第17話 大樹君のお荷物①
通常、淳基は、朝、まつりより1時間早く出社して、事務所を掃除して、メールやDMのチェックをして、まつりが来るまでの間、三十分ほどコンテストや投稿サイトに出す漫画の下書きを描いている。淳基はコーヒー派なので、ドリップして朝の一杯を楽しんでいる。
もうすぐまつりが来る頃、コンコンと扉を叩く音がした。まつりはノックなどしないで入ってくるし、来客はインターフォンを使うのでなんだろうと出てみると、小学生五、六年くらいの男の子が立っていた。世間的には今は冬休みだろうから、この時間に外にいてもおかしくはないが、「うち」に何の用なんだろうと首を捻った。
「おはよう、なにか用かい」
淳基が声をかけると、男の子はドアに書かれている、社名を指差した。
「ねえ、ここ、死んだ人に荷物届けてくれるところ?」
小学生くらいの子どもに言われて、一瞬戸惑ったが、そうだよと言って、外は寒いので、男の子を中に入れて、ソファーに座らせた。淳基がまつり用のココアを入れて出してやった。男の子はうれしそうに飲んでから、バッグから野球のグローブを出してきた。
「あのさ、このグローブ、届けてほしいんだけど、その……死んじゃった保夫に」
淳基が詳しく聞こうとしたところにまつりが出社してきた。
「おはよ……う、その子は?」
まつりが来訪者に驚いていると、淳基が説明した。もう少し詳しく聞きましょうと男の子の向かい側に座って、グローブを手にした。
「これはその保夫君のものなの?」
高木大樹と名乗った男の子は小学5年生とのことだった。
「ううん、おれのだよ」
質問すると答えるが、要領を得なかったが、辛抱強く待っていると、やがてぽつりと話し出した。
内藤保夫君とはリトルリーグでバッテリーを組んでいて、保夫君がピッチャーで大樹君がキャッチャーだった。学校でも同じクラスで親友だったが、今年の夏、河原で遊んでいた時。
「おれと保夫でキャッチボールして練習してたら、保夫の弟、幼稚園なんだけど、川に落ちちゃって、保夫それを助けようとして……」
大樹君は涙をぐいっと袖で拭った。懸命に堪えようとしている姿がけなげだとまつりも淳基も泣きそうだった。
「弟は大人のひとに助けてもらったんだけど、保夫は流されちゃって、死んじゃった」
もう堪えきれないようで泣き出した。まつりも淳基ももらい泣きしてしまった。
「保夫のおばさんが、天国に行っても野球できるようにって、お棺に保夫のグローブ入れたって話してて」
ふたりは、うんうんと頷いて、大樹君の話に真剣に耳を傾けていた。
「保夫、めちゃいいヤツだから、天国でもすぐ友だちできると思うんだ。でもさ、保夫だけグローブ持ってても、友だちもグローブ持ってなきゃ、キャッチボールできないじゃん」
だから、これを保夫に届けてほしいと差し出してきた。そういうことなら、是非お届けしたい。
まつりが宅配伝票をデスクから持ってきて、尋ねた。
「ここが亡くなった人に荷物を届けるところだって、どうして知ったの」
それは淳基も気になるところだった。
「ウィンターモールの食べるところでどっかのおばさんが話してたんだ、死んだ旦那さんにフィギュアを届けてもらったって、それで聞いたら、スプリングモールの掲示板に書かれてるよって言われて見に行ったんだ」
「小松様だわ!」
信じてくれていたんだと感激した。祖父経由のお仕事もそうだったが、これが口コミというものか。
大樹君は宅配伝票に保夫君の没年月日とフルネーム、自分の名前と住所、電話番号を書いた。
「この電話番号は君の?」
淳基が聞くと、バッグからスマホを出してきた。
「うん、おれの」
最近の小学生はスマホ持ちなんだと妙に感心してしまった。さらにバッグから、四角いロボットのようなものを出してきた。
「これ、五年生の夏休みに宿題で作った貯金箱なんだけど」
そう言って、背中の蓋を開けて、中から千円札1枚と1円や10円、100円玉を出して、テーブルに並べていった。
「えっと、おれの貯金箱の全部で……1263円!これで届けてくれるかな」
まつりが配達伝票の金額欄に1263円と書いた。1枚目のお客様控えを切り取って、大樹君に渡した。
