第19話 謎のお荷物①

 幾日か経って、淳基がブログの更新とTwitterのつぶやきをやろうと事務所を訪れると、ドアポストに戸川便の不在連絡票が入っていた。送り主の名前がカクリヨ宅配便となっている。自分で自分宛の荷物を送ったということだ。そんなことをするはずはなく、どうしようか迷っていたが、連絡を入れると、夕方に再配達できるというので、まつりにLINEした。

*まつり《おかしいわね、その荷物、拒否したほうがいいのでは?》

淳基でも、出し人もうちになってるんですよ、返送されてくるんだから、同じことでは

それにしても気味の悪いことだった。まつりも淳基も気になり、その日はバイトを早く切り上げさせてもらい、宅配便が来るのを待った。指定の時間帯にやってきた配達員は大きくて重たそうな荷物をドアの前に置いていた。

「戸川便です、こちら、入れていいですか」

 とりあえず、入れてもらい、受領のサインをした。荷物に貼られている荷札で送り主がわかるが、ここカクリヨ宅配便事務所の住所だった。住所はブログで公開しているので、誰でも知ることはできる。

 荷札に書かれている住所と宛名は、あまり上手でないカクカクの文字で、筆跡をごまかすためかもしれかなかった。

「なに、はいってるんでしょう……」

 得体の知れない荷物に、淳基が怯えた。まつりが手のひらを箱に押し当てた。透視をしているのだ。はっきりは見えないが、だいたいの形や様子ならわかる。

「……生き物とかではないわね、布とかプラスチック?ゴミかしら?」

 なにか、雑多なもののようだ。開けてみますかと淳基が勇気を振り絞って、封をしてあるガムテープの端を摘まんで、引っ張った。ビリビリと音がして、剥がれていく。

「所長、開けてくださいよ」

 淳基が一歩下がると、まつりがその背中を押した。

「粟島が開けるの、早く!」

 嫌すぎると思いながら、恐る恐る段ボールの蓋を開けた。真っ先に目に飛び込んできたのは、白い封筒、その下は服のようだった。白い封筒を指先で摘まんで、まつりの方に差し出したが、それも開けろと命令。仕方なく、開けると、五千円札と、メモ紙が入っていた。

『没年月日:××××年×月××日  名前:大室聡』と書いてあった。

「まさか、これをその大室聡さんへ届けろってこと?」

 五千円札は料金のつもりか、こんなLLサイズ以上の荷物、5000円で運ぶわけないだろうと思いつつも中身を更に確認してみることにした。

 スエットスーツの他服が何着か、トランクスなどアンダー類、ジャケット2着、歯ブラシ、歯磨き粉、タオル、ダンベル、お茶碗、箸、コップ、マグカップ等々生活用品がぎっしり詰まっていた。本や雑誌も入っている。これでは重いはずだ。

「亡くなった方へ日用品を送る?どういうことか、まるでわからないわね」

 淳基は送料掛かってもいいから返したいと真剣に思ったが、まつりがいつもの使命感に燃えてしまった。

「わかったわ、このお荷物、大室聡様へお届けしましょう!せっかく依頼されたのですから、お届けしなくては!」

 しなくていいよと思う淳基だった。

 それにしても、こんなに大きくて重い荷物、どう運ぶつもりなのか。

「キャリーカート買いましょう。それに載せて運ぶの」

 いや、それでも難しいと思うのだが、まつりはどうしても運ぶと言い張った。結局、翌日ホームセンターで、がっちりとした台車を買った。がっちりした丈夫なものは5000円では買えなかった。大変な出費である。

 そして、このビルにはエレベーターがない。どうやって4階の自宅まで運ぶのか、疑問だ。

「あら、ここから行くから大丈夫よ」

 まつりがあっさりと言うので、淳基が驚いた。

「ここ、ここから行けるんですか!?」

「どこからでも行けるわよ、禊済ませてたら」

 そんな簡単なものだったのか。スターゲートみたいな装置があってそこから行くのかと……思ってたと力が抜けた。

「あのー、行くとき、見ててもいいですか」

 物凄く気になる。今まではまつりの自宅から行くと思っていたので、一人暮らしの女性の家に入るわけにもいかないし、行ったら何日も帰ってこないのだから無理だと思っていたのだが、事務所から行くなら問題ないだろう。

「いいわよ、その代わりついてきちゃだめよ」

 了解して、夜11時に来ることになった。

「だいたいあちらは午後の時間よ」

 時差があるのか。時間の流れが違うのはわかっているが。それではと約束して、一度それぞれ自宅に戻った。

 まつりはまた仕事で一週間休むと小料理屋「こずえ」のおかみにLINEを入れ、久しぶりに自炊して夕飯を済ませた。といってもパスタを茹でて、ソースを掛けただけなのだが、手料理を作った気になって、写メを取り、インスタにアップした。「おいしゅうございました」とだけコメントする。帰ってくるまでには幾つか「いいね」が付いているだろう。楽しみだわと禊に向かった。冬真っ只中だ、冷水の禊がつらい、お湯でやってみようかしらと日和たくなるが、ぐっと我慢した。

