第18話 大樹君のお荷物②
すると、若い男が手を止めて、近づいてきた。Gパンにタンクトップ、スニーカーのいで立ちだった。
「そうだけど、今おっさん、留守だぜ」
豆腐工場に行っているとのことだった。この人でわかるかしらと配達伝票を見せた。
「内藤保夫君という小学5年生の子を探しているんですが、ご存知ありません?」
すると、畑の奥の方でやはり鍬で耕してる男の子に怒鳴った。
「おい、保夫!お前探しているんだってよ!」
男の子は手を止めて、鍬を持ってやって来た。よく日焼けしていて、明るそうで溌剌としていた。
「内藤保夫君?」
まつりが尋ねると首を折った。
「そうだけど、お姉さんは?」
まつりが手にした箱を差し出した。
「私、現世からこの世にお届けものを運ぶ仕事をしているの、高木大樹君から頼まれたものを持って来たの」
保夫君がびっくりした顔で箱をしげしげと見つめた。箱に貼られている伝票を見て、さらに驚いていた。
「大樹から……なに入ってるんだ」
どうぞ開けてみてと更に差し出すと、横にいた若い男がガムテープをビリリと破って開いた。中を見て、保夫君が歓声を上げた。
「わあぁ、グローブだぁ!」
満面の笑みで、早速手にして、手のひらの部分に拳をぼすぼすと叩きつけている。ボールもあると知って、今度はボールを叩きつけた。もうひとつあるのに気づいて、若い男が掴んだ。
「ちょっと小さいけど、まあ、入るかな」
小学生用のなので、小さめだ。なんとか手を入れた。まつりが保夫君にメッセージカードを渡した。
何書いてあると若い男が尋ねると、保夫君は読み上げた。
『保夫へ 元気でやってるか?あ、死んだのに元気かっておかしいかな。おれは元気だけど、おまえがいなくて寂しいや。でも、イサオや久志が練習付き合ってくれて、なんか頑張ってる。天国で友だちできたか?おまえ、いいやつだから、すぐに友だちできたと思う。野球したいよな、持っていったグローブ1個じゃ、キャッチボールできないから、もう1個宅配のお姉さんに届けてもらうことにした。貯金全部だした。だから、友だちと沢山キャッチボールしろよ。大樹』
若い男が、持っていったグローブってと保夫に聞いたが、保夫がわからず首を振った。まつりが説明した。
「保夫君を荼毘に伏すとき、お棺にグローブ入れたんです。大樹君はそれで保夫君がグローブ持って天国に行ったと思ってて」
若い男がそうかと保夫君の頭を撫でた。
「いい友だちだな」
保夫君が少し寂しそうだが微笑んでうんと頷いた。若い男が、保夫君から少し距離を取った。
「じゃ、早速、来い!」
保夫君が軽くボールを投げると、若い男がパシッと受け止め、すぐに返した。何度か繰り返しているが、保夫君は実に嬉しそうだった。まつりはやっぱり余計な出費になっても、もう1個買って持ってきてよかったと心から思った。
「あのー、受取のサインいただけないかしら」
キャッチボールに夢中になっているふたりに声を掛けると、ふたりが止めて寄って来た。
「受け取りのサイン?」
伝票の隅にあり受領印欄を見せた。
「確かに受け取りましたという印よ、名前でいいから」
保夫君が欄にやすおと平仮名で名前を書いた。
「何か伝えたいことあったら、その空いているところに書いていいわよ」
保夫君は頷いて、一言書き添えた。そこへ保夫君と同じ年ごろの男の子と七、八十代くらいの老体がやってきた。
「あれ、お客さん?」
老体が若い男に尋ね、説明すると、現世から来たまつりに感心していた。男の子の方は、ポニーテールで短い着物を着ているので、明治時代より前に亡くなったのだろう。グローブに興味津々という感じで見入っていた。若い男がグローブを男の子に渡した。
「次郎太、やってみるか」
保夫君が次郎太君の手を引っ張って、グローブを嵌めてやった。
