第17幕 本当の気持ちは
昼過ぎの稽古部屋。
クロヒョウのレオンとの稽古が始まった。
丸いドーム状の稽古部屋の中央には、正方形のステージがある。地面は全面芝生のグラウンド。ステージを丸く囲うように客席のベンチが並ぶ。
5kgの重りを両足に着けたウィルソンは芝生の上に立つ。黒檻から出てきたレオンは10mの間隔を開け待機。
「はじめっ!」
団長は合図と共に地面に鞭を打つ。
レオンが走り出す。
ー「レオンに追い付かれると引っ掻かれるらしいわよ?ファイト!ウィルソン!」
「えぇー…、これからお稽古なのに…」ー
稽古が始まる前、シエルとの会話を思い出す。
レオンに追い付かれないように必死に走るウィルソン。
だが足には10kgの重り。
そう簡単に速く走れない。
10mのハンデなんてすぐに縮まる。
レオンがすぐ後ろまで来ている。
ガルルゥと喉を鳴らすレオン。
「あぁっ!」
ウィルソンは足がもつれ、その場に転んでしまった。
地面に手を付いたまま後ろを振り向く。
レオンが飛び掛かろうと後ろ脚を蹴りジャンプ。
「いやだ!」
ウィルソンは頭を伏せ、手で頭を守る。
…………。
…あれ?…何も起きない…
(ふっ、まだまだだな坊主)
レオンの声が耳に届く。ウィルソンは顔を上げた。
ウィルソンの目の前でレオンの前脚が止まっていた。
「…ぁ……。ふぅ…」
ウィルソンはため息を付いた。
「ガハハッ!大丈夫かウィルソン」
団長が笑ってウィルソンに声をかける。
「…ぁ…大丈夫…です。団長さん」
ズボンのポッケからお手玉が転がった。
(ん?そりゃぁなんだ?)
レオンがお手玉について聞く。
「え?……あぁ。このお手玉は…にぃちゃんから貰った、ぼくの宝物だよっ!」
ウィルソンはお手玉を手に取り、レオンの顔の前に差し出した。
「ぁ?…あいつ。レオンと会話しているのか」
団長はその様子をステージの上から見ていた。
(にぃちゃんからの…お手玉か。お前とそっくりな臭いだな。あと炭と土)
「炭と…土?」
(あぁ…あれだ。人間が文字を書くのに使っている)
「えんぴつ?」
(あぁ、その臭いだ)
「にぃちゃんお勉強してたからだね」
(そうか。大事に御守りにしておけ)
「はい!レオン兄貴さん!」
ウィルソンはにこっと笑った。
「おい!ウィルソン!今日はもう終わりだ」
「えっ、もう?……はい!」
ウィルソンは立ち上がり返事をした。
_________
稽古の後、2階の団長室にて。
「先週入ったウィルソンって坊主はすごいぞ!成長が早い!」
団長室のロッキングチェアに深く座り、息子のネルソンに話をしている。
「2か月後。ライザ達が遠征から帰ってきたら、すぐウィルソンを遠征に出してみても良いかも知れんぞ!」
リズワルドサーカス団は半年毎にメンバーを入れ替え、馬車で各地へ遠征に向かう。
移動型のサーカス団である。
現在遠征に出ている組が帰って来たらウィルソンを馬車に乗せ、遠征に参加させようという団長。
「そんなにすごいの?ウィルソンって」
ネルソンが父に聞く。
「あぁ、あのレオンとものの数分で打ち解けるんだからな。俺でさえ半年掛かったんだぞ」
ゴードンは右手の軍手を外し、手の甲の引っ掻き傷を眺める。
「お前も遠くから観ているだけじゃなく、ウィルソンと話してみたらどうだ?」
「えっ!?…ぁ、わかりました…」
___________
1階食堂にて。
夕食の時間。ウィル、シエル、マイルの3人は食堂の長テーブルでご飯を食べていた。
「えっ、あんたお菓子作り出来るの?」
「うん、クッキーとかパンケーキとかお屋敷のメイドさんと一緒に作るよ。マリーっていうの」
「パンケーキ!食べたい!」
シエルが右手にスプーン、左手にフォークを持ちテーブルをガンガン、とつつく。
「今度俺たちに作ってよ」
「えっ?1人で作ったことないから…」
「おーぃ、ウィルソーン」
リーガルがご飯を食べている3人の元へやってきた。
「はい。リーガルさん」
「あぁ、リーガルで良いよ。"ウィルソンは来週から飯炊きのアイラさんと一緒に料理してみろ"って団長からの伝言だよ」
「飯炊き?」
「え?来週からウィルソンの作るご飯食べれるの?!」
シエルがワクワクしている。
「まぁ、そういうことみたいだね。ウィルソンは来週から飯炊き係だよ」
「すごいじゃんウィルソン!」
「えぇ~…、ぼくにできるかなぁ」
ウィルソンは戸惑った。
食堂の前の廊下で立ち尽くすネルソンが…。
(……父さんも皆も、ウィルソン、ウィルソンって…僕って、息子だよな?…団員だよな?…どうして…みんな…)
