第20話 謎のお荷物②

「うそぉ……」

 懸命に起こそうとするが、重くて持ち上がらない。泣きそうになった。3人の罪びとを連れた石龍比古が戻ってきた。

「なにやってるんだ」

「重くて起こせなくて」

 石龍比古が手を伸ばして、荷物に触れた。ふわっと浮き上がって、台車がガシャンと音を立てて、地面に降りた。

「このくらいできるだろ」

 まつりが首を振った。

「念動力、力の加減ができないの、使うと吹っ飛ばしちゃうのよ」

 はあとため息とついてから、

「ありがと」

 と、まつりが礼を言うと、石龍比古は少し照れたような顔をした。そういうところは弟らしかった。すぐに3人を連れて、瞬間移動していった。

 まつりも台車の取っ手をしっかり握って、瞬間移動した。

 出たところは、『ね-871』の邑の鳥居の前だったが、そこが上り坂になっていて、滑り落ちそうになった。

「わっ!」

 両脚に力を込めて踏ん張る。ぐいっと押し上げる。なんとかと鳥居の中に入れて、一息ついた。ストッパーを掛けて、そこに置いて、まとめ役の家で確認してから動かそうと思った。

 鳥居の一番近くの家を訪ね、『大室聡』様を探していると話すと、まとめ役の旧日本軍の軍服を着た中年の男性が、紙の束をめくって、山査子の木が沢山植わっている畑の近くと地図を見せてくれた。

「ご苦労様です!おひとりで大丈夫でありますか?!」

 足をパシッと揃えて、敬礼してきた。

「大丈夫であります!ありがとうございました!」

 連れられてまつりも敬礼して外に出て、台車のところに戻った。

 瞬間移動は楽だが、出た先の様子が分からないので、池や川、窪みとかに出てしまったりすると大変なことになる。千里眼が使えればその心配もないが、まつりは、触って中を見る透視はできるが、遠くを見る千里眼が使えなかった。

 地図の地形を思い浮かべて、跳んだ。出たところは、家の真ん前だった。横の畑の近くに山査子が植わっている。ここだろう。

 まつりは戸を叩いて呼びかけた。

「大室様、大室聡様いらっしゃいますか?!」

 返答がない。留守の可能性もある。そうしたら、戻ってくるまで待つしかない。覚悟を決めていると、後ろから声がした。

「うちになにか用か」

 振り向くと、四十代半ばくらいの男性が貫頭衣で立っていた。手には鍬を持っている。畑仕事でもしてきたのだろう。まつりが挨拶した。

「わたくし、現世よりお荷物を配達に参りましたカクリヨ宅配便の常盤木と申します。大室聡様でしょうか」

 大室さんは驚いて、まつりをしげしげと見まわした。

「そうだが、お荷物って、現世から?」

 はいと台車の荷物を示した。

「実はこのお荷物、匿名で幣社に送られてきまして、大室聡様のお名前と没年月日のみ書かれたメモと料金が入っておりました。それなら、配達して差し上げようと思ってお持ちしました」

 大室さんはまた驚いたようで、荷物を見つめていた。まつりが恐る恐る尋ねた。

「お受け取りいだだけますでしょうか」

 大室さんが荷物の中身を知りたいというので、荷締めバンドを解き、ガムテープを剥がして、蓋を開けた。大室さんは中身を見て、三度目の驚きをして、少し服やら本やらに触れていたが、やがて苦笑いしてため息をついた。

「これ、送ってきたのは女房だ」

 まつりが氷解したように微笑んで頷いた。

「そうでしたか、きっと、ご主人様が幽世でご不自由されないようにとこのようなお荷物を送られたのですね」

 すると、大室さんは爆笑した。

「あははははっつ、ああ、違う違う!」

 まつりが目を見開いて口を噤んだ。大室さんが箱の中のジャケットを出して羽織った。

「これ、気に入ってたんだ」

 うれしそうに見回している。どういうことなのかわからずにいるまつりに大室さんはニヤッと笑ってみせた。

「俺、実は愛人の家で心筋梗塞で死んだんだけど、この中身、愛人の家に置いていた荷物なんだ」

 はあぁ!?

 つまりは、愛人宅にあった旦那の荷物を亡くなった旦那に送りつけてきたということか。

「そうとう怒っただろうな、加奈にも当たったりしたんだろうな、こんな荷物をわざわざ送り付けてくるなんて、嫌味のつもりなんだろう、嫌な女だ」

 それを聞いて、まつりがむかぁとなった。

「怒りもしますよ、ご主人が愛人宅で亡くなるなんて!どんなに恥ずかしかったか、悔しかったか。そんな風に貶めないでください!」

 奥さんの代わりに怒ってやる!受領印はもういらない!

