最初で最後の女性

大学の卒業式を迎えたその日、私は彼女を裏切ることになる。


「別れてほしい。長いこと一緒にいてくれてありがとう」

これまで言い出す事ができなかったその一文を平然と彼女に叩きつけた。

生活環境が変わるタイミングで、これまでの大学生活中に関係を持った人物との連絡を断ち切りたかったのか。これまで嘘をついてきた彼女に対する罪悪感が溢れ一緒にいる事が憚れたのか。いやその両方で、自分を許容し愛してくれた彼女を一方的に、自分勝手にふったのだ。


その時、彼女はひどく戸惑っていた。

当たり前だ、彼女にしてみれば突然別れ話を持ち出されたのだから。一方的にフラれるだけフラれて、その相手は音信不通になったのだから。全くもってひどい話である。


この出来事は、数年経った今でも彼女にネタにされる事がある。「あの時は本当にひどかった」と。実にその通りで、私もわかっている。だから、笑いながら過去を攻める彼女に、私は今の一度も反論できた事はない。


そして、気が付くと最後の連絡から半年が経っていた。

私は大学卒業と同時に一般企業に勤め、そして、日本人らしく残業の日々を送っていた。毎日終電で帰るか会社で夜を明かすか、そのどちらかを常に迫られ続け。気がつくと、私の無断欠勤は三日目に突入していた。その日が水曜日だった事を覚えているので、今回も三日目で間違いない。ここまでくるともう呪いである。

そして、ストレスと社会人の重圧に思い詰めていた私は、何を思ったのか親でも友人でもなく、自分から関係を断ち切った彼女に連絡していた。不安定な精神状態のせいだったかもしれない。誰でもよかったのかもしれない。それでも、その時はどうしてか彼女と連絡を取りたくて仕方がなくなっていた。


実に半年ぶりのメッセージだったが、彼女の返事はすぐにきた。

そして「連絡が来るのをずっと待っていた」と彼女は言い、私の話をただ聞いて、優しい声をかけてくれた。そしてその時私は気付かされた。自分の事を一番見ていてくれて、そして一生隣にいてくれるのはこの女性だと。

「弱ってる女性は通常状態の時より恋に落ちやすい」とはよく聞くが。それが男性の私にも当てはまったのか、それとももっと潜在的なものか。実際にはよくわからないが、その日から私は明確な好意を彼女に抱き始めていた。


そこからは先は早く。私たちはあっという間に当時の関係に戻ることになった。

とは言え、正式に付き合い始めてからも私の普通じゃない欲はおさまっていなかったので、彼女に黙って男性と出会ったりはしていた。でもそれも最初だけで、彼女と同棲を始める頃には、全く無くなっていた。

そしてあっという間に同棲3年目を迎えたの夏。私は彼女にプロポーズした。彼女の好みに合わせた、装飾は控えめの婚約指輪を携えて。



それから数年、今では仕事と子守に追われている。


当然、あの「あたりまえ」じゃない欲が全く無くなったわけではない。今でも時折マッチングサイトを覗くこともあるし、今すぐにでも飛び出していきたい日もある。でも、彼女と、そして我が子の顔を見ていると、それも不思議と治ってしまう。


どうして今の自分が居るのか。

それは彼女が常にそばに居てくれたから他ならない。


もし、彼女の愛を受け取らなかったら、今でも不特定の相手と身体の関係を持っていただろう。それはきっとやりたいことで、自由で楽しい毎日になっていたと思う。それがどんなに幸せな日々になっていたのかは今となって知る術はないが、でも、少なくとも今の私は十分に幸せなので、過去を変えたいなどとは思わない。

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星の数のピロートークと一回のプロポーズ 井黒 灯 @yuuhi3939

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