第12話 ごっこ遊び



 恋人ごっこ。月島さんの面白い提案。面白いけど、多分……意味のない提案。


 いくら俺と月島さんが思わず殴りたくなるようなバカップルを演じたところで、詩織は何も思わない。愛情のないところに、嫉妬は起こらない。


「…………」


 でも、だったら俺は、どうなのだろう? 詩織が知らない奴とキスをしているのを見た時、俺は何を思ったのだろう? 嫉妬したのか。怒ったのか。それとももっと別の感情だったのか。


 自分でも分からない。自分の感情すら分からない人間に他人の感情なんて分かるはずもない。詩織が何を考えているのか。月島さんが本当は何を考えているのか。分からないまま、ただ状況に流される。



 あの時からずっと、俺は何も分からないままだ。



 俺に初めての恋人ができた時、どうして詩織は怒ったのか。泣いたのか。俺を追い込んで1人にして、笑ったのか。考えても、意味はない。ただ1つ、はっきりすることがあるとするなら、それは人を好きになるというのは、面倒で邪魔くさいということだけだ。


「ところで千里さんは、手作り弁当というものをどう考えていますか?」


 いろいろあって翌日の昼休み。またしても寝不足な俺の顔を、月島さんが覗き込む。


「愛情表現?」


 不意な質問に、俺は適当な言葉を返す。


「当たりです。見事、正解した千里さんにはご褒美として……はい! お弁当をプレゼントします!」


 昼休みの騒がしい教室。月島さんは周囲の気を引くような大きな声を出して、俺の机に大きな弁当箱を置く。


「……これは、食べてもいいってことかな?」


「当然です。なんせ私たちは恋人なんですから」


 わざとらしく笑う月島さん。恋人のフリをすると言ったはいいが、これは少しわざとらし過ぎるのではないだろうか? いや、いつも菓子パンな俺は手作り弁当は素直に嬉しいのだが、こうもわざとらしい演技だと、詩織はおろかクラスメイトたちにもバレバレな気がする。


「……千里さんが思ってるほど、人は人を見てませんよ」


 俺の耳元で月島さんが小さく囁く。俺はチラリと、周りのクラスメイトたちに視線を向ける。……が、すぐに視線を逸らされる。確かにみな驚いているようには見えるが、こちらを疑っているようには見えない。


「恋人のフリなんて普通はしません。しないから、疑うなんて発想は出てこないんです。千里さんだって駅前でわざとらしい馬鹿なカップルを見ても、誰かを騙す為に演技してるなんて考えたりしないでしょ?」


 それは確かにその通りかもしれない。クラスメイトの男女が急にバカップルみたいなことをやっても、それが演技だとは思わない。……しかし、当の詩織は色のない目でチラリとこちらを見ただけで、すぐに取り巻きたちと楽しそうに会話を始める。


 やっぱり、意味なんて──。


「はいどうぞ、千里さん。男の人は唐揚げが好きだと聞いたので、たくさん作ってきました」


「確かに好きだけど……いや、ありがとう。ありがたく頂くよ」


 理由はどうあれ、せっかく作ってきてくれたんだし関係ない他人の視線を気にしてばかりだと勿体ない。そう思い、大きな唐揚げにかぶりつく。


「あ、うまっ」


「ふふっ、喜んで頂けて嬉しいです」


「すげー美味しい。俺、料理はあんまり作らないから素直に尊敬する。というか、朝から揚げ物とか大変だったでしょ?」


「仕込みは夜のうちに済ませておいたので、そこまででもないですよ? 私は不器用な方ですけど、料理はわりかし得意なんです」


「俺と逆だな。俺は割と器用な方だと思ってるけど、料理は得意じゃないんだよ」


「だったら私たち、お似合いですね」


 晴れやかに笑う月島さん。素直に魅力的だなと思う。どうしてこんな可愛らしい子が、クラスで浮いているのか。……いや、違う。多分、月島さんは意図的に周りを遠ざけている。


 きっと彼女は何かが歪んでいる。


 俺と、同じで。


「ふふっ、千里さんのそういう目、私好きですよ?」


「そういう目って、俺今どんな顔してた?」


「私の内面……服の下から下着の下まで見透かすような、冷たい瞳。きゅんきゅんします」


「……そんな変な顔してた? 残念ながら俺は、下着の下とか見透かせないよ」


「大丈夫です。見透かさなくても、今度ちゃんと見せてあげますから」


 周りの視線なんてお構いなしの月島さんの言葉。この子はこういうところがあるから、クラスで浮いてるんだろうなと思う。……俺も人のことは言えないが。


 小さく息を吐いて、また唐揚げを口に運ぶ。


「月島さんの好きな食べ物ってなんなの?」


「ふふっ、私のことが気になるんですか?」


「純粋に気になるってのもあるけど、お弁当のお礼に今度なにかご馳走しようかなって」


「…………」


 そこでどうしてか、悩む素振りを見せる月島さん。そんなに答えづらい質問だっただろうか?


「実はカレーが好きなんです、私」


「そうなんだ。じゃあ今度どっか──」


「でも、奢って頂かなくても大丈夫です。これは私の気持ちですから、千里さんが喜んでくれたらそれだけで十分です」


 小さく笑う月島さん。……表情の読めない月島さん。それでも何か隠しているのは分かる。あまり、深掘りしない方がいいだろう。


「あ、卵焼きも美味しい。これも月島さんの手作り?」


「そうです。たくさん作ってきたので、遠慮せずに食べてください」


 恋人ごっこなのに、本当に嬉しそうに笑う月島さん。それが演技なのか素なのか、俺にはやっぱり区別がつかない。


「……でも、そうですね。千里さんがどうしてもお礼がしたいと言うのであれば、お願いがあるんですけど、構いませんか?」


 何か企むような顔で、月島さんがこちらを見る。


「別にいいよ。なんでも言って」


 俺は大して考えもせず、そんな月島さんを見つめ返す。


「じゃあ、千里さん。私を抱いてくれませんか?」


「……あははは。面白いね、月島さんは」


「笑って誤魔化さないください。恋人の可愛いお願いですよ?」


「そういうのは、もうちょっとお互いを知ってからね」


 俺の答えに、月島さんは拗ねたように小さく息を吐く。


「じゃあ仕方ないですから、ハグでもいいですよ?」


「……まあ、それくらいなら?」


「あ、言質とりましたからね? 約束ですからね?」


「そんなガッツがなくても、逃げたりしないよ」


「とか余裕ありげに言いつつ、千里さんがチラッと私の胸を見たの見逃してませんからね?」


「…………」


 しまった、バレた。俺のクールなキャラが壊れる。


「別に触りたいなら触らせてあげますけど、千里さんみたいな人でも引きつける力があるんですね、これ」


「胸っていうか、月島さんだから見ちゃったんだよ」


「……そういうことばっかり言ってると、いつか刺されますよ?」


「恋人なら、別にこれくらい普通だろ?」


「……かもしれませんね」


 2人で笑う。これだと本当にバカップルみたいだ。その後も俺たちは周りの視線を気にせず、2人でイチャイチャと楽しい時間を過ごした。


「…………」


 けれど、こちらに向けられている悪意の視線に気がつかないほど、俺も腑抜けてはいなかった。


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