第29話 探し物



「大変だ! 千里! 黒板事件の犯人を名乗る奴が、お前に会いたいって言ってきた!」


 いきなりやって来た村上くんの唐突な言葉。彼の慌てようから、また何か面倒な事件でも起こったのかと思ったが、詳しい事情を聞いてみると、どうやらそういう訳でもないらしい。


 俺が黒板事件の標的になったということで、昨日の件を謝りにわざわざ教室を訪ねてくれた村上くん。しかし当の俺は教室にはおらず、諦めて立ち去ろうとした彼とすれ違うように1人の少女がやって来た。


 彼女もまた俺を探していたらしく、気になった村上くんは彼女に声をかけた。それで、どうやら彼女が黒板事件に関与しているらしいということが分かったので、俺を探し回って屋上にやって来た。


 昨日の件から考えるに、村上くんは早とちりしやすい性格だ。本当にその女の子が犯人なのかどうかは怪しいところではあるが、話を聞いて損はないだろう。


「じゃあ、会いに行くか」


 なんてことを呟いた直後、予鈴が鳴ってしまった。なのでとりあえず今は解散して、放課後にまた集まってその少女に会いに行くという約束をして、2人と別れる。


 そして、長くて面倒な授業を終えて放課後。俺と雪音と村上くんの3人で、その犯人かもしれない少女が待つ演劇部の部室にやってきた。


「……うちの高校って、演劇部あったんだな」


 なんてことを呟いて、部室のドアを開ける。すると待ち構えていたように、長い金髪の少女が声を上げた。


「やあやあ! 来てくれたようだね! 僕は演劇部の部長を務めさせて頂いている、三島みしま 姫子ひめこだ!」


 ブレザーの上に派手な革ジャンを羽織った少女は、どこか芝居がかった仕草でこちらに手を差し出す。


「はあ、どうも」


 なんか変な子だな、とか思いながら俺はその手を握る。


「君は、未白 千里くんだね? それで、そっちが来栖 雪音さん。こっちが村上なんとかくん。わざわざご足労いただき感謝する! さあさあ、座ってくれ。話したいことがあるんだ!」


 強引に手を引かれて部室に。部室は暖房が効いていて暖かい。小さな部室なのに、エアコンがあるようだ。


「千里くん。黒板事件について、君に話したいことが……っと、その前に。谷崎たにざきちゃん、彼らにお茶を」


 そう言われて、眼鏡をかけた地味っぽい女の子が立ち上がる。


「彼女は谷崎たにざき 美久流みくるちゃん。我が部の副部長を務めている。見ての通りウチは部員が少なくてね。幽霊部員を除くと、僕と彼女と中佐の3人だけなんだ」


「中佐?」


「そう。チュチュリーナ中佐だ!」


 三島さんはそう言って、部室の端を指差す。そこにいるのは……。


「うわっ! 千里! ハムスターがいるよ! ハムスター!! しかも、ジャンガリアンだ!」


 ハイテンションな雪音が俺の肩を叩く。


「いや、なんで演劇部にハムスター?」


「諸事情あって、うちで面倒を見ているんだ。彼女の為に1日中暖房をつけっぱなしにしているから、それだけで部費が消し飛ぶ」


「……そりゃ大変そうで」


 そこで地味な眼鏡の副部長さんが、人数分のコーヒーをテーブルに置く。そしてその副部長さんはそのまま自分は関係ないと言うように、文庫本を取り出して視線を下げる。


「まあいいや。……えーっと、三島さん。俺たちは君が黒板事件の犯人らしいという話を聞いてここに来たんだけど、それは事実なの?」


 俺が本題を尋ねると、三島さんは逡巡する素振りすら見せず頷いた。


「率直に答えると、事実だ」


「なら訊くけど、何の為にあんな真似を? どうして今になって俺に名乗り出たの? 何を考えているのか、詳しい話を聞かせて欲しい」


「……君は聞いていた通りの人なんだね。君の目は酷く……いや、辞めておこう。事情を説明する為には、まずは事件の経緯を話さないといけない」


 三島さんはコーヒーに砂糖をドバドバと入れながら、続く言葉を口にする。


「黒板事件……そう呼ばれている事件の発端は、僕にあるんだ。というか、最初のターゲットは僕なんだよ。『三島 姫子は人を殺したことがある』それが、1番最初に書かれたものだ」