「はい、これで届けるから、1週間くらい待ってくれるかしら」
大樹君が頷いて、控えと貯金箱をバッグに閉まった。
「うん、後、友だちできたか、聞いてくれる?」
淳基がメッセージカードを持って来た。
「これに、聞きたいこと、書いてくれたら、一緒に届けるよ」
大樹君は丁寧に一言一言考えて、メッセージカードを書いた。
確かにお預かりしましたとまつりが告げて、大樹君はちゃんと頭を下げて、お願いと言って帰っていった。
カップを下げている淳基にまつりがグローブを差し出した。
「これと同じグローブとボール?買ってきてちょうだい」
はっ?と訳が分からず首を傾げると、まつりが呆れた様子でため息をついた。
「預かったグローブひとつだけじゃ、キャッチボールできないでしょ?もうひとつとボール、いるでしょ?」
淳基がそうかと納得したが、恐る恐る尋ねた。
「それって、もしかしてうちで負担?するんですか」
「当然でしょ?あの子の気持ちを考えたら、そのくらいいいじゃない」
確かにそうだが、また大変な出費となりそうだった。いくらくらいするんだろう。ため息しかでなかった。
グローブは小学生用で3000円くらい、ボールは1000円で買えた。しかし、すでに赤字である。
その日の夜、まつりはグローブ2個とボールを入れた箱を持って、納戸の壁に向かい、手を翳した。
闇のトンネルを少し早足で歩く。トンネルを抜け、大鳥居の前に出ると、甲比売が気づいて寄って来た。
「まつり、忙しそうだな」
乙彦も寄ってきて、うれしそうに笑った。
「こんなに頻繁にまつりに会えるとは、うれしいな、なあ、姉者」
甲比売も同じように笑っていたが、点滅する人を見つけて、急いで近寄って行った。まつりも大鳥居を潜り抜けて、人別庁に行き、内藤保夫君の邑を教えてもらおうと窓口へ行った。窓口には見たことのない男性がいて、まつりを見て、深々と頭を下げた。
「高照光比売命様、ご機嫌麗しゅう存じます」
「どなたかしら」
男性は、服装は衣褲(きぬはかま)姿だが、髪は結っていなくて、長い黒髪を後ろに垂らしていた。
「溌比古と申します。門番のふたりの兄です」
初めて会ったが、ふたりとは似ても似つかなかった。あちらは痩せているがいかつい感じがあり、こちらは細面の美青年だった。
「もしかして、人別庁の責任者?」
「はい、この度、長官になりました。比売命様、此度も死者に何かを届けに参られたのですね」
もしや、死者の住まう邑を調べてもらっていることを注意されるのではと戦々恐々とした。
「調べてもらうの、迷惑かしら」
それは迷惑だろう。余計な仕事だ。だが、溌比古は首を振った。
「いえ、迷惑だなんて。面白いことなさっているなと見に来たのです」
双子からも話は聞いていますといい、後ろにいた、いつもの女性に目で合図した。
「お調べします、比売命様」
それではと配達伝票を見せた。お待ちくださいと丁寧にお辞儀をして奥へ向かった。いつもより丁寧な態度は上官がいるからだろう。
「現世で比売命様のお仕事を信じている方がいるのですね」
溌比古は不思議そうだった。
「ええ、普通は信じないわね、お仕事を頼んでこられる方たちも半信半疑よ」
溌比古には、門番の双子の他もう一組双子の弟妹がいて、『常世』で大社の門番をしているとのことだった。
「お待たせしました。『ひ-3211』の邑におります」
地図で確認して、まつりは礼を言い、溌比古に頭を下げて、人別庁を出た。
『ひ-3211』の鳥居は丘の上にあり、そこから見下ろせる草原に小屋が点々と立っているのが見えた。広々としていて、開放感がある。よい景色だった。鳥居に一番近い家を探したが、丘の麓に建つ何軒かのうちのようだった。ゆっくりと丘を降りていき、一番手前の家を訪ねたが、まとめ役の家ではなかった。隣と言われて、戸を叩いたが、返事がない。留守かと裏に回ってみると、畑があり、そこで十代後半くらいの若い男が鍬を振るって耕していた。近くまで寄って声を掛けた。
「すみません、こちら、まとめ役さんのお宅ですか」
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