07:rest
「二日も徹夜して殆ど食べてないんじゃ、調子悪くなって当たり前。天気だって不安定だしね、ここの所」
「だぁって大変なんだぜ、曲創るのって」
実際こんなに難儀なものだとはオレ自身判ってた訳じゃなかったんだけど。
「判るけど、自分の身体あってこその曲創りでしょ。バンドっていうのは全員が揃わないと意味がないんだから」
「それも判ってるんだけど、早く曲上げたいし。とは言ってもオレ今まで本格的に曲なんて創ったことなかったし。だから我武者羅んなっちゃった。本当に凄く大変なんだって実感した」
「へえ、前のバンドじゃ創らなかったの、曲」
「うん。ほんの少しかじっただけ」
「ふぅん、あ、あったあった。これ飲んでおきなさいね」
オレの話を聞きながら美沙希さんは仮眠室の隅にある机の引出しを探って、風邪薬をオレに渡してくれた。
「うん。でもねぇ美沙希さん、大変だけど、ほんとすげぇ大変なんだけどさ、楽しいんだ、やってて。少と言い合って、音鳴らして、凄く張り合いあるし、二日の徹夜なんか気にならないくらい楽しいんだ」
色々と負担の多いはずの少が頑張ってるのに、インディーズで均していたオレの方が倒れるなんて正直言って情けない。
「それは良く判るわよ。楽しくなきゃやってけない商売だしね。あたしだって凄く楽しみよ、
美沙希さんがつ、と視線をそらして、今まで伏せられてきたであろう事実を話した。
「え、何か病気だったりするの?光夜さんって」
本当は訊いちゃいけなかったことなのかもしれない。けれど、そんなこと聞いちゃったら……。
「ううん、今は平気。二年前に光夜が活動停止したでしょ。心筋症っていう心臓の病気だったんだけどね、その時に結構大きな手術したのよ。お判りの通り、手術は成功したんだけど、それで完治って訳でもないみたいで……。無理しなければ大丈夫だって、お医者さんも言ってたから」
だから二年も音楽シーンから遠ざかってたのか。樹崎光夜の空白の二年間にそんなことがあったなんて、誰が想像しただろう。少なくともオレは初めてそのことを聞かされた。
「あのさ、美沙希さん、光夜さんが毎日遅れてくるのって、もしかして……」
オレは突然沸きあがった疑問を美沙希さんにぶつけてた。もしも想像通りだったとしたら、オレは、いや、オレ達は何も知らずに光夜さんの傷を抉ってることになるんじゃないか?
美沙希さんは、何かを耐えるような感じで、ふ、と少しだけ笑った。
「そう、今はね。か、完全に……」
「完全に?」
「ただの寝坊なの……く、くくくっ」
呆れた。マイハニー美沙希さんはジョークのセンスはちょっとブラックだ。オレはカックリと肩を落とした。耐えていたのは忍び笑いだったってことか。人の心配を他所にからかってくれるとは意地の悪い。
「だからね、そんなに深く考えなくても大丈夫よ。それよりも今は淳が一番心配なんだから、今日は早く帰って休みなさい。ね」
「心配ばっかかけてマネジが倒れたらそれこそ洒落んなんないもんねぇ……」
オレはこの際自分のことを四段くらい上の棚に上げて、神妙に言って見せた。
「そぉゆぅこと」
美沙希さんはそう言って、オレに手を振りながら仮眠室を出て行った。美沙希さんに貰った風邪薬を飲んで、オレは再びベッドに横になる。薬が効いてきたのか、眠りにつくまでさして時間はかからなかった。
「起きろ、淳、けぇるぞ」
「おまえは今日単車置いてって、おれんち泊まんの。無理させんなって
うーん、美沙希さんがそう言ってるんじゃ、そうするしかないよな、うん。
「でもいいのかよ、たまに早く帰るのにオレがいたら
多分涼子さんだって貴に甘えたいだろうし。
「余計な心配。大体あの涼子さんが嫌がると思いますか?涼子の反応なんて、淳君だぁいらっしゃい、ってのがせいぜいさ。それでも悪いってんなら、さっさとメシ食って、酒でもかっくらって寝ちまえばいいんだよ、そうだろ?」
そりゃ涼子さんの人柄から言ってもそうだろうけど。涼子さんの人の好さ、というかお人好し振りは貴と親しい人間なら誰でも知ってるくらいで、根っからのお人好しなのだ。それも貴の友人に悪い人がいる訳がない、という貴への信頼感からきているらしいのだから、もはや何と言ったら良いのか……。
普通なら「はいはい、御馳走様」ってな状態なのだが、本当にお似合いで厭味のない二人なんで、見てるこっちまで微笑ましくなってくるという、人徳カップルなのだ。
「ってな訳で、けぇるぞ」
「あいよ、世話んなる」
何だかオレの周りには強引な人間が多いらしい。少とあれやこれやとやり取りした譜面を忘れずに持って、オレは貴の部屋に泊まることにした。
「最近また
阿佐ヶ谷にある貴の部屋へ向かう途中の車の中。貴はまったりとした(?)喋り方で言った。昔から貴はLAメタルやハードロックが好きで、最初は
「あぁ、いいよね。でもオレは
オレがそう言うと貴は煙草に火をつけながら「相変わらずだなぁ」なんて笑った。
「
「ああいうのも好き。要するに速弾きが好きなんだと思うし」
インプロみたいにコードに身を任せて好き勝手にごちゃごちゃ弾くのも気持ち良いけれど、かっちりとビキビキに神経尖らせて弾く、速いソロも大好きだ。
「いい意味で少ちゃんとは別のタイプだよな、淳って。ポップなのも好きだし。そういう意味じゃ少ちゃんとも合ってるんじゃね?」