「人を殺したって……穏やかじゃないね」


「ま、当然だけど僕は人を殺したことなんてない。あれは、文化祭でやる演劇に向けての宣伝だったんだ」


「……なるほど。ビラを配ったりするよりは、宣伝効果があるかもね。でも、文化祭はもう終わったし、そもそも関係ない他人を巻き込むような真似は感心できないな」


 でも、そういえばうちの高校の文化祭は少し特殊だった。9月の終わりに学園主体の大きな文化祭があり、クリスマス前にもう一度、学生主体の小さな文化祭が開かれる。


 どちらにも縁がないので忘れていたが、それに合わせて今も宣伝を続けているのだろうか?


「それが違うんだよ。僕たちがやったのは、最初の一度だけ。二度目からは誰かが僕らの手口を真似て、他人を傷つけるようなことを書き始めたんだ!」


「模倣犯に乗っ取られたってこと?」


「そうなんだよ! 悔しくも僕らの宣伝は、名前も知らない誰かに乗っ取られた! 犯人がつまらないことを書き続けるせいで、今さら僕らの宣伝でしたとは言えなくなってしまったんだ!」


 バンっとテーブルを叩く三島さん。勢いで少し、コーヒが溢れる。


「つまり君たちの宣伝だった落書きを悪用して、つまらない噂を流している犯人が別にいると。そういことか」


 事情は分かった。しかし、腑に落ちないことがいくつかある。


「どうしてそれを、俺に話すの? 何が狙いで、三島さんは俺に何をさせようとしてるの?」


「……そんな怖い顔で睨まないで欲しいな。僕は別に君と敵対したい訳じゃないんだ! むしろ逆なんだよ。僕は君と敵対したくないからこそ、こうしてわざわざ君を呼び出したんだ!」


「……ああ。俺の変な噂を真に受けたのか。それで、犯人だと疑われて仕返しされるのが嫌で、先に名乗り出たってことね」


「そういうことだ。いや、噂というか……実は君と僕は親戚なんだよ。とても遠い繋がりだけどね。それで僕は両親に言われてるんだ。川端かわばたさんと、三上みかみさん、それから千里くんにだけは逆らっては駄目だと」


「なんだそれ。立派な大人である2人はともかく、俺は単なる高校生だぜ? そんな大袈裟な……」


 でもまあ中学生の時に、いろいろとやってしまったのは事実だ。親戚間では、学校以上に変な噂が流れているのかもしれない。……あの2人と一緒にされるのは、癪ではあるが。


「ま、事情は分かったよ。その上で聞きたいんだけど、君たちの宣伝を乗っ取った犯人に心当たりはある?」


「…………」


 三島さんは腕を組んで考え込む。最初から黙り込んでいる村上くんは、背筋を伸ばして静かにコーヒーを飲んでいて、副部長さんは我関せずで読書中。そして雪音は、元気にハムスターと遊んでいる。


「見て見て、千里! このハムスター、めっちゃふてぶてしい顔してる! 千里みたい! 可愛いー!」


 こいつは一体、何の為について来たのだろうか? というかそもそも、どうして演劇部にハムスターがいるのか。どうしてハムスターが中佐なのか。謎は尽きないが、どうでもいいことなのでとりあえずスルーする。


