情けも過ぐれば仇となる

高校を卒業し、大学生になった頃。

私は、住み慣れた田舎を出て東京へ住居を移した。


もちろん、これから始まる大学生活は楽しみだったが、それと同じくらい自分にはやりたい事があった。だから、早々にマッチングサイトに登録し、ハヤブサもびっくりの速さで一人の男性を捉え、そのまま会う約束をした。


約束の日、その男性は高そうなスポーツカーで私を迎えに来た。

顔写真は交換していなかったので、どんな男性が出てくるのかと期待していたが。そのスタイリッシュな車から出てきたのは、30代半ばで小太り。顔も冴えない会社員を絵に描いたような男性だった。


スポーツカーとのギャップもあり、第一印象はあまり良くなかった。

でも「やることやれればいい」が目的の私にとって、顔はあまり重要でもないので、適当に挨拶をして、何の躊躇もなしに車に乗り込んだ。そこから、目的地となるラブホテルまでの道のりは、高そうなシートの乗り心地の良さと、乗用車では聞き覚えの無い高音のエンジン音しか覚えていない。


郊外のホテルまで着くと、一緒にシャワーを浴びて、この手のホテル特有のキングサイズベッドに潜り込んだ。その後にする事といったら一つしかない。


「触っていい?」

彼の腕の中で私が小さく頷くと、彼は全身を這うように撫で始めた。

高校生の頃にもいろいろあったので、初めての経験と言うわけではなかったが、学生が性欲を満たすだけのお遊びとは違う、慣れた大人の手つきは新鮮でただただ気持ち良かった。ただ一つだけ、問題があったとすれば、その男性は手と口だけで行為を終わらせ、最後までしなかったのだ。


その後お礼にと彼のソレを口に運ぶ私に、彼は「初めての人とは最後までしないようにしている」と言った。正直それは私にとって期待外れの言葉であったが、無理強いするものでもないので承諾し、その日はそのまま終わった。


そんなこんなでマッチングサイトデビューを果たした私だが、当時から不特定多数を相手にしたいと思っていたわけではなく、次の相手もその男性だった。そして、今後不特定多数との出会いを求めるようになった原因もこの男性になる。


二回目に合った時も、彼は準備万端の私の意に反して最後までしなかった。ベッドの中で私が「どうしてしないの?」と訊ねても「じゃあ次会った時」と適当にはぐらかされてしまうのだ。そうして、二日目も不完全燃焼のまま終わってしまった。


それからも彼と連絡を取り合う日が進み、ある日「渡したいものがあるから今夜会えないか?」と連絡があった。なかなか手を出さない彼へ興味も薄れ、またすでに大学の講義も始まっていた私はその提案を断った。しかし彼はなかなか折れず、遂に私も「会うだけなら」と承諾してしまった。


約束の日、最寄駅近くのファミリーレストランで待ち合わせをすると、彼は小さな紙袋を私に手渡した。その中には学業成就が込められた立派なお守りが入っていた。何でも、大学生活を迎えた私の為に、わざわざ他県の有名な神社まで赴き、買ってきたのだという。

まあ、あの立派なスポーツカーでドライブする口実なのだろうが、正直貢物など期待していない私にとってそれは老婆心以外の何物でもなかった。さらに彼は、一人暮らしならお金に困るだろうと、近くの百貨店の商品券を5,000円分渡してきた。これは流石にと強めに断ったが、結局半ば押し切るような形でそれを渡されてしまったのだ。


情けも過ぐれば仇となる。

私は貢がれる為にその男性と出会ったわけではない。私が求めているのは身体の関係だけで、恋愛をするつもりは一切ない。その事は事前に伝えてあったし、理解してくれていたと思っていた。しかし彼は、どう見ても私に対して明確な好意を持いた。そのことに気づいた私は、このまま関係を続けるのはとって良くないと思い、彼との連絡の一切を遮断したのだ。

こんな感じで、私のマッチングサイトデビューは、最終的にセックスすることなく終わりを迎えた。


彼の最後の言葉は今でも覚えている「君と最後までしないのは、正式な関係を結びたいから。セックスをするのはそうなってからの方がお互いに良いと思う」そう真っ当な事を言う彼に、私は返事をしていないような気がする。



この体験から暫く。一人の女性にも同じ様な事を言われた。


バイト先で知り合ったその女性は、飲み会の帰りに終電を無くしたとかそんな感じの理由で私の家へ泊まりに来た。だから私は自然な流れで一つしかないベッドへ彼女を誘導した。

同性でも異性でも、私は誰とでもセックスしたいと思うが、それは相手が正常な思考の上で同意している事が大前提である。故に、酔った流れでするのは私の本意では無い。


だから、私は彼女に訊ねた。

すると彼女は「それは付き合ってから」それだけ囁いた。

それは当たり前の言葉だったので、それ以上は何もせず。彼女にベッドを受け渡し自分は座布団の上で夜を明かした。


私は、する気のない相手には無理強いはしないし。次が無い人とは長居しない。

だって、そこには時間の無駄しかないのだから。

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