第22話 北見様のお荷物②

 成瀬が険しい表情になって、顔を反らした。

「神様かなんか知らんが、俺が成瀬だったら、何だっていうんだ」

 まつりが手にした茶色の袋を差し出した。眼の前に差し出されて、成瀬が目を向けた。

「こちらは、現世より、北見文香様からご依頼いただきまして、お届けに参りました成瀬様へのお荷物です。どうかお受け取りください」

 成瀬が戸惑った顔をして、まつりを見上げた。

「きたみ…ふみか…」

 急に荷物を乱暴に奪い取って、袋をビリビリと破いた。中身を見て、一瞬成瀬の目から険しさが消えたが、次にはもう元に戻っていた。

「こんなもの、今さら送ってきて、どういうつもりだ」

 まつりが十年前、渡せなかったこと、成瀬の告白への答えが書いてあると言うと、成瀬は立ち上がり、日記帳を床に叩きつけた。

「何するの?!」

 まつりが日記帳を拾い上げると、成瀬が、そのまつりの腕を掴んで、引き寄せた。

「きゃあー!?」

 手には箸が握られていて、まつりの喉元に突きつけた。番人たちがバラバラと寄ってきて、棒で成瀬を叩こうとした。

「こいつがどうなってもいいのか!現世の人間がここで死んだらどうなるんだろうな!」

 番人たちの動きが止まった。周囲の咎人たちがわあわあと喚き出した。

「やっちまえ!」「殺せ!」「やれ、やれ!」

 物騒なヤジが飛ぶ。

 成瀬がじりっと足を進めた。

「ここから出せ、こいつを殺されたくなかったら、ここから出られるようにしろ!」

 まつりが日記帳をしっかりと握って、成瀬の腕を押し戻そうとした。

「無駄なことよ!ここからは出られないの、決められた場所に住まいするしかないのよ!」

 だが、成瀬は突きつけた箸をぐっとまつりの喉元に近づけて怒鳴った。

「ほんとうに殺るぞ!脅しじゃないからな!どうせもう死んだ身だ、怖いもんなんかあるもんか!」

 まつりを片腕で抱え上げ、じりじりと足を進めた。まつりも吊り上げられながらつま先で進んだ。

 番人たちが後ずさりして、道を開けた。

 成瀬の周りに座っていた数人が立ち上がって、やはり箸を得物にして、後についていく。

 成瀬はまつりを抱えるようにして、食堂の外に出た。懸命に出口を探している。まつりが日記帳を持ったほうの手で示した。

「咎人屋の出入り口はあっちだけど、外に出ても邑からは出られないわよ」

 成瀬が示した方にどんどん歩いていく。五、六人の若い咎人たちもついてくる。その後ろを番人たちが追ってきていたが、下手に手出しできずにいた。

 出入口に着き、手下にしたらしい咎人に戸を開けるよう命じた。ひとりがさっと引き戸を開けて、外に出た。周囲を見回して、まつりを抱える腕に力を込めた。

「あそこか、鳥居は」

 前方に薄く見えている。そこに向かって歩き出した。だが、いつまでたっても近づけない。距離が縮まらないのだ。

「どうなってるんだ、一向に着かない」

 成瀬がまつりを放して肩で息をした。ついてきていた咎人たちも疲れた様子で成瀬を見ていた。

「鳥居に着いても外には出られないわよ、それでもいいなら連れて行ってあげるわ」

 まつりが成瀬の腕を掴んだ。

「連れて行くって……」

 成瀬が戸惑ったようすでまつりを見つめた。まつりが後ろの連中に成瀬と手を繋いで数珠繋ぎになるよう促した。みな、訳が分からなかったが、言われた通りに繋がった。

「行くわよ」

 まつりの身体が光り、繋がっていたみんなも光り、その場から消えた。

 次の瞬間、成瀬たちは鳥居の前に現れていた。

「鳥居だ!」

 成瀬をはじめ、みんな走り出し、鳥居の外へ出ようとした。門番が気づいて立ちふさがろうとしたが、その前に成瀬たちはなにかに阻まれ、跳ね返された。