「おいおい、あんたには関係ないだろう、そんなに怒るなよ」

 その時、家の戸が開いて、大きな髷に沢山の簪を指して、赤い襦袢姿の艶やかな女性が出てきた。

「気持ちよく寝ていたのに、かまびすしいことでありんすなぁ」

 大室さんがうれしそうに笑って、出てきた女性-花魁のようだ-の肩を抱いた。

「すまんな、欄菊、現世から届け物が来たんだ、生前俺が使ってたものだ」

 欄菊が大室さんに肩を囲まれて支えられながらい、コツコツと高下駄で歩いて、荷物のところにやって来た。中を見て不思議そうに服を摘まんだ。

「主様の時代のものでありんすか」

 そうだと中を探って見せている。欄菊が大室さんにしな垂れかかって、抱き付いた。

「そんなもの、後でゆっくりと見られ。わちき、主様を待ちくたびれて、寝てしまったのでありんす、はよ、寝床へ」 

 大室さんの鼻の下が伸びきっている。きっとこの欄菊とやらと大室さんはいい仲になったのだろう。

「お、奥様が知ったらもっと怒りますよ!亡くなってからも愛人作るなんて!」

 大室さんがまつりの方を見て、にやにやした。いやらしい笑いだ。ぶん殴りたくなる。

「まあ、もう添い寝くらいしかできないんだから、いいじゃないか」

 そう言って、欄菊を抱えたまま、中に入ろうとしたが、途中で振り返った。

「荷物はそこに置いておいてくれ」

 パシっと戸が閉まり、まつりはポツンとひとり残された。

 受領のサインはもらえないが、荷物を持ち帰ることもしたくない。仕方なく、重くて大きな荷物を台車から引きずり降ろして、ドスンと地面に置いた。

 肩で息をして苛立っている呼吸を整え、荷締めバンドを回収し、台車の取っ手を握って、大鳥居に移動した。双子の門番が寄って来た。甲比売が、心配そうに尋ねてきた。

「溌比古兄、何か言ってきたりしていないか」

 最初に会ったきりでその後は会っていない。どうしてと聞き返したが、甲比売はならいいんだとはぐらかした。

今日は疲れたからとあまりおしゃべりもせずに現世に戻った。

 ちなみに、戻ってくるところは闇のトンネルに入った場所だ。いきなり現れたので、机でレストランのメニュー改定のデザインをしていた淳基が椅子から転げ落ちた。

「ヒェッー!?」

 あまりの驚きようにまつりが不機嫌そうに台車をガシャンと蹴った。

「なによ、お化けでも見たような顔して!」

 椅子を支えに立ち上がりながら、淳基が半べそかいた。

「だって、いきなり消えたり現れたり……びっくりしますよ」

「見たいっていったのあんたでしょ」

 まつりはめちゃくちゃ機嫌が悪かった。淳基がさすがに悪かったと謝った。

「すみません、ほんとに驚いたんです、凄いなと思って」

 淳基も心の底では、幽世に行くなどありえないと思っていたのだ。だが、実際、なんの仕掛けもなく、消えて現れたのを目の当たりにして、本当のことだったのだと改めた。淳基は自分で見たものは信じる性質だった。

「わかればいいのよ、粟島なんだから」

 すぐさま、濃い目のココアを差し出し、今回の配達の首尾を尋ねた。

「もうさんざんだったわ、受領のサインはもらえなかったけど、荷物は置いてきた」

 浮気男の話をすると、淳基が、Titterで妙なDMがあったと見せた。

《あの世の人はどういう生活しているのですか、男女の関係とかあるんでしょうか》

 捨アカか、プロフィールなどは何も書いていない。

「あやしいわね、大室様の奥様とか……」

「ありえますね」

 気になるのは当然だろう。実際、大室さんは花魁といい仲だった。もっとも、魂魄であって現身ではないので、生前のような暮らしをしても、生理現象はない。

「返信してあげたほうがいいかしら」

 まつりは嫌そうだ。淳基が代わりに返信することにした。

《あの世に逝かれた方たちは、魂魄、つまり魂だけで身体はありません。弊社では、それ以上のお答えを持ち合わせておりません。なにとぞご了承ください》

 まあ、いいでしょうとまつりが言うので、返信しておいた。

 ココアで幾分か回復したものの、すっかり疲れてしまっていたので、午後は自宅で休んで、夕方小料理屋「こずえ」にバイトに行くことにした。

 身支度を整えて、自宅を出て、商店会の通りを通って、橋に差し掛かったとき、思わず周りを見回した。また、カラスが襲ってくるのではと身構える。幸いカラスは一羽もいなかったが、どうもあの襲撃はおかしかった。まるで命令されて、襲い掛かってきたような。

 もしや。八咫烏の千波が命令していたとか。わざわざ現世に来てまでいじわるするとも思えなかったが。

 その時、がああーっと叫び声がして、黒い影が空を覆った。頭を狙って襲ってきたカラスの足は三本、八咫烏だ。

「やっぱり、おまえなのね!?千波!」

 腕で防ごうとして振り上げたが、その腕を三本の足が掴んだ。

「きゃあー!?」

 橋の欄干に叩きつけられた。そのとき、千波の後ろに朧に浮かび上がっていた姿が見えた。

「姉様?」

 笑っていた。爪が腕に食い込み、血が滲み出てくる。

「離して!」

 腕を振り回すが、千波は離れない。

「まつり、来るな、幽世に来るな!」

 千波が喚く。もう頭に来たまつりがカッと眼を見開いた。瞳が、銀色に輝く。全身から一瞬光が放たれ、千波を弾き飛ばした。千波が橋の反対側の欄干にぶつかり、ぐったりと橋の上に落ちた。その身体が光の穴に落ちていき、姿が消えた。

 ふうと息をついて、回りをうかがった。誰かに見られているとやっかいだが、人影はない。血が滲んだ腕にハンカチを巻いた。ほっとして小料理屋「こずえ」に急いだ。

 バイトから戻ってから腕を見ると、もう傷はなくなっていた。怪我や病気はすぐに治るのだ。神の身である霊能力の賜物だった。

千波の後ろにいた朧は、姉の玉足比売命だった。姉が兄の若日子が好きなのはあからさまにわかる。その若日子に可愛がってもらっているまつりが気に入らないのだろうが、現世まで来ていじわるするとは。

「千波、大丈夫だったかしら、思いっ切り、吹っ飛ばしちゃった」

 これだから念動力は使えないのだ。下手をすると、家とかでも吹き飛ばしてしまうかもしれない。怪我でもしていないかと心配になった。これから幽世にいこうかと迷ったが、気持ち的に疲れていた。

明日にしようと思い、お風呂に入って休むことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る