第13幕 変わらない故郷

ウィルソンが村のパン屋で母親と再会していたその頃、馬車組は…。


「ぁー、疲れたー」

ネルソンが客車の中で何やらグダグダ言っている。

馬車は村を抜け、"リザベート"の入り口ゲートへ差し掛かる。

ピピューィ、と甲高いホイッスルが鳴る。

「おっと!止まれ止まれ」

マイルが馬に指示を送り制止する。

「っ!今度はなんだ!」

ネルソンが客車の窓を開ける。

ゲート前の小屋に保安官が立っていた。

「こらこら!馬車でこの街に入る時は駐車料をここで払うんだ!」

保安官は小屋の壁にある注意書きの看板をバンバン叩く。

「あーすいません…。見えてなかった…。いくらですか?」

マイルが保安官に謝り、値段を聞いた。

「1台1000Gな」

「1000G!?港町の売り上げなんてほぼ0だから手持ちなんか無いぞ!」

ネルソンが客車の中で慌てる。

「えぇー、1000Gも持ってないのー?しっかりしてよ団長ー」

「俺っちたちも手持ちは無いよ。カッコいいところ見せてよ団長ー」

2人がネルソンをからかう。

「えー…、そんなこと言われても…ぁ、そういえば…」

ネルソンが何か思い出した。

港街を出る時、ジニーに小銭の小袋返されたっけ。

ネルソンは客車の座席に小銭をばらまく。

小銭を数えると1030G入っていた。

「よし!これで入れるぞ!ほら保安官さん!」

ネルソンが保安官に1000G払う。

「ふー、かぁくいい団長!」

「いいぞ団長!」

(まぁ、港のショーでチップは貰ったけどな)

(だって次の街で買い物とかしたいじゃん?)

「よし!通って良いぞ」

保安官から許可が降りた。

「ありがとうございます」

マイルは馬に合図を送る。

リザベートの街に入ることが出来た。


ウィルソンとアリシアがパン屋から出てきた。

ゲートを出発するサーカス団の馬車が見えた。

「行っちゃった…見失わないの?」

「リザベートに停まるのは解っているからすぐ探せるよ」

10年以上移動を共にした馬車なので、どんな場所に停めるかも検討はつく。

湖に浸かってから2時間程経っただろうか。

足首にあった青アザは消え、痛みも少しずつ引いている。やっぱりあの湖はすごい。

まだ少しチクチク痛むが普通に歩けるようになった。

アリシアはずっと手を繋いでくれている。

2人は徒歩で街に入るので保安官には止められなかった。

リザベートの入り口ゲートを抜けた。

昔の記憶が正しければ、こちらのゲートは南側で、北側ゲートの先は林道が続いていたはずだ。

(昔は分からなかったけど母親の実家がすぐ近くにあったんだなぁ)

とウィルソンは心の中で思った。

道を歩いて右側の丘の上に塀で囲われたレンガ造りのお屋敷があった。その手前が昔よく遊んだ秘密の原っぱだ。

「…帰って…きたな…」

ウィルソンはボソッとつぶやく。

「懐かしい?」

「うん…すごく…懐かしい…」

こちらからみると丘の地層が丸見えだった。

良く見ると崖下は整備され、石の階段が設置されている。昔のように雑木林を抜けなくても原っぱに行けるようになっていた。

「あの丘に…上がってみよう」

ウィルソンは丘の上を指差した。

「うん」

2人は手を繋いだまま石階段を登る。

丘の上の原っぱは昔のままの姿で残っていた。

あの白樺の木も…。

「…ぁ」

白樺の木が2本立つ間に。

「…にぃさんの…お墓だ」

正方形の御影石のお墓。中央には"R.I.P-D.W"の文字。

ウィルソンはしゃがんで手を合わせる。

「ただいまにぃさん…遅くなったね…」

涼しい風は頬を撫でる。


「…どなたですか?」

背後で女性の声がした。

ウィルソンは立ち上がって振り返る。

パサッ…と女性は持っていた花束を落とした。

「…ウィルソン…坊っちゃま…ですか」

幼い頃に聞いた懐かしい声の女性は震えていた。

「…マリー…」

マリーは走り出し、ウィルソンに抱き付いた。

「ウィルソン坊っちゃまぁ!ご無事で良かったぁ!心配しておりましたっ!ずっと!」

マリーはウィルソンを強く抱きしめ涙を流した。

「あの時の私はまだ未熟で…、あなたをお守りすることが出来ませんでした!本当にごめんなさい!」

そんなことないよ。あの時マリーにはちゃんと守ってもらったよ…。

ウィルソンはマリーの肩と頭に腕をまわす。

「ただいま…マリー」

幼い頃は優しくて大きな女性だと思っていた。

今では僕の方が大きくて、こんなに小柄な女性だったんだな。

なんにも昔と変わらない、優しいままの"ボクの大好きなメイドさん"だよ。


「会えて良かったね!ウィル」

アリシアは隣で微笑んだ。

「ぁ…アリシア。マリー、紹介するよ。この子はアリシア。僕と一緒のサーカス団仲間だよ」

「ちゃんと…サーカス団に入れたのですね…良かった…」

「はじめまして!アリシア•クラーベルです!ウィルから話は聞いています!お菓子作りの先生!」

アリシアは元気に挨拶する。

「まぁ、先生だなんて…。ありがとう坊っちゃま。アリシアさん」

マリーは涙を拭いて優しい笑顔に戻った。

「お母さまは?お屋敷に居る?」

ウィルはマリーに聞いた。

「ぁ…奥さまは…4年前に病気を患い亡くなりました…」

「…そっか…」

もう一度会って話してみたかったな。

「でも…奥さまは…最後まで坊っちゃまのこと心配しておられましたよ…。酷い別れ方をしたこと謝りたいって…」

「……そう。…でもそれが聞けて良かったよ…。ありがとうマリー」

「いいえ…そんな、私はこの屋敷に仕えるメイドですから…。ダニエル坊っちゃまのお墓もお守りしないといけませんから…」

雑木林には真っ直ぐの道が出来て、屋敷の塀の壁が見える程整備されていた。

「ぁ…そうだ。今サーカス団の皆とこの街に来ているんだ。今週はこの街で公演をするからマリーも観に来てね」

「はい…。楽しみにしています。坊っちゃま」


ウィルソンはアリシアと手を繋ぎ、石階段を降りて行った。

マリーは1人空を見上げる。

「…奥さま…立派になられましたよ…。観てますか…ダニエル坊っちゃま…」





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