「せーの!」

 掛け声をかけて、頭から被る。気絶しそうなくらい冷たい。凍りつくかと思った。

 三杯かけて、タオルで拭きとり、髪も拭いてからドライヤーを掛ける。

「禊、やる意味あるのかしら」

 最初に幽世に行ったときは事故に遭い病院で寝ていたから、禊などしていない。子どもの頃に何回か行ったときもしていなかったが、それでも幽世には行けた。

「でも、するよう言われたんだし、しないとね」

 禊をするようにというのは、幽世大神の正妃須勢理毘売命に言われた。普段は奥殿にいて、出てこないのだが、高照光比売が転生した子どもと聞き、会いたいというので目通りした時、現世の穢れを払ってから来なさいと言われたのだ。それでするようになった。ちなみに須勢理毘売命は高照光比売の母ではない。母親は多岐都比売命で『常世』にいるそうだ。幽世大神が最も愛した妃でその娘も愛娘だった。何か訳があったのか、己が身を儚んで、『常世』『幽世』から消えてしまったのだ。そして『現世』のまつりとして転生していたのである。

 午後11時になり、2階の事務所にまつりと淳基が揃っていた。制服を着て、きりりと帽子を被りなおすまつりに淳基が水筒を渡した。

「中身、スポドリにしてありますよ」

 ありがとと言って腰のドリンクホルダーに差し込んだ。荷物はふたりで台車の上に載せ、荷締めバンドでしっかりと括り付けた。

「行くわよ」

 まつりが事務所の戸棚の横の壁に向かって手のひらを翳した。

「祓え給い清め給いて、ここに道開かん」

 まつりが唱えると、壁が水面のようにゆらゆらと揺らめいていく。淳基が呆気に取られて、言葉もなく、震えた。

「こ、これは?!」

 震える淳基ににっこりと笑って手を振った。

「行ってくるわね」

 台車をぐいっと力を込めて押し出し、ゆるりと水面のようになった壁に入っていく。

「あ、あああ!?」

 淳基が悲鳴のように叫んだ。信じがたい、しかし、今目の前で壁に吸い込まれるようにまつりと台車が入っていき、その姿が消えた。淳基は腰を抜かし、床にへたり込んで、否定するように手を振った。


 闇のトンネル内でまつりは台車を押すのに苦労していた。とにかく重いのだ。腰を落として、ぐいっと力を込める。なんとか動くがすぐに止まってしまう。また、ぐいっと力を込める。を繰り返していた。

 出口は遙か遠い。小さな光はなかなか大きくならない。

「ダンベルと本が重いのよ、なんでこんなもの、送るのよ」

 ぶつぶつと文句を言いながら、懸命に押して、かなり時間をかけて、ようやく出口から外へ出た。

「はあ……」

 大きなため息をつく。乙彦が走ってきた。

「まつり、なんだ、その荷物は」

 お届けモノよと言いながら、押し始めた。乙彦が手を貸そうかと言ってくれたが、乙彦はここを離れるわけにはいかないので、結局自分で運ぶしかない。甲比売は呆れたようで腰に両手を掛けて、肩をすくめた。

「やれやれ、大変な仕事だな」

 苦笑している。大鳥居に入っていく死者の邪魔にならないように方向を換えながら、必死に押して、中に入った。

 人別庁の入口までやってきて、入口の横に台車を置き、ここは少し坂になっているので、自走しないようにストッパーを掛けた。受付の窓口の担当は、今日はおじいちゃんだった。

「ご苦労様ですね、比売命様」

 柔らかな笑みで人別帳を見に行ってくれた。待つ間、椅子などないので、床に座り込んだ。腕も足も疲れて果てている。ぐったりと項垂れていると、頭の上から声が掛かった。

「ここに座らないでくれ、邪魔だ」

 顔を上げると、見知った顔だった。背はまつりくらいであまり高くはないが、眼に瞳がなく、白濁しているので、少し不気味な顔つきに見える。年のころは十五、六くらいの少年だ。

「石龍比古?」

 呼ばれた方も驚いていた。

「姉さん?」

 瞳はないが、心眼で見えている。高照光比売の異母弟の石龍比古(いしたつひこ)で、まつりにいじわるな玉足比売命の同母弟だ。後ろに手足に枷を掛けた男たちを3人ほど連れていた。

「ごめんなさい、疲れちゃって」

 あわてて立ち上がり、退いた。

「また、現世のものを持って来たのか」

 黙って頷くと、石龍比古はため息をついた。

「あまりやり過ぎると、大母神様が怒るぞ」

 わかってるわとやり過ごした。大母神とは須勢理毘売命のことだ。石龍比古は捕縛した3人を引っ張って通り過ぎて、まつりが入って来た入口から出て行った。石龍比古も若日子と同じく衛庁に勤めているので、罪びとだろう。幽世に来てまで罪を犯すとは浜の真砂は尽きるとも……というやつかもしれない。『を』の邑にでも送られるのだろう。

「比売命様、わかりましたよ」

 おじいちゃんが戻って来た。『ね-871』と言われて、地図も確認した。

 礼を言って、外に出た。何故か台車がひっくり返っている。

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