 そして、コーヒーが半分近くなくなった頃。三島さんは目を開き、真っ直ぐにこちらを見て言った。


「犯人は多分、詩織さんの親衛隊の誰かだと思う」


「親衛隊って、詩織の取り巻きのこと?」


 またなんて言うか、痛々しい呼び名だ。


「そう。傍から見たら分からないだろうけど、彼女たちにも派閥があるんだよ」


「もしかして、君もそいつらの仲間なの?」


 この演劇部は寂れているようだが、それでもこの学校で演劇をしていて、詩織のことを知らないなんてことはないだろう。


「いや、僕はただのファンだよ。詩織さんファンクラブの一員だ」


「……親衛隊とファンクラブは別ものなの?」


「当たり前だろ? いつも詩織さんの側にいて、詩織さんのことを『詩織様』と呼ぶのが親衛隊。遠巻きに眺めて、何もしないのがファンクラブ」


「なるほど。そんな違いがあったのか。それで、その親衛隊が内輪で揉めていると」


 黒板事件のターゲットにされている人間は、学年もクラスも無差別ではあったが、詩織の取り巻きの人間が多く選ばれているという共通点があった。だから俺はてっきり、取り巻きたちに嫌がらせをされた誰かが仕返しでもしているのかと思っていたが、まさか内部で揉めているとは。


 本当に、馬鹿の集まりのようだ。


「つまり、その親衛隊の中に紗枝を傷つけた奴がいるんだな!」


 そこで、ずっと黙っていた村上くんがいきなり立ち上がり、そのまま部室から走り去ってしまう。彼の早とちりは本当に如何ともしがたいが、止めるのも面倒なので放置しておこう。どうせ彼では、何もできない。


 立ち去った村上くんの方を眺めながら、三島さんは言う。


「紗枝……伊織 紗枝さん、か。僕は前に、その伊織さんと別の中核のメンバーが揉めているらしいという噂を聴いたが、彼女も黒板事件のターゲットにされたようだね」


「らしいね。ま、内輪で揉めてるだけなら、俺も深入りする気はないけど」


「でも、凝り固まった選民思想がある人間は、何をするか分からない。今日、千里くんの名前が書かれていたのも、もしかしたら君に対する宣戦布告なのかもしれない」


「煽るね。もしかして三島さんは、俺と彼女たちに敵対して欲しいの?」


「いやいや、そんなことはないよ。僕は親衛隊の人たちから嫌われているが、君に嫌われる方がよっぽど怖い。……でも、彼女たちは……」


 そこで、口をつぐんでしまう三島さん。どうやら彼女にも、何か言いたくないことがあるようだ。……まあ、今それを深く聞いても仕方ない。


「話は分かった。とりあえず今日はこれでお暇するよ。また何か聞きたいことができたら来るかもしれないから、その時はよろしくね?」


 コーヒーを飲み干して、立ち上がる。雪音は依然として、ハムスターと遊んでいる。こいつはほんと、何しに来たんだ。


「あ、千里帰るの? あたしはもうちょっとこの子と遊んでいくから、先に帰ってていいよ?」


「……お前、そんなハムスター好きだったのか?」


「うちは猫飼ってるからね。ハムスターは飼えないんだよ。でもあたし、昔っからこの丸っこいお餅みたいな形が好きなんだー」


「ふふふっ。我が部の中佐を気に入ったようだね。いいだろう! 遊びたいなら好きなだけいるといい! 中佐は人に懐かないどころか偶に僕にも噛みつくが、君のことは気に入ったようだ!」


 三島さんと楽しそうに話す雪音。こういうコミニュケーション能力は、俺にはない。……もしかしたら俺も、少しは雪音を見習った方がいいのかもしれないが、まだ調べたいことが残っている。あまりダラダラとはしていられない。


「じゃあ俺は行くわ。邪魔したね。……雪音は、また後で明日のこと連絡する。じゃーな」


 そのまま部室を後にする。……さて、三島さんの言葉は信用するに足るのか。真犯人の目論見は何なのか。本当にただの内輪揉めなのか。


「次に話を聞くとするなら、その親衛隊かな」


 詩織の周囲で渦巻く悪意。あいつはそれを分かっていながら、放置している。詩織が本気になれば、取り巻きたちの揉め事を解決するなんて簡単なのに、あいつは何の手出しもしない。


 きっとあいつは全て分かった上で、笑っているのだろう。


「……まだ、学校に残ってるといいんだけどな」


 俺は小さく笑って、歩き出した。


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