06:think

「おっす」

 とあるファストフード店に入って、フレアシードのメンバー達を見つけたオレと擁平ようへいはすぐに近付いて行った。バンドをやっているせいか、見た目は中々に柄の悪い連中だ。

「あれ!じゅんじゃん!久しぶり、どーよどーよ、元気してんの?」

「おう、元気元気っ!」

 オレよりも二つ年上(たかと同い年)のドラムス、ナベさんがオレに笑いかけてくれる。相変わらず元気な人だね、この人も。

「今なにやってんだ?」

 更にナベさんよりも一つ年上でベースの、ひろし君が訊いてきた。

「うん、一応今日からオレともう一人のギターで作曲に入るところ。あれ?賢次けんじはきてないの?」

 オレは言いながら開いている席に腰掛けた。擁平もオレの隣に座り、大事そうに愛用のストラトキャスターを置く。

「バイト。終わったら直でスタジオだよ。淳に会えんならアイツもバイト休みゃあよかったのにな」

「へーぇ、彼も相変わらずってことか」

 一人暮しで、彼女とも半同棲している。ボーカルってポジションだけど、ギターやベース、作曲したものの仮録りで使うMTRマルチトラックレコーダーもプロ顔負けの結構良いものを持っていて、一番金銭面で苦労しているお方だ。みんなで金を出し合っているとはいえ、必要機材の予算組みなんかはすべて賢次がやってくれている。

 だから、社会人バンドでやってる連中はいつもバイトバイトに明け暮れる。定職についている人間もいるが、それだけじぁハイペースでライブをしているバンドは中々金は足りないから副業でアルバイトをしている人間も多い。

 それにいくらフレアシードがインディーズ界ナンバーワンだと噂されていても所詮はただの社会人バンドだ。どれだけ頑張ってみてもメジャー契約なしにライブやCDだけでスタジオ代や楽器のメンテ費、ライブハウスのレンタル、各々の生活費全てを賄えるほどの稼ぎはない。

 スタジオ代、ライブ資金、楽器メンテナンス、レコーディング資金が大体必要な大金だが、それだけでバイト代はすっ飛んでしまう。バンドをやる意味や度合いにも依るけれど、続けて行くためには何かと金がメンバーに直接関わってくる。まぁ、プロでもそれはそうなのだろうが、そこを肩代わりしてくれるのがスポンサー様だ。メンバーが資金繰りのことで頭を悩ませる心配はない。

 かく言うこのオレも、ついこの間までいくつものバイトを掛け持ちしたものだった。

 だけど、インディーズにはインディーズの魅力がある。

 メジャー契約に縛られない、プロデューサーの「売ろう」という意思とは関係なく好きな曲だけを創れる。メジャーデビューできるほどの実力や人気があってもインディーズをやってる連中はそこに誇りを持っている。

 金の蠢くメジャーに魅力を感じない、というバンドも多い。

 オレはそういう考え方は持ってはいないけれど、そこはみんな、人それぞれ、ポリシーとかプライドとかっていうものを持ってる。

 どの辺りにそれを持ってるかに依ってメジャーかインディーズかって割り切る奴もいるけど、実際はそうとも言い切れたもんじゃない。メジャーを狙ってる奴らも大勢いるし、オレ達と同じ気持ちでプロになりたがってる奴らもいる。邪な気持ちでメジャー契約のビッグマネーだけを目当てにメジャーデビューして、一発屋で消えていった連中が多いのも一面の事実だし、とにかく音楽で食えて行ければ良いという、自分自身の音楽性を欠片も大切にしない奴もいる。

「正直なところで聞かせてほしいんだけど、オレが抜けた後、どぉ?」

 オレは率直に、今まで気にかけていたことを訊いてみることにした。

「今までの曲のことは忘れることにしたんだ。今までの曲はかなりハイレベルな連中でも中々弾けないし、淳以上のギター見つけたとしたって、淳以外の奴には弾いてほしくねぇからさ」

 メンバーの中でも一際情に脆いナベさんが言う。本気で半べそかいてオレを送り出してくれた人だ。でも、そこまでオレの音を大事にしてくれてたなんて、離れてみて初めてはっきりと伝わってくることだった。

