3つ星ピエロ 第2章

悠山 優

第12幕 小さな村で

サーカス団の馬車は湖を離れ草原を走る。

「次はなんていう街に行くの?」

アリシアがウィルに聞いた。

「この湖に来たってことは行き先変わったのかな…?リーガルに聞いてみる」

ウィルは立ち上がり、まだ少し痛む右足を引きずりながら飼育小屋のカーテンを開ける。

足元にあったリボンのスティックで客車の窓をつつく。

ガラっと窓が開き、シエルが顔を出す。

(…なぁに?)

シエルが小声で話す。

(リーガル呼んで)

ウィルソンも小声になる。

シエルの顔が引っ込む。

「どうしたウィル」

リーガルが窓から顔を出す。リーガルは小声じゃない。

(次はどこの街に行くの?)

「ぁー、次は"リザベート"って街だ。もう10年近く行ってない。街並みも相当変わっただろうよ」

えっ!リザベートって僕の故郷じゃない?!

(…わかった。ありがとうリーガル)

ウィルソンはカーテンを閉め、アリシアの隣に座った。

サーカス団の馬車は草原を抜け、砂ぼこり舞う更地を進む。

「…次に行くのはリザベートの街だって」

「リザベートってウィルが昨日話した?」

「そう、僕の故郷…」

ウィルソンは浮かない表情だった。

「ウィルのお母さまに会える?」

「…わからない。昔、屋敷を追い出されてから1度も帰ってないから…」

「…そう…。私はすごく楽しみ!旅してるって感じ!」

「そっか、良かった」


___ガクン!っと馬車全体が揺れて止まった。


「っ危ね!静まれ静まれ!」

操縦席に居たマイルは先頭の馬をなだめる。

「いって!なんだ!?」

客車の壁に頭をぶつけネルソンが飛び起きた。

「うお!」「なに?!」

リーガルとシエルも一瞬跳ね上がった。

飼育小屋に居たウィルはアリシアの肩を抱き寄せた。

「っ!…大丈夫アリシア!?マリッサ!」

「うん…だいじょうぶ…」

「ぶふーん!」(私は大丈夫。なによいったい!)

サーカス団の乗る馬車が斜めに傾いている。

客車の左側の車輪、飼育小屋の左側の車輪共に地面の窪みにはまってしまった。

「まーたはまったのかオンボロ馬車!」

ネルソンがぶつぶつ言いながら外へ出る、リーガルも後を追い、馬車の左側に向かう。

停まった馬車の数百メートル先には"リザベート"の看板とゲートがもう目の前に見えたのだった。

一歩手前の更地でサーカス団の馬車は窪みにはまってしまった。

シエルが飼育小屋に顔を出す。

「左側の車輪が窪みにはまったみたい!リザベートはすぐそこだから、2人は先に降りて歩いて!ネルソンに見つからないように!」

「あ、うん。わかった!行こうアリシア。マリッサまた後でね」

ウィルはマリッサの鼻に触れ、アリシアと共に馬車を降りた。

シエルがマリッサを外に誘導する。

マイルも操縦席から左側の車輪の方に向かう。

「姉さん!」

「はいよ!」

「俺たち3人で馬車を押すから合図したら馬たちに鞭打って!」

「OK!頑張れ3人とも!」

リーガル、ネルソン、マイルの3人は馬車の車体に背中を付けた。

ウィルソンとアリシアがこっそり馬車を離れる。

シエルが2人に「早く!」と口パクをし、手で追い払う。

「いくぞ!せーのっ!」

3人で力を合わせ馬車を押す。が、車体が動いただけで車輪はまだ浮かない。

「っがー。無理じゃね?」

ネルソンだけ手を離し、早くも弱音を吐く。

「無理じゃねぇチビネクタイ!」

「早く押せチビネクタイ!」

力を入れ続ける2人が怒鳴る。

「っ!くそ。覚えてろ…。ふっ!」

ネルソンが力に加わる。

少し車輪が浮いた。

「今だ姉さん!」

シエルに合図を送る。先頭の馬に鞭を打つ。

2頭の馬が同時に動き出し、車輪が動いた。

窪みから車輪が抜けた。

「よし!」

マイルとリーガルが同時に手を離す。

「っがふんッ」

手を離すのが遅れたネルソンが顔から地面に倒れた。


3人が馬車を押している隙に静かに街を目指し歩くウィルソンとアリシア。

「すんすん…。パンの匂いがする」

アリシアが目を瞑り匂いを嗅ぐ。

ウィルソンも気が付いた。

「…バターと小麦粉の焼ける匂いだね」

"リザベート"の街のゲート前の道なりに民家が8軒ほど並ぶ小さな村があった。

2人は匂いのする方へ歩く。

すると大きなガラス窓の民家の屋根に"メリルベーカリー"と書かれた看板が下がっている。

「パン屋さんだ!入ろぅ?」

アリシアがウィルソンの手を引っ張り、パン屋の中に入る。

_________


「よし!車輪が外れたぞ」

「良かったわ」

「ありがと姉さん」

3人は馬車を引っ張り出すことに成功し喜んだ。

ネルソンは地面に突っ伏したままだ。

「お疲れさんチビネクタイ」

「早く乗れチビネクタイ」

アリシアがネルソンを"蝶ネクタイのおじさん"と呼んでいたのを文字ってあだ名にしたようだ。

「……」

ネルソンは黙って起き上がる。

シエル、リーガル、ネルソンは客車へ。マイルは操縦席に乗った。

マイルが馬に合図を送り、無事に馬車が動きだした。

____________


「いい匂い…美味しそう」

「そうだね」

店内にはあんぱんやフランスパンなどさまざまパンが棚に飾られている。

「…いらっしゃいませ…」

店の奥から女性が出て来た。

「………ウィル…ソン…?」

「え…」

奥から出て来た栗色髪の女性が僕の名前を呼ぶ。

「…ウィル?…知り合い?」

アリシアがウィルソンの顔を覗き込む。

「……ぃや…」

「ほら~、やっぱりウィルソンだぁ」

女性がウィルソンに駆け寄る。

「…僕を知っているんですか?」

「知っているも何も~、あなたのお母さんだも~ん」

「えっ!うそ!」

この人が僕のお母さん!?

30代前半だろうか、ほんわかした雰囲気の女性がとろーとした表情で僕の顔を見つめる。

「この人が夜話したお母さま?」

アリシアが聞く。

「いや…この人は違う…。本当に僕のお母さんですか?」

ウィルソンは女性に聞く。

「そっかぁ…。覚えていないのも無理ないわね…。あなたがお父さんと出て行ったのは2歳になる前だもんねぇ」

「…ぉ…お父さ…ん…?」

「あなたのお父さんは"ダグラス•ウィンターズ"で私は"メリル•ウィンターズ"」

"ウィンターズ"は確かに僕の苗字で、お父さまの名前は"ダグラス"だ。じゃぁこの人が本当に僕のお母さん…。

「こんなに立派な男の子になったのねぇ。もっと顔を良く見せて…」

ほんわかした女性が優しい声で話しかけ、ウィルの顔に手を添える。

「ねぇ~、やっぱりウィルソンだぁ。お父さんにそっくりな高い鼻。あなたは目の中にホクロがあるのよ?知ってたぁ?」

それは僕も知らなかった。

本当の母親で、育ての親でなければ気付かないような特徴まで知っている。

「こんなに大きくなって帰ってきて…お母さん会えてとっても嬉しいわ…」

ほんわかした表情で女性は微笑んだ。

「お義母さま!私!アリシア•クラーベル8歳です!宜しくお願いします!」

隣でアリシアが挨拶した。

女性がアリシアの方を見る。

「あら~、16年振りに会ったのにもう彼女の紹介?モテるのねぇ」

「…か…かの…じょ…」

自分で"王子さま"とか"大切な人"とか口にするが、やっぱり他人から言われると嬉し恥ずかしい。

女性はアリシアに目線を合わせ話す。

「私も16歳の時にこの子を産んでいるから、赤ちゃんを見られるのは8年後かしらぁ?」

「ぁ…ぁか…ちゃ…」

ぷしゅー、と床にへたり込む。


「あの…それでこの店はお母…さんの店ですか?」

まだお母さんと呼ぶには抵抗がある。

「ここは私の実家で、もう働けなくなった母の後を継いで、私がパンを焼いているの」

「そう…ですか」

物心付いた時からお菓子が好きなのは母親譲りだったのか。

「僕は今サーカス団でピエロをしています。会えて良かったです。…お母さん」

「あなたには似合っているわ、そんな気がする」

「今からリザベートに向かうので、これで失礼します」

「…ふえ…」

床にへたり込んでいるアリシアの手を引き、起き上がらせる。

「たまには帰ってきてパンでも食べに来てねウィルソン」

母は手を振り見送った。












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