「な、なんだ!?」

 成瀬が手のひらを翳すと、透明な壁のようなものに突き当たった。その壁に向かって肩から突進していくが、跳ね返されてしまう。他のものたちが呆然と立ち尽くしていた。

「くそぉ!くそぉぉ!」

 何度もぶつかっていくがびくともしない。鳥居の横から出ようとしたが、同じことだった。成瀬が地面に膝を付き、拳で地面を激しく叩いた。

「ちくしょう!ちくしょう!」

 まつりにも悔しさが伝わってきた。たいていの死者はここに来た意味をわかって、穏やかに過ごしているが、成瀬は、死を受け入れられないのだろう。

 その時、鳥居の外に光輝く姿が現れた。

 まつりが誰かわかって、眼を見張った。

「若日子兄様!?」

 若日子が光輝いたまま、鳥居の中に入って来た。

「まつり、無事か」

 心配そうな若日子にまつりが頷いた。

「ええ、大丈夫よ」

 若日子はまつりの肩を抱き寄せ、金色に光る瞳で成瀬を睨みつけた。

「成瀬、先日の訓諭は効果がなかったようだな、騒動を起こしたら、懲罰を受けると訓告したはずだ。まして、吾が妹を質にとるとは」

 成瀬がキッと顔を上げて、若日子を睨み返した。

「もう死んでるんだ、これ以上どう罰を受けるっていうんだ、そんなもの、こわかねぇよ!」

 若日子が手のひらを広げ、成瀬に向けた。

「魂魄となっても、恐怖は感じるのだぞ。試してみるか、無限の闇の檻を」

 若日子の手のひらが輝き、成瀬が急にきょろきょろと周囲を見回した。

「なんだ、なんで、急に真っ暗に……な、なにも見えない!」

 ふらふらと歩いてから立ち止まり、がくっと膝を付いた。

「ここは、どこなんだ、俺をどこにやったんだ!?誰かいないのか!?みんな、どこにいったんだ!?」

 天を仰いで叫び出した。

 まつりが若日子の胸元を握った。

「兄様、成瀬さん、どうしたの?なにをしたの?」

 若日子が抱き寄せていた肩を離して、成瀬を見た。

「無限の闇の檻に閉じ込めた。何も見えず、何も聞こえず、己の声も聞こえない空間だ」

 それは恐ろしい闇の空間だろう。成瀬が狂ったように頭を振り、叫び続けている。

「どこだ、ここは、どこなんだ!?どうしてなにも見えない、なにも聞こえないんだ!?」

 まるで恐ろしいものを見たような、歪んだ顔を地に伏せて、震え出し、泣き始めた。

「……助けてくれぇ、ここから出してくれぇ……」

 まつりが成瀬に駆け寄って、その震える肩を掴んだ。

「しっかりして!大丈夫だから!」

「まつり!ほおっておけ、そのうち、正気を失くすだろう」

 若日子がまつりを止めたが、まつりは首を振った。

「お願い、兄様、赦して上げて、教えてあげたいの、自分を想ってくれているヒトがいるって、安らかに過ごしていてって願っているヒトがいるって、教えてあげたいの!」

 若日子が少し寂しげな眼を向けて、ため息をついた。

「転生しても変わらないのだな、優しすぎるその性質は」

 そして、また手のひらを輝かせて、成瀬に翳した。

「成瀬さん!しっかりして!」

 まつりが肩を揺すると、成瀬が顔を上げた。

「あ……」

 はあぁと大きく息を吐き、若日子に頭を下げた。

「死んでもこんなに恐ろしいことがあるなんて……すみませんでした、もう騒ぎを起こしませんから」

 赦してくださいと土下座した。


 成瀬と一緒に付いてきた咎人たちも若日子に叱咤されて、番人たちに連れられて、咎人屋に戻っていった。成瀬はしばらく衛庁で預かることになり、捕縛されて、移動した。

 捕縛されたまま、牢屋に入れられた。格子越しにまつりが日記帳を渡した。成瀬は素直に受け取り、パラパラと捲っていたが、途中で手を止めた。じっくりと何度も読み返している。