「やろうぜ、これが野球ってやつさ」
投げ方や取り方を教え始めた。
楽しそうで、まつりは気持ちがほっこりとして、満足だった。帰りの挨拶をして移動した。
大鳥居で双子に溌比古と会ったと話すと、微妙な顔つきになった。まつりが気になった。
「どうかした?お兄さんでしょ」
甲比売が腕組みして唸った。
「先日『常世』から移ってきたんだが、あちらで揉め事を起こしたみたいなんだ。けっこうキツイ性質(たち)で、敵が多い」
左遷か。丁寧な感じで人当たりも悪くはなかったように思うが、人、いや、神も見かけによらないかもしれない。後は今回の配達も喜んでもらえたと楽しく話して、現世に戻って行った。
現世に戻って時計を見ると、昼間の11時だった。カレンダーで日付を見ると、三日目だった。急いで着替えて、事務所に入ろうとしたとき、中から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。
「詐欺でしょ、こんなの!」
苦情?誰だろうと構えて事務所に入った。
「失礼します……」
怒鳴っていた女性が振り返った。淳基が泣きそうな顔で手を伸ばしてくる。
「所長!こちらのお客様が!」
大樹君も一緒だ。ということは、お母さんか?
「あんたが所長の常盤木って詐欺師ね!?」
まつりは丁寧にお辞儀をした。
「わたくしが所長の常盤木です。いかがいたしましたか」
女性が大樹君の肩を掴んでまた怒鳴った。
「こんな子どもだまして、お金巻き上げて!とんでもないわ、早くお金とグローブ返しなさいよ!」
大樹君が肩を振って手を払いのけた。
「母ちゃん、おれ、だまされてなんかいないよ!おれが、保夫にグローブ届けに行ってくれって頼んだんだよ!」
大樹君が泣きながら訴えたが、聞き入れてくれない。お母さんは、配達伝票のお客様控えを見せて、さっさと返せと繰り返す。まつりがソファーを勧めた。
「どうぞ、おかけください。……粟島、お茶お出しして」
淳基があわててサイドテーブルに駆けていく。
「お茶なんかいらないわよ!」
そういいながらも座って少し落ち着いたのか、怒鳴るのをやめた。大樹君も隣に座ったので、まつりが上着のポケットから受領書を出して、テーブルに広げた。
「これ、保夫君が受け取ったというサインよ」
大樹君は受領書を手に取って眺めていたが、ぽろっと涙をこぼした。顔を上げて、まつりを見た。
「保夫、友だちできてた?」
まつりが頷いて、にっこりと笑った。
「ええ、同じくらいの年のお友達と早速キャッチボールしていたわ」
楽しそうにしていたと言うと、大樹君はぐすっと鼻をすすりながらもよかったと笑った。
お母さんは淳基の出した紅茶を飲みながら文句を垂れた。
「大樹、天国に届けるなんて嘘に決まってるでしょ、あんただまされて……」
大樹君が首を振った。
「おれ、お姉さんを信じる、保夫が天国でキャッチボールして喜んでるって、信じる、お願いだから、信じさせてよ!」
必死の訴えに、お母さんが、飲む手を止めて、ふうとため息をついた。
「わかったわ、そこまで言うんなら、いいけど」
きっと大人になればわかるわとつぶやいた。大樹君が受領書をそっと畳んで、バッグに入れた。
ふたりが出て行った後、淳基がまつりにココアとチョコレートを出した。
「お疲れ様でした、受領書になんて書いてあったんですか」
まつりが美味しそうにココアを飲みながら、チョコレートを摘まんだ。カカオ取りすぎである。
「ああ、保夫君からのメッセージね、プロ野球選手になれよ!って書いてあったわ」
よいお仕事だったわとまつりは満足であった。確かにいいことをしたという満足感はあるが、経費オーバーの現実も見ようよと思う淳基だった。
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