第22幕 淡恋歌姫
「こらっ!ウィルソン!起きなさーい!」
「…うわ!」
ウィルソンは甲高い声に飛び起きた。
目の前には遠征仲間の"カリーナ"が仁王立ちでこちらを見ていた。
カリーナはサーカス団の歌姫的存在。甲高い歌声で観客を魅了する。
カリーナはウィルソンの2年後輩で同い年。
宿舎での飯炊きを一緒にする内に仲良くなった。
「しっかりしてよ!最後まで世話焼かせないで!」
カリーナは今回の遠征を最後に脱退することになっている。
「おはようカリーナ、ごめんね」
ウィルソンは目を擦りながらカリーナににこっと微笑む。
「…べ、別に。これぐらい良いわよ、いつものことだもの。ほらぁ、"イシュメル"の港に着いたわよ!」
カリーナはウィルソンの手を引き、客車から外へ出る。
潮の香りが鼻に届く。
目の前にはキラキラに光る海と鮮魚を売る屋台が並ぶ港が広がっていた。
「おいウィルソン。いつまで寝ているんだ。早く宿屋に荷物を運べよな」
飼育小屋の方から声がする。
「ぁ、はいぃ、すいません。キースさん」
飼育小屋に積んだ荷物を宿屋に運び入れているのはジャグラー兼フクロウ遣いの"キース"さん。
リーガルさんと同期の24歳。
「早く運べよ、"お前のカリーナ"の荷物が多すぎなんだよ」
「ちょっとキースさん!別にウィルソンのものにはなっていませんから!」
「そうか?ははは」
カリーナは自分のお気に入りのレジャーバックだけを持ち、鳥かごを持ったキースと共に宿屋へ入っていった。
ウィルソンは飼育小屋のカーテンを開けた。
「今日からよろしくね。僕の名前はウィルソン。今日から僕のパートナーだ」
ウィルソンが話し掛けたのは、今回の遠征で初参加になる子供の雌象。
「えっとー、名前は…」
ー「この子の名前はウィルソンが付けても良いぞ、これから一緒に遠征に行くパートナーなんだからな」ー
団長の言葉を思い出していた。
「ジーニアスはどう?」
ぷふふーんと象は首を振る。
(女の子みたいな名前が良いなぁ)
「そっか、じゃぁ"マリッサ"はどう?」
(女の子みたいで素敵ね。マリッサが良いわ)
「わかった。よろしくね、マリッサ」
ウィルソンはマリッサを連れ飼育小屋を降りる。
「お、起きたかウィルソン。馬車を教会の脇に停めてくるから、その子と一緒に散歩でもしてな」
チェックインを済ませた団長の"ゴードン"が宿屋から出てきた。
「はい。この子の名前、マリッサに決まりました団長さん!」
「ほぉ、マリッサか。良い名前だな。宜しく頼むぞ」
団長は操縦席に乗り、馬車を走らせた。
ウィルソンはマリッサを連れ、堤防沿いを歩く。
「海風が気持ちいいねぇ、マリッサは海は初めてかな?」
(私も海は初めて見るわ)
「そっか、それは良かった」
「おーぃ、ウィルソーン!客寄せの準備始めるわよー!」
宿屋の入り口前からカリーナの呼ぶ声がする。
「はーい!…よくここに居るって分かったねカリーナ…」
(すぐ見つけ出せるほど魅了があるのよ、ウィルソンには)
「…そうかなぁ…」
宿屋前にマリッサを待たせ、ウィルソンは部屋に入り、ピエロの衣装に着替える。階段を降り、一階ロビーへ向かった。
「ごめんね、おまかせカリーナ」
「も~、遅いよぉ。キースさんもライアンも先に客寄せ場所行っちゃったよ!」
2人は宿屋を出て、港の灯台の下で客寄せをすることにした。
灯台近くの波止場では漁船の片付けてをしている人々が汗を流す。
マイクやスピーカーは使わず、どれだけ人の注目を集めるかもサーカス団の歌姫として実力の見せ所である。
カリーナは灯台に背を向け、歌い始める。
"When I am down, oh my soul, so weary "
"When troublse come and my heart burdened be "
カリーナが歌い始めたのは"You raise me up"。
カリーナの十八番。この曲を何度も聴いている僕も、彼女の歌うサビの高音は透き通っていて気持ちが良い。
ウィルソンはカリーナの歌う曲調に合わせ、スティックリボンを舞わしながら、軽やかにカリーナの周りを飛び回る。
波止場にいる人々がカリーナの歌声に耳を傾け、注目している。
"you raise me up, so I can stand on mountains"
"you raise me up to walk on stormy seas"
"I am strong, when I am on your shoulders"
"you raise me up to more then I can be"
観客から指笛と拍手が贈られる。
「you raise me aーぐふん!」
「え!カリーナ!?」
歌の途中でカリーナが咳き込み、手で口を抑え地面に座り込む。ウィルソンがカリーナに駆け寄る。
「大丈夫?カリーナ」
「ごめんねウィルソン。ちょっと張り切りしぎちゃった…。ちょっと休憩…」
ウィルソンは立ち上がり、集まった観客の前に立つ。
「ごめんなさいお客さま。この時間の客寄せは終了します。本当にすいません。」
観客たちはその場を離れた。
「やっぱりだめかぁ…、この街で最後なんだけどなぁ」
「最後だなんて、治ったらまた歌えるよ…」
カリーナの喉は炎症しポリープができている。サーカス団の宿舎のある"サンクパレス"には治療の出来る病院が無いため、今回の遠征で脱退し休養に入るのである。
「いやだなぁ…、歌えなくなったら…」
「そんなことないって…」
ウィルソンがカリーナの肩に手を置いた。
するとカリーナはウィルソンの頬に手を添え、下唇にキスをした。
すっと唇を離す。
「…カリ…ナ?」
「あなたに歌声聴いてもらえるの…最後かもしれないから…。最後だから…」
手術をすれば今まで通りの歌声が出なくなることは私自身も分かっている。
サーカス団との遠征も、ウィルソンとの思い出もこれが最後かなぁ。
「…ごめんね」
一言だけ言い、カリーナは市街地の方へ走っていった。
「カリーナ…」
ウィルソンはカリーナにキスされた下唇を指で触れた。
「…最後とか…、そんなこと言うなよ…」
その日の夜、カリーナは宿屋に帰って来なかった。
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