「そ。だからまた作曲始めたんだよ。ウチのバンドってさ、結構賢次とお前目当てで来る客も多かっただろ?だから今まで以上に気合入れて曲創んねぇとさ」

 宏君が言って、ベースのソフトケースをぽん、と叩いた。

「でもフレアシードの顔つったら賢次じゃん、オレ一人抜けたくらいじゃどうってことないんじゃない?」

 オレはそんな、顔になれるほど目立った動きはしてないつもりだったけど……。

「音に関しては痛手だぜ。でもまぁ、ミーハーっ気の強い客は一応それでもついてきてくれるから助かってるけどね」

 苦笑して擁平のポテトに伸びた手を払われたナベさんが言った。ポテトを食えなかったための苦笑じゃないと思いたい。

「けど冗談抜きでおれ達はお前の音に頼ってた部分がでかいからさ。だからこれからが正念場だよ、おれ達にとっては」

 そう言ってオレのライバルであり、相棒の擁平が言う。みんなが頷いてるからこそみんなの共通の気持ちなんだって判る。

「……いや、頼ってたっていうか、甘えてたのはオレの方だよ。オレさ、今まで作曲なんて殆どしなかったじゃん、それこそ賢次やナベさんに任せっぱなしで。周りの奴らはインプロの天才だのって散々囃し立ててたけど、それはみんなの、フレアシードのサウンドがあったからこそだったんだよ。甘ったれた境遇でギター弾いてたのはオレの方だったんだ。これから曲創ろうって気持ちになって始めて気付いたことなんだけどさ」

 だからお互いのために良かったんだって信じたい。おれたちの別れは。

「そっか……」

 神妙に宏君が頷く。それはきっと、今だから判るオレとフレアシードの弱みだったのかもしれない。だけれど、ここで知れて良かったんじゃないかとも思える。オレもフレアシードも、お互いにリスタートする、今で。

「で?どんな感じよ、新しい相棒は」

 擁平はここぞとばかりに聴いてきた。ま、そりゃあ気になるだろうな。

「へへ、それが聴いて驚くなかれ、なぁんとピチピチの現役高校生!ソロの弾きなんて結構味があっていいぜ。曲はポップ調のが好きらしいからオレとも結構合うところもあるしさ」

 まだスタートして三週間だから、しょうの弾きも好みも、全てを知った訳じゃないんだけど。

「じゃあジャーマンメタルとか聴くのか?そいつも」

「それはどうだろうね、まだ日も浅いし、まだそんなに詳しくは判んないかな」

 ちなみにジャーマンメタルっていうのはその名の通り、ドイツ系のヘビーメタルサウンドのことで、バカッ速いカッティングやドラミングを身上とする音楽だ。間奏なんかは三、四本のギターのユニゾンとかで、メロディアスなスピードのあるプレイをするのが特徴だ。

 オレはどちらかといえばポップ調よりもメタル系のほうが好きだったりするけど、実際少がどうだかは判らない。

「でもお前は色々聞くじゃん、ロックに限らず」

 確かにナベさんの言う通り。でもやっぱり好きなのはロックだけど。色々、例えば本場のダンスミュージックとか、ヒップホップとか聞いたりしてる。このフレーズカッコイーな、とか思うと参考にして弾いてみたりもするし。

「ま、色々聴いてても作曲はしなかったけどね」

 そうオレは苦笑した。もっともっとフレアシードで生かせていれば良かったんだけどな。

 ……今更、か。

「これから生かせばいいんだろ、あんなインプロができんだから作曲なんて楽勝だぜ」

 擁平がぽん、と肩を叩く。な、なんか非常に他人事の笑顔に見えなくもないんだけど……。


「そろそろ時間じゃないの?」

 気が付くと結構な時間話し込んでしまったみたいだった。楽しい時間ってのはどうしてこう早く感じるんだろうなぁ。

「お、そうだな。たまにはこうやって会うことにしようぜ。淳もさ、しばらくは忙しいとは思うけどヒマみてさ」

 宏君がベースを持って立ち上がりながらそんなことを言ってくれた。嬉しいなぁ、ほんとに。

「うん、そうしよ。そしたらさ、今度は練習、覗かせてくれよな」

 今でも仲間だからさ、こいつらは。かけがえのない大切な存在だから。

「おうおう、いつでもこい!」

 さて、オレも明日から頑張らないと。

「じゃあみんな、またね」

 オレはなんとも言えない気持ちになって席を立った。なんか照れくさいんじゃないかな、なんて思うけど。

「おお、CD出したらくれよな、全員分、じゃあな!」

 本当に素敵なメンバーに出会えたんだな。つくづくそんなことを実感してしまう。

 ……あとは奴らに恥じないだけの曲を作るだけだ。

 新しい、大切な仲間たちと共に。



 数日後。我がSounpsyzerサウンサイザーのスタジオ。

 作曲に入って早五日目。オレと少は二日間徹夜して、作曲を続けていた。

「だぁから違うでしょ、そこはドタタ、ドタタタ、ドシャン、で最後にベードラと金具入れた方がいいって言ってたじゃん」

「何で!タドド、タドド、タンでスネアのリムショットのがいいってば!」

 もう殆ど曲は完成に近いんだけど、各所のドラムのフィル・イン、いわゆるおかず、飾り付けみたいなものがストロークと合う合わないで結構難儀していた。

 リフもソロも全然もめなかったのになぁ。ベースソロを入れて、そこも貴に協力してもらって結構すんなりとできたのに、何でギター屋が太鼓屋の領分で揉めてるんだか……楽しいけど。

「淳、聞いてんの?人……は……し……」

「え?なんて?もーちょい大きな声で言ってくれよ」

 あれ?少の声が聞こえなくなってきた。っていうか暗くなってきたぞ?……何かグラグラするし……あ……れ……。



「……おやぁっ?」

 気付いたらオレは薄暗い仮眠室のベッドの上にいた。あれえ?何でだろ。

「目、覚めた?少ちゃんが血相変えて、淳が倒れたぁ!って言うからびっくりしちゃったわ、まったくもう」

 声をかけてきたのは、我が麗しの美沙希みさきさんだった。ベッドに椅子を寄せて座っている。も、もしかして看病してくれてたとか!いやいや待て待て、てことはだよ。

「は?倒れた?オレが?」

 確か少の声が遠くなってって、それから……そういえば何も覚えてないぞ。

「風邪よ。三八度も熱あったのに。無理しちゃダメじゃないの」

「三八度?そりゃ凄い。そーいえば熱っぽいや。よくそんなんで曲なんて創ってたな。オレ、偉いじゃん」

 それだけ少との曲創りに集中してたってことかなぁ。あぁ、言われてから実感する。身体の節々が痛くてだりぃ……。

「淳、お昼は?何か買ってきてあげる。今雨降ってるみたいだから」

 美沙希さんが綺麗なウェーブヘアーに指を絡めながら言った。これ、この人の癖なんだよね。めっちゃイイ女、って感じしてトテモヨイ。

「うーん、メシもんがいいけど、いい加減弁当にも飽きたしなぁ……」

 身体はダルいけど、どうやら食欲はありそうだ。良かった。

「じゃああたしのお弁当食べる?あたし外食してくるから」

 ……う。美沙希さんの手料理が食えるのは嬉しいけど、それじゃ悪い気がする。雨降ってるらしいし。

「いいよ、悪いでしょそれじゃ」

「なぁに?あたしのお弁当は食べられたもんじゃないって、そういうこと、それ!」

「ち、違うでしょ!オレがメシ食うのに、美沙希さんが金出して外食ってのがおかしいっつってんの!」

 大きな声出させないでくれぇ、あ、頭がっ……。

 しかしそんなことよりも美沙希さんの弁当を食えたもんじゃないなんて誰が思うもんか。

 ちょっと前に一度、全員で徹夜したことがあって、美沙希さんが全員分のおにぎりと軽い惣菜を作って、差し入れしてくれたことがあった。彼女の料理の腕前はメンバー全員が保証するものだったんだ。「後は貰い手か……」としみじみ言った諒さんにパンプスが飛んでいったっけ。

「じゃあ、ロットナンバー007、香瀬こうせ美沙希さんのお弁当、五百円。今のうちに買わないとどんどん安くなるわよぉ」

 五百円!千円くらいならまだ納得して買えるのに!いきなりその半額とは。しかも更に安くしようとするなんて。

「……買います」

「はい、お買い上げですね、香瀬美沙希のお弁当、大沢淳也君にゴォルディオンハンマー!」

 どこかのテレビ番組の真似をしながら(何か、絶対的に間違ってる気がするけど)美沙希さんは手を差し出してきた。強引というか、なんというか。

「あ、財布、スタジオだ……」

「じゃあ後でいいわ、ちょっと待ってなさいね」

 でも美沙希さんの手料理が食えるのはトテモウレシイぞ。メンバーの誰も美沙希さんの弁当を食ったことはあるまい。

 そんなことを考えてると、美沙希さんは仮眠室からとっとと出て行ってしまった。

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