「……文香、ごめん、こんなに心配かけて、俺は……」

 込み上げるものを堪えているようだった。

 やがて、まつりに胸元のボールペンを貸してほしいと頼んだ。どうぞと差し出すと、日記帳に何か書き込み始めた。書き終えると、ボールペンと日記帳を格子の間から渡してきた。

「この日記帳、文香に戻してもらえないか」

 伝えたいことを書いたと言うので、まつりが悩ましげにしていた。

「そうね、戻すとなると……返送料金が発生して、北見様へお戻しという形になるけど、北見様払ってくださるかしら」

 えっと成瀬が目を見張り、吹き出した。

「本当に宅配便屋なんだな、返送料金って」

 あまりにおかしそうに笑うので、まつりがプイとそっぽを向いた。

「会社なのよ、ちゃんとした。タダで荷物を動かすとかできないの」

「そうか、でも、文香、払ってくれると思う」

 そうねとまつりも笑って、ボールペンと日記帳を受け取った。

 少し離れた処にいた若日子に駆け寄り、大社に寄って行くと告げた。

「千波のことが心配で」

 先日の千波が襲ってきたときのことを話した。姉の朧のことは言わなかったが、若日子は察したようだった。千波が一羽で現世には行くことはできないので、誰かに連れていかれたとしたら、まつりをよく思っていない玉足比売命の仕業としか思えないのだ。 

 一緒に大社に向かった。社の巫女に尋ねたが、玉足比売命はいなかった。千波もいないとのことで、百陽が寂しそうに鳥居の上に止まっていた。

「もしかしたら『常世』に行ったのかもしれない。まつりの仕事のことを常世大神にでも言いに行ったのかも」

 父の幽世大神もしばらく前から『常世』に行っているとのことだった。

「わたしの仕事のことで父様が叱られたりする?」

 若日子が眉間に皺を作って分からないなと首を振った。

 一旦現世に戻ることにして、若日子と別れた。大鳥居で門番の双子には千波のことは話さなかった。

 現世に戻ると、三日経っていた。急いで身支度して2階の事務所に向かい、成瀬への配達の顛末を淳基に話した。

「大変だったんですね、無事でよかった」

 淳基が目の涙を袖で拭った。

「でも、もし幽世で死んだらどうなるんですか」

 それはまつりにも分からなかった。現世には戻れず、魂魄だけになって、幽世に留まるのではないかと思うが、まつりの場合、神が転生した身なので、また、誰かに転生するかもしれなかった。

 早速、LINEで北見さんへ連絡した。

まつり《お世話になっております。お荷物は無事成瀬様へお届けいたしました。成瀬様が日記帳に追記されて、返送してほしいとご希望されたので、持ち帰りました。つきましては、大変恐縮ではございますが、返送料金が発生いたします。ご了承いただけますでしょうか》

北見ありがとうございます。彼が書いてくれたんですね、うれしいです。是非送ってください。料金は支払います

 まつりが返送料金と北見さんの自宅への配送料金を足した金額を知らせると、すぐに入金してくれた。丁寧に梱包して、北見さんの元へと発送した。

 到着した頃、北見さんからLINEでお礼の言葉と、成瀬の言伝を伝えてきた。

北見《中学の頃に離れ離れになってしまって、ずっと気になっていたことを知ることができてよかった。宅配便さんのおかげだ。ありがとう。粋がって鉄砲玉になって、あげくに返り討ちにあって死んでしまったが、これからはあの世で静かに暮らしていくと書かれていました》

まつり《そうでしたか、成瀬様、これからは穏やかにあの世で過されますよ》

北見《最後に、前を向いて、生きてくれって書かれてました。彼のことは忘れませんが、とらわれずに生きていきたいと思います》

まつり《きっと成瀬様もそう望んでの言葉だと思いますよ。どうか、お元気で》

 そうして北見さんとのLINEは終了した。

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