第28話 犯人探し
『華宮詩織と未白千里は付き合っている』
今朝、うちのクラスの黒板に、そんな落書きがされていた。俺が教室に行く頃には半分近くのクラスメイトが登校していたが、誰もその落書きを消そうとしない。皆、遠巻きに眺めるだけで他人事。しかも俺が教室に入ると、逃げるように視線を逸らした。
仕方なく俺は、1人で落書きを消した。その途中でやってきた詩織はいつも通りの顔で笑っていて、その取り巻きたちは嫌な目でこちらを睨んでいた。
ああ、これはまた絡まれるな。
そう思った俺は、昼休み。いつものように声をかけてくれた月島さんに断りを入れて、わざわざ人気のない屋上にまでやって来た。……やって来たのだが、取り巻きたちが俺に声をかけてくることはなかった。
「目論見が外れたか……」
てっきり、また面倒な絡まれ方をするのだとばかり思っていたが、彼女たちは動かなかった。この前の呼び出しで誤解は解けたのか、それともまた放課後に呼び出されるのか。
「どっちにしろ、気を抜かない方がいいな」
SNSで適当に情報収集をしながら、息を吐く。明日は雨の予報だが、今日は嘘みたいな快晴。これなら明日の遊園地は大丈夫かもしれないな。なんてことを考えていると、声が響く。
「やっほー、千里。また何か面倒なことに巻き込まれてるみたいだね」
わざわざコートを着て屋上にやって来たのは、幼馴染の雪音。彼女は両手に菓子パンが大量に入った袋を持って、こちらに近づいてくる。
「凄い量のパンだな。それ全部、1人で食うつもりか?」
「まさかー。なんか購買のおばちゃんが発注間違えたとかで大安売りしてたから、買い占めちゃったんだ。これでしばらく、パーティできるぜ? 菓子パンパーティ」
「楽しそうで羨ましいよ。……でもやっぱり、そっちのクラスでも噂になってるのか。あの落書き」
俺はスマホをポケットにしまい、雪音の方に近づく。
「なんだかんだで、しおりんも千里も有名人だからね。日々、退屈してる高校生たちは、刺激的なゴシップに目がないんだよ」
「勝手に噂される方は、たまったもんじゃないけどな」
「あはは、皆んな結局は他人事だからねー。はい、千里。好きな菓子パン食べていいよ。どうせお昼、まだなんでしょ?」
「いいのか? 俺が貰っても。菓子パンパーティするんじゃねーの?」
「よいよい。千里もパーティ混ぜてあげる。ほらほら、遠慮しないでお好きなのをどーぞ」
言われて少し悩んで、チョココロネを手に取る。
「おや、チョココロネとはお目が高い。そいつは今、お安くなってるよー」
「金とんのかよ」
「こっちも商売だからね」
「パーティじゃねーのかよ」
2人して適当に笑って、菓子パンの封を切る。
「それで? その噂の黒板事件。千里は犯人を見つけて、また制裁とかしたりするの?」
「なんだよ、制裁って。そんな大袈裟なことをするつもりはないよ」
「じゃあ今回は無視するの?」
「って、訳にもいかなさそうだなとは思ってるよ。黒板に落書きとか、それこそ小学生の悪戯だけど、そこからエスカレートしないとも限らないし。どういう理由であれ、喧嘩を売られてるのは確かだから、期待には応えてやらないと」
チョココロネにかぶりつく。甘いものを食べると、やっぱり少し落ち着く。
「その様子だともしかして、千里にはもう犯人が分かってるの?」
「いや、前の神田くんと違って今回の奴は巧妙だからな。まだ特定はできてない。つーか、俺は知らなかったけどこの黒板事件って、半年くらい前から続いてるらしいな」
「らしいね。あたしも詳しくは知らないけど、ちょこちょこ噂にはなってたみたい」
「噂にはなるけど、尻尾は掴ませない。最近は頻度が上がってるみたいだけど、それでも月に数回の犯行。ターゲットはクラスも学年もバラバラ。単独犯かどうかも分からないし、模倣犯だっているかもしれない。その中から俺に敵意を向けた人間を見つけるのは、中々に面倒だ」
「じゃあ、特定には時間がかかりそう?」
「……どうだろうな。とっかかりはあるんだけど、まだ確証はない。この状況でまた1ヶ月も期間を空けられると、厳しいのは確かだな」
「ふーん」
雪音は子供みたいに両手にメロンパンを持って、パクパクと口を動かしながら頷く。
「千里がそこまで言うってことは、中々に頭が回る犯人なんだね。……というか、周りに誰も居ないから訊くけど、その犯人がしおりんってことはないよね?」
「…………」
言われて少し、考える。これが面白半分の目立ちたがりの犯行なら、もう少し証拠が残るだろう。なのに現状、半年も続けていながら目撃者も証拠も出ていない。やってることはくだらないが、やられた方はそうじゃない。実際、昨日の村上くんの話では、その落書きのせいでハブられてしまった女の子もいるようだ。
