうか! これがハカセの言っていた『お約束』ってやつか!)


 産まれながらの棄民であったナインは、文字が読めない。


 でも、本好きのハカセが良く語り聞かせてくれた。


 彼は数字がつく前に死んでしまったが、その物語たちは今でもよく覚えている。


 田舎から出てきた少年が裸一貫で成り上がる英雄譚。


 彼は士官するために軍学校に入学し、そこでなぜかいつも生意気な少女と決闘になる。


 少女の立場は物語によって、貴族だったり、女戦士だったり、聖職者だったりと多種多様だが、なぜかいつも決闘になるところだけは一緒だ。


 そのことを不思議に思ったナインはハカセに「なぜいつも同じ展開なのか」と尋ねるのだが、いつでも答えは「お約束だから」の一言で済ませられてしまっていた。


 巷には似たような話が溢れているのか、それとも、ハカセがそれ以外の物語のパターンを知らなかったのか、今となっては分からない。


「お前に恨みはないが、一応、演習場まで送り届けさせてもらうぞ。もし逃げられでもしたら、お前たちの会話に関わった俺の責任問題になる」


 男がそう言って、ナインの隣に並ぶ。


「ああ、うん。ちょうどどこいけばいいか迷ってたから助かるよ。その前に水分補給したいんだけど。思ったよりもすぐ戦うことになりそうだからさ」


「……食堂に寄ってやる。飯も食うか」


「いや、身体が鈍るから水だけでいい」


 食堂の水がめに首を突っ込んで、水を腹に詰めていく。


「なあ、お前、大戦の生き残りだろ」


「そうだよ」


「俺もそうだ。だからこそ分からない。なぜ、命を粗末にする」


「粗末にしてないぞ。使い切るために来た」


 男とポツポツと会話をしながら、ナインは心の中で別の事を考えていた。


(本当に都会には物語みたいなことがあるんだな。でも、まあ、好都合だ。『物語の英雄みたいな活躍がしたい』っていうのはシックスの夢だったしな)


 ナインには叶えたい仲間の夢がたくさんあるのだ。


 入学前からそのチャンスが来るなんて運がいい。


(えっと、物語ではこの後、少女を倒したら、相手が男に惚れるんだよな。でも、今のままだと何か足りないよな。なんだっけ)


 重要な要素を見落としている気がする。


 あれこれと考えている内に演習場についた。

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