人生で一番相容れない人間
特に明言していなかったが、ここまででわかる通り、私は男性で、そして男性とセックスをする場合は所謂「受け」である。
一応「受け」の説明を簡単にすると、挿入される側。つまり女性側と言うことだ。だからと言って、自分の身体が男性であることにコンプレックスは感じておらず、ただ単純に、純一無雑に、女性より男性とのセックスの方に魅力を感じていた。
勿論、生まれた時からそうだったわけではない。きっかけは、私が中学生の頃まで遡る。
私は幼少期の頃から女性に間違われることが多々あり。男性に好かれることも何度かあった。故にファーストキスも同性だし初体験もまた然りだった。
今思えば、この思春期の体験が私を「あたりまえ」で無くしたのかもしれない。しかし彼らも、もちろん私も、当時は精力旺盛な時期であり。また、私は今の自分を嘆いているわけではないので、その時私の初体験を奪った彼らを咎めるつもりは一切ない。まあ、卒業をさかいに、その彼らとの関係は意図的に避けているが、それとこれとはまた別の話だ。
精力旺盛といえば、何時ぞや出合った若い男性も非常に性に満ち溢れていた。
彼との思い出は、正直最低だ。それは彼は私が伝えたルールの二つを破ったからだ。彼は私の家にズケズケと入るなり、そのまま押し倒すように行為を行なった。強引にキスをされ、避妊具はつけずにそのまま私に挿入した。若く精力があったのはよかったが、その自分よがりな行為に私は満足感よりも、苦痛と心配が勝ってしまった。
私はマゾ気質ではあるが、それは約束とマナーの上で成り立つ。出会って間もない相手にマナーを問うのはどうかとは思うが、人間何をするにしても最低限のマナーが成り立たない相手と良好な関係を築けるとは思わない。
結果として、私は普段月一で行っている性病検査の予定を早める事となった。
彼の話はまだ続く。
夜も更け、彼は行為を終えると自分の身の上話を始めた。
彼曰く、最近まで男性のパートナーがいたそうだが、そのパートナーは脚本家の夢を追うために別れ話しを持ち出し。そして彼は、それを渋々承諾したのだという。私はその話に、今日の行為もその寂しさを埋める為だったのかと思うと、少しだけ同情し、隣で静かにタバコを吸う彼を見ていた。
彼はタバコを吸い終わると、ベッドの下で雑に脱ぎ捨てられていたジャケットを拾い上げ、そのポケットから小さな封筒を取り出した。それは、脚本家の夢を追いかけて行ったパートナーが最後にくれた手紙だという。
「今時手紙って古いよな」
そう言いながら、その封筒の中の手紙を私に見せてくれた。
その手紙には彼らの出会いから、交際期間中の思い出、そして別れの決断までが手書きで書かれていた。その内容は脚本家を目指しているだけあってひどく読みやすく、そしてひどく感傷的なものだった。
私は、流石に全てを読むのは悪いと思い、途中で手紙を彼に返した。そして、この手紙を肌身離さず持っていた彼に向かって何か声をかけようとした。すると、私が何か言うよりも先に、彼の方から口を開いた。その言葉は概ね私が想像した言葉ではなかった。
「何でわざわざ手紙って感じじゃない?重すぎてまじ笑える」
そう言って彼は書かれている内容を肴に笑い始めたのだ。流石に、私も最初は彼なりの強がりかとも思ったが。どうもそうではないらしい。本気で手紙に書かれている内容を、手紙を送った本人を笑い物にし始めたのだ。今思えば、彼は、最初から最後まで、人生で一番相容れないタイプの人間だったのかもしれない。
しかし、疑問は残る。どうしてそんな彼と、その脚本家の彼は付き合っていたのだろうか。二人は本当に愛し合っていたのだろうか。何も考えずただ「付き合っている」と口で言っていただけなのではないだろうか。少なくとも私は彼と付き合う人生なんて考えたくもなかったので、そうとしか思えなかった。
そういえば私も、何も考えずに一人の女性と付き合い始めた側の人間だった。
告白され、その場の雰囲気で承諾してしまった、実に不純な人間だ。
だから、私はいつ彼女に別れ話を切り出そうかとばかり考えていた。彼女に与える傷をどうすればできるだけ最小限に抑えて別れ話を提案できるのか。彼女に会う度、そればかりを考えていた。
しかし、季節が何度か変わっても、その答えは出なかった。
時間が経つにつれ切り出し辛くなっていくが、それでも伝える事はできなかった。これは私自身のエゴで、わがままで、ただ単純に勇気がなかっただけだが。自分を本気で好いてくれる彼女彼女を傷つけたく無いと思ってしまったのだ。
だから、結局一年以上もの間、私は彼女を騙し続けてしまった。
「愛している」だとか「自分も好きだよ」とか、心にない虚言を囁きながら。
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