影から他人を貶める、狡猾で姑息な手口。これは多分……
「詩織じゃないな。このやり方は」
「言い切るんだ。どうしてそう思うの?」
「あいつならもっと、人の琴線に触れるようなことをする。あいつが裏で糸を引いてる可能性はあるとは思うけど、あいつが直接こんな馬鹿なことをするとは思えない」
俺だったらもう少し上手くやる。なら詩織はもっと、上手くやるだろう。
「……なんだかんだで言って、通じ合ってるよね。千里としおりん」
「付き合いだけは長いからな。でも……あいつが根っこのところで何を考えてるのかは、俺には全く分からないよ」
「でも、自分の考えなんて誰にも分かってもらえないと思ってるところは、同じだよね。しおりんも、あんなに沢山の子たちに囲まれてるのに、誰もあの子の本心を理解できてない。天才の孤独ってやつだね」
「天才、ね。まあ、あいつも俺も自業自得ではあると思うよ。勝手に自分で線を引いて、理解されようという努力をしてないんだから。……でも、そういえば雪音はよく俺が屋上にいるって分かったな?」
「それこそ長い付き合いだからね。千里の行動なんてお見通しだよ!」
両手にパンを持って、晴れやかに笑う雪音。こいつの笑顔も、昔からずっと変わらない。
「まあでも千里もとりあえずは、様子見ってことでいいんだよね? その黒板事件」
「いや、逆。来週から俺が黒板に落書きをしまくるつもり」
「……え? 何がどうなったら、そうなるの? なんかあたし、聞き逃したりした?」
思わずパンを落としそうになる雪音。俺の行動はよく理解してくれている雪音ではあるが、俺が何を考えているかまでは分からないようだ。それもまた、当然ではあるが。
「考えてもみろよ。このまま相手のペースでことが進むと、こっちはいつまで経っても後手に回るしかない。相手のペースを崩すには、こっちから動かないと」
「その理屈は分かるけど、どうして千里が落書きするのさ?」
「ただの落書きがここまで噂になってるのは、その内容と頻度によるところが大きい。偶に面白い噂が書かれているからこそ、騒ぎになる。だったら逆に、どうでもいいくだらない噂をターゲットを絞らずに書き続ければ、一気に事件はチープになる」
「……なるほど。ルナっちは毎朝、納豆を食べてるとかそういうのを書くってことか」
「そうそう。特別感がなくなると、誰も落書きになんて興味を持たなくなる。そんな状況で真犯人がどんな落書きをしたところで、誰も取り合わない。『なんだ、またか。くだらないな』と皆の興味が薄れる。面白半分の犯人ならそこで辞めるだろうし、何か目的を持ってる人間なら別のアプローチを考える」
「そうなれば、足がつくかもしれないと。相変わらずいろいろ考えるね、千里は」
「まあ、俺が思ってる通りの犯人なら、そんな手間をかけなくても特定はできると思うけど、やれることはやっとかないとな」
状況から考えるに、俺と詩織の名前を使ったのは、他にいる本命から目を逸らさせる為の目眩しの可能性もある。しかし絡まれた以上、話くらいはしておきたい。別に、神田くんにしたみたいに追い詰めるつもりはないが、動機と目的くらいは教えて貰わないと釣り合いが取れない。
「……千里、なんかちょっと楽しそうだよね?」
「楽しい? ……いや、どうだろう。楽しいとは違うと思うけど、楽だとは思うよ。悪意を向けてくる人間には、容赦しなくていいからな」
「千里は……いや、いいや。そんなことより明日、どうする? 雨降りそうだけど、遊園地行く? それとも日を改める?」
「あー、この様子だと晴れてくれるとは思うけど、向こうはどうか分からないからな。行って向こうで雨降るってのが1番嫌だし、来週にするか?」
「じゃあ明日はさ、うち来る?」
「お前んち? いいけど、なんで?」
「いや、明日はお父さんもお母さんも出かけるから、1人でいても暇なんだよ。だから久しぶりに、一緒にゲームでもしたいなーって。いいでしょ?」
どこか縋るような目でこちらを見上げる雪音。俺はそんな雪音に言葉を返そうと口を開き、けれどそれを遮るように声が響いた。
「あ、やっと見つけた!」
「君は……」
屋上の扉を開いてやってきたのは、昨日の村上くん。彼は、昨日とは雰囲気の違う慌てたような表情でこちらに走り寄りながら、大きな声で言った。
「大変だ! 千里! 黒板事件の犯人を名乗る奴が、お前に会いたいって言ってきた!」
それはまたしても、俺の想像にない行動だった。
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