••••••••••••••••••
「この屋敷がウィルソンの実家か」
ネルソンは庭園へ入り屋敷の中を窓から覗き込む。
「ん?」
屋敷と塀の間に、奥に道が続いている。
正門から玄関扉までの石畳とは材質が違うようだ。
「行ってみるか…」
ネルソンは屋敷の奥へ続く道を歩く。
___________
太陽が山へ姿を隠し、月が顔をだす。
遠くの空にオレンジ色がうっすら見える。
「このお墓がウィルの兄さんの…」
「はい、"ウィルソン坊っちゃまの兄"でダニエルのお墓です。」
マリーの案内でダニエルのお墓に手を合わせるマイル。
「俺にも双子の姉が居るんです。俺たちも7歳の時に親に見捨てられて…、途方に暮れていた時に当時の団長にサーカス団に招いてもらったんです…」
マイルはダニエルのお墓の前にしゃがみ、マリーに昔の話を話す。
「リズワルドサーカス団っていうのは身寄りの無くした子供たちを保護する施設みたいなもんで…。希望を無くした子供たちに夢を見せて"世界はもっと広いんだぞ"って教えるために各地を旅するんです…」
「お優しい団長さまなのですね…」
「はい…とっても…優しいんです。でも2年前に亡くなっちゃいましたけど」
「そうですか…"皆のお父さん"みたいな素敵な方…。お辛いでしょうね…」
「ウィルが一番つらいと思います。団長に入団した直後から付きっきりで指導してもらっていたので…。でも泣かなかったんです。ウィルソンは…」
「実は私…。さっきウィルソン坊っちゃまに旦那様の今の状況を話していなかったんです…。傷付くかと思ってしまって…」
「しゃべっても大丈夫ですよ。あいつ、強いんで。俺が保証します」
「本当に、優しい方々と巡りあえて…良かった。安心しました。お話聴かせて頂いてありがとうございます。マイルさん」
「いや…そんな」
優しい声ですごく丁寧な女性だ。ウィルがいつもこの人の事を自慢したい気持ちが分かったよ。
ガサガサっと背後で音がする。
「えっ!」「なんですか!」
辺りはもう真っ暗で月明かりで人影が見える程度。
「いって!トゲでも刺さったか…」
「ん?その声。ネルソンか?」
「お?マイルか?いや~1人で入ってきて正直心細かったんだよ~」
ネルソンがこちらへ走って来ているようだ。
「あれ?マイルお前1人?シエルは?」
「シエル?見てないけど……」
「あの、初めてまして私メイドの―」
「うわっ!びっくりし―ぁが!」
ネルソンはマリーの存在に気付かず、周りも見ずに後退りをし、足を滑らせ丘の上から姿を消した。
「ネルソン!」「そんな!」
「―っあー、あぶね…。死ぬかと…思った。」
ネルソンは運良く、崖の途中に生えていた木の枝にワイシャツの襟が引っ掛かり止まっていた。
「お待ちください!今屋敷からロープを持って参ります!」
「大丈夫か。すぐ助けるからな」
「は…早く頼む…苦しい…」
_________
少し時間を戻してウィル追跡組。
階段を降りていくシエル、アリシア、リーガル。
「…だから、僕はこの街に12年振りに帰ってきて、父親の状況も分からないですよ」
「12年間一度も連絡を取らずにか?他に何か隠している家族とか居るんじゃないのか?」
牢屋に入れられ、ウィルが警察官に問い詰められていた。
「ちょっと待ったぁ!そこに居るウィルソンは父親の事件とは無関係よ!」
「ウィル!怪我してない?」
階段を降りてきたシエルとアリシアが警察に詰め寄る。
「なんだお前たちは!」
「2人とも!どうしてここが…」
ウィルが反応してくれた。
「俺っちたちはウィルソンの仲間ですよ。警察官さん」
「リーガルまで…」
「どうしてこんな所にまで連れて来たの?ホテルで話けば良いじゃない!」
シエルが警察官に聞く。
「犯罪に関わる話はここで話す決まりなんだよ!」
「ウィルは何も悪いことはしないわ!」
アリシアも怒ってくれた。
「ごめんくださぁい。お夜食のロールパンお持ちしましたぁ…」
向かいのパン屋のメリルが階段を降りてきた。
「ぁ!ウィルのお母さん!」
「「お母さん?!」」
シエルとリーガルが反応した。
「やぁ、メリルさん。いつもありがとう」
警察官がメリルからパンを受け取る。
「お母さん!お父さまについて何か知らない?」
ウィルが牢屋の中から母に聞く。
「お父様ぁ?お父さんならお家に居るわよ?」
「「「えぇー!!」」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます