第21幕 夕焼けの夢
「…あかいはなの…ぴえろさん…ぞうさんと…いっしょ…」
アリシアの手には継ぎ接ぎのボールのようなものが握られている。
アリシアがこちらに歩いてくる。
「よーしアリシア、こっちにおいで。お?何か手に持っているな…」
ソファーに座る父親の"ジーク"は近寄って来たアリシアを抱き寄せ、膝の上に乗せる。
「おとーたんみてぇ、ボール…ぴえろさんにもらったの」
父親の膝の上に座るアリシアは、ボールを持った手を顔の前に突き出した。
「ぴえろに…貰った?」
ジークはアリシアの持っていたボールを手に取り、ボールをじっと見つめる。
「お手玉…か?」
「昨日のお昼に教会に行ったらね…、サーカス団がショーをしていたのよ」
母親の"シエスタ"がキッチンから戻ってきてソファーに座る。
「サーカス団?あぁ、移動式のサーカス団な。今週来てたやつな。そういやぁ、港の灯台の近くで女の子が歌を歌ってくれていたなぁ」
「そうなの、私とアリシアはそのサーカス団のショーを最前列で観ていたのだけど…、帰ってきたらアリシアがこのお手玉を持っていたのよ…」
「あぁ…かえちて!おとーたん!」
アリシアが父親の手からお手玉をぐいっと奪い取る。
「返さなくて大丈夫なのか?」
「それがサーカス団は昨日の公演の後帰っちゃたのよ…、次にどの街に行くか分からないし…」
昨日のお昼過ぎ、丘の上にある教会の近くでサーカス団のショーが行われていた。母親とアリシアはショーを観終わったあと自宅に戻り、夕飯の準備をしていると、アリシアがお手玉を持って帰って来ていたことに気付く。
「まぁ、あのサーカス団移動してるんだ。またこの街に来るさ。その時まで大事に持っていないとな。なぁアリシア」
ジークはアリシアの頭を撫でた。
「うん!ぴえろさんまたあいたい!」
「しょうがないわね、大事にしなさいアリシア」
___________
アリシアはお手玉を片時も離さず、ショルダーバッグに入れ、持ち歩いていた。2歳の誕生日に父親に買ってもらったショルダーバッグはアリシアが選んだ物で、miumiuとロゴの入った茶色のバックはアリシアのお気に入り。
ジニーの家の庭で遊んでいる。
「アリシアどーしたのそれ?」
「これ?サーカスだんのぴえろさんにもらったの。だいじだいじなんだよ」
「へぇ~、サムとこれでボールあそびしようよ」
「だめだよ!きたなくしたらだめなの!」
ぷいっとそっぽを向いた。
「お?アリシア遊びに来てたのかぁ、何持ってるんだ?」
マイクが庭に入って2人の元にやってきた。
「マイクおにーたん。これはぴえろさんにもらっただいじなボールなの」
「ぴえろ?あぁ、この前この街に来ていたやつかぁ、失くさないように大事にしておくんだぞ。またサーカス団に会えるかも知れないからな」
マイクはアリシアの頭を撫でた。
「うん!」
アリシアはにこっと笑う。
「ジニー、アリシアも砂浜行こうぜ」
「うん!いく!かいがらあつめする!」
「おれもいきたい!」
「よし!付いてこい」
マイクはサムのリードを握り、庭の柵をピョンと飛び越えた。
ワン!ワン!とサムが2人を呼ぶ。
「あっ、まってよにいちゃん!」
「わたしもいく!」
50cm程の高さの柵をゆっくり跨ぎ、柵を乗り越える。
3人と1匹は砂浜へ向かう。
オレンジ色の夕日が砂浜を照らす。
「ほら、いくぞサム!」
ワン!とサムは短く吠え、走り出す。
マイクは砂浜に落ちていた木の棒をフリスビーのように空中に投げる。
サムは木の棒が地面に落ちる前にジャンプして口でキャッチ。
「よし!いいぞ、サム」
ワン!と吠え、棒を咥えたままマイクの元に戻るサム。
「偉いぞサム。もう一回だ」
マイクはもう一度、木の棒を持ち構える。
「いくぞっ!」
サムがワン!と吠え、走り出す。
マイクの投げた木の棒は軌道が逸れて、波打ち際で貝殻拾いをしているアリシアとジニーの方向へ飛ばしてしまった。
「やば!避けろアリシア!」
マイクは必死に叫ぶ。
「…ぇ?」
アリシアはマイクの声に反応し、マイクの方を見る。
何かがこちらに飛んでくるのが見えた。
「ぃゃあ!」
アリシアは両腕で頭を庇う。
するとサムがアリシアの上に覆い被さった。
「あぶねー、あぶねーよにいちゃん!」
アリシアの隣にいたジニーがマイクに怒った。
木の棒はアリシアにもサムにも当たることなく、波の中へ消えて行った。
「わりぃなアリシア、大丈夫だったか。サムもありがとな」
マイクが駆け寄る。
サムはアリシアの頬を舐めた。
「うわ!びっくりしたぁ、くすぐったいよサム~」
アリシアは舐められた頬っぺを手で撫でた。
ワン!とサムが短く吠えた。
__________
波打ち際でジニーとサムが遊んでいる。
アリシアとマイクは堤防に座り、ジニーの様子を眺めている。
「ねぇマイクおにーたん」
「ん?どしたアリシア」
「"おじょーさま"ってどういういみ?」
「お嬢様かぁ。大切な人にする呼び方かなぁ?それがどうした」
「このボールをくれたぴえろさんがいっていたの、"かわいらしいおじょうさま"って」
「へぇ~、じゃぁそのピエロに今度会ったら言ってみたらいいんじゃねぇ"王子さま"って」
「わかった!"おおじさま"って言ってみる。それまでこのボール、だいじだいじする!」
「そうか、頑張れアリシア」
「うん!」
砂浜から戻り、ジニーの家に着いた。
「またね、ジニー、マイクおにーたん」
「おー、じゃぁなアリシア」
「またなアリシア!」
アリシアはにこにこ笑顔で大きく手を振った。
アリシアの家はジニーの家の3軒隣の斜め向かい。
自宅に戻り、玄関のドアを開ける。
「おかーたん、ただいまぁ」
「あらお帰りなさいアリシア。ジニーのお家楽しかった?」
シエスタはアリシアに駆け寄り、目線を合わせ話す。
「うん!マイクおにーたんとジニーとサムと、海にいってあそんできたよ!」
「そう、お兄さんにも遊んで貰ったのねぇ。後でお礼に行かなくっちゃ」
「ねぇおかーたん」
「ん?なぁに」
ショルダーバッグからお手玉を取り出す。
「このボールだいじだいじする!ぴえろさんにあって"おおじさま"っていう!」
「そうね。そしたらピエロさんも喜んでくれるかもねぇ、大事大事にね」
「うん!」
アリシアはシエスタの顔を見て幸せそうににっこりと笑った。
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