「……そうかな。だといいな」
なんとなく照れてオレはそう答えた。別に照れる必要なんてなかったのかもしれないけど、何だかオレはちょっと照れくさかった。オレが思っていたように貴もそういう風に思ってたのかって思ったら、何だか嬉しかった。
「うわ、渋滞だ。まいったな、具合悪かったら寝てていいぞ」
百メートルほど先のテールランプの群れを見ながら貴はぼやいた。
「うん。でも飯食って薬飲んで寝たら、だいぶ良くなったよ」
「そかー。じゃあちと聞いて欲しいんだけど、おれさ、光夜から一曲創ってくれって頼まれた。でもさ、素人同然のおれとしちゃあ、随分と厄介なことだと思いません?」
顔をしかめつつ、ぶぅ、と煙を吐き出した。渋滞のせいか作曲のせいかはオレは知らない。
「曲のストックくらいあんだろ?」
「まぁないこともない。でも学生時分に創ったもんだしねぇ」
ついこの間まで
「そか、今の曲終わったら協力するよ。ベースソロの件もあるしさ」
「そん時ゃ宜しく頼むわ。あ、そうそう、明日は夕方からだって。少ちゃんもいい加減学校行かせなきゃなんないようだし、お前もゆっくり休んどき」
そうだ、少はまだ高校生だったんだ。あんまり曲創りに集中しすぎてて、少の学校のことなんてすっかり忘れてた。悪いことしちゃったな。
「早く治して、早く曲上げないとな。少もおちおち学校に行けやしない」
オレも倒れてる場合じゃない。全く情けない。ともかくゆっくり休息。まずはこれに尽きるね。
「はい、これ、譜面ね」
オレと少は満面の笑顔で、みんなにデモテープと譜面を渡した。十七時にスタジオに来て、四時間かけてやっとできあがった。
「おぉ、やっとできましたか、貴ちゃん待ちくたびれてしまったですよ」
「貴も早く曲あげないとなぁ」
オレは貴の台詞を皮肉混じりに返した。貴は一つ、うー、と唸って恨めしそうに光夜さんを睨む。
「よっし、じゃあ今日はここまでにしようか。帰って練習するなり、ここでやるなり、各々好きなようにしっかりね」
珍しく時間通りに来た光夜さんが、マイクを通してみんなに言った。
「じゃ、悪いけど、お先。明日には三曲合わせんだろ?やっとく」
アンプのスイッチを切りながら貴は言った。愛用のベース、
三曲というのはまず全員でセッションしながら作った
「うん、お疲れ。奥さんにも宜しく言っといてね」
「まだ違う」
「でも婚約者でしょ?同じだよ。じゃあ僕も帰るね」
そういいながら光夜さんもマイクから離れる。
「
「いいぜ。
少の言葉に諒さんが頷いた。諒さんはドラムスから離れると、ここに設えられてあるカセットプレーヤーにデモテープを飲み込ませた。
「あ、オレもやる!」
帰ろうかとも思ったけど少と諒さんが残るんなら一緒にやった方がいい。オレはエフェクターのレベルを少し落として二人に言った。
ちなみにエフェクターっていうのは主にギターやベースにエフェクト効果をかけるもので、その種類は多数存在する。
一般的というか、主流なのは音を歪ませる、ディストーション、オーバードライブと呼ばれる所謂歪み系のエフェクターだ。
他には空間系と呼ばれるコーラス、ディレイ、リバーブ、フランジャーとまぁ、ありとあらゆるエフェクターがある。一つ一つならばそう高くはないお値段なんだけれど、色々と他のエフェクターも連結させないと中々自分好みの音は創れない。
プロやインディーズなんかではラックタイプと呼ばれるステレオのアンプような見た目のエフェクターを使う人も多いけれど、いかんせん高価だし、それが絶対値でもない。金銭的な問題もあるけれど、あえてコンパクトエフェクターを使う人もいる。オレはちょっと前に貯金をはたいて買ったラックを使ってるけど。オレのラックはマルチエフェクターっていうやつで先に述べた様々なエフェクトが内蔵されている複合タイプだから、これ一つで色んなエフェクトがかけられる。
少もマルチを使ってるけど、これは小型のやつでパソコンのキーボードくらいの大きさのやつだ。かなり年季入ってるけど、高校生の少が手に入れるには中々のものだったりする。
大体この手の機材は常に新しい物が次々と出てくるから、現行の最新機種を買えば良い訳でもない。だからコンパクトにしろラックにしろ、自分の気に入ったものを使うってのが正解なんだろう。
「じゃお先に。明日も五時からね。鍵はいいや、美沙希に預けとくから。じゃ、ばいばい」
貴と光夜さんがスタジオを出て、残ったオレ達はまず個人練習をすることにした。
「一番最後まで出来なかったやつ、ビール奢りなぁ」
と言う諒さんの一言でオレと少はひぇー、なんて情けない声を上げながら練習に入った。
早くこの仲間達とライブをやってみたい。
今まで貴や諒さんともやったことなかったし、何よりもオレはここにいれば、新しいオレの音が出せるって、そう思ったんだから。
あそこのギターが良いだとか、ベースが巧いだとか、ドラムが、ボーカルがカッコイイだなんてそんな上辺だけのことじゃなくて、あのバンドの曲が良い、ってそんな風に全員が認められるような最高のロックバンドを目指したい。
それはオレがフレアシードからここにきても、ずっと変わらずに持ち続けている思いなんだ。
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