第16話 相葉様のお荷物

 順調に仕事が入ってきて、順風満帆と思われたカクリヨ宅配便だったが、TOKUURIの事務局から、アカウント停止のメッセージをもらってしまった。

*カクリヨ宅配便様

 日頃より大変お世話になっております。TOKUURI事務局でございます。

 貴社サービスにつきまして、違反報告がございました。

 実行不可能なサービスで対価を受け取っているとのことですが、当局でもお調べしたところ、指摘は事実と判明しましたので、アカウントを停止させていただきます。

 なお、サービス内容の変更等で違反が解消されましたら、アカウント復帰となりますので、ご対応願います。

 以上 TOKUURI事務局

 という内容だった。

 まつりがどう変更しろっていうのよとデスクに泣き伏し、淳基はしばらく声もかけられなかった。

 淳基がまたTwitterで宣伝してはどうかと提案した。確かに前のようにDMやツイートが荒れるかもしれないけれど、なにも発信しないよりはいいだろうと言ったのだが、まつりはいいと言わなかった。

 せっかくリピーターができたのにと悔しそうだった。

 別のサイトも探してみたが、TOKUURIのようなスキルをアピールするサイトは見当たらなかった。ほおっておいたブログやホームページを充実させ、その更新情報をTwitterでつぶやく。しばらくはそれをやってみることにした。

当分は開店休業状態になりそうだったが、淳基は商店会のホームページやメニュー、ポスターなどの作成を引き受けていて、そこそこ忙しかった。まつりといえば、マイペースだったが。

 そういえばと思いついてまつりは、祖父の家を訪れた。

「どうした、この間のこと、気にしてたのか」

 祖父の達哉は優しく迎えてくれた。事情を話し、祖父がどのように拝み屋のお客を獲得していたか、教えてほしいと頼んだ。

「俺の場合は、ほとんど口コミってやつだな、後は同業の霊能力者からの紹介が多かったな、自分では祓い切れない件を回してもらってた。まあ、ほぼ霊能力がないのに、拝み屋やってる連中もいるから」

 自分には当てはまらないなとがっかりした。

「焦らないことだな」

 そうねと消沈するまつりが、そういえば北海道はどうだったかと話題を変えた。

昔祓いをやってやった人の親戚で二十歳の女性が、ここ五、六年外に出られず、食も細くて、病院で検査をしても原因が分からず、このままだと点滴して保つしかなくなると言われてしまったという。

達哉が霊視したところ、彼女の部屋に不浄の気が溜まっていて、それが原因と思われたので、祓ってきて、様子を見てくれと帰ってきた。昨日、かなり顔色も良くなり、食事もとれるようになったと連絡が来たとのことだった。

「よかったわね、おじいちゃん、また拝み屋やればいいのに、引退早くない?」

達哉が頼まれたらやるよと頷いた。幽世での両親の様子も伝えた。

一緒に夕食を食べに行こうと誘われ、近くの回らないお寿司屋でごちそうになった。落ち込んでいた気分が少し良くなった。現金なものである。


翌日、淳基がお昼前に郵便物を取りにいくと、DM系の他に、白い封筒で北海道からの手紙があった。まつりが、祖父への手紙かと思ったら、カクリヨ宅配便宛になっていた。

『カクリヨ宅配便様、当方、相葉といいまして、貴社の所長常盤木様のおじいさまにお世話になったものです。おじいさまから、貴社のお仕事をお聞きして、お願いしたいことがございまして、手紙をしました。当方の娘が先日出産したのですが、生まれてきた子は心臓に欠陥があり、生まれてすぐに亡くなってしまいました。娘はひどく嘆いておりまして、手作りしていたおくるみの仕上がりが間に合わず、棺桶に入れてやれなかったことを後悔しています。是非あの世の孫に届けていただきたいと存じます。手続き等ご案内お願いします』

 祖父からの紹介ということだ。手紙での案内は初めてだったが、パンフレットと料金表に案内状を添えて、送った。

 二日後の午後、まつりの携帯に電話が来た。

「お電話ありがとうございます、カクリヨ宅配便、常盤木でございます」

『わたし、お手紙した相葉です。資料、ありがとうございました。所長さんのおじいさまには大変お世話になっております』

「こちらこそ、祖父がお世話になっております。先日もお伺いした折、過分なおもてなしいだだいたと申しておりました」

 挨拶を交わした後、本題に入った。

『娘はあの世に届けられるなんてと信じていないのですが、わたしは信じております。一度別のおくるみを届けていだだき、確かに届けたという証拠を見せていただけたら、娘も信じると思うのですが』

「証拠でございますか……弊社では受取の受領のサインやメッセージをいただいてくるのでそれを証としていますが、赤ちゃんですとそれはできません。いかがいたしましょうか」

『手形を取ることはできますか、亡くなってからですが、手形を取っているのです。それと一致すれば娘も信じると思うのですが』

 手形か、墨とかで取るのかと、ネットで調べると、専用のキットがあり、透明の液で専用のシートに押し付けると手形が取れるというものがあった。

『おくるみも含めて係った費用を払いますので、まず、手形を取ってきてくれませんか』

 かしこまりましたと承り、費用を計算して、再度電話で伝えた。相葉さんはすぐに銀行振込してくれたので、まつりはネットで注文して、到着を待って向かうことにした。

 まつりが買ったところは割高だったようで、淳基がアムゾンならもっと安かったのにと文句を言った。

「いいじゃない、あちらが負担してくれるんだから」

 やはりお嬢様だ、金銭感覚がまったくなっていない。と淳基はいつものように頭を抱えた。

 届いたキットの他にウェットティッシュも用意して、向かうことになった。

 淳基が赤ちゃんはどういう過ごしているのか、聞いてきた。ホームページに載せれば、同じようにおくるみやら服やらを届けたいお客様がいるのではないかと考えたのだ。あまり人の不幸に付け入るような宣伝はしたくないのだが、もう少し、あと少し仕事がくればいいなというささやかな思いからだった。

「赤ちゃんたちは、同じ邑に送られて、死者の中で赤ちゃんの世話をしたいという女性たちに任せてるようよ。でも、お乳は出ないしオムツも濡れないから、むずかるのを抱っこしてあやすくらいしか世話もないみたいだけど」

 様子をよく見て来てほしいと頼んだ。

 夜中、闇のトンネルを抜けると、大鳥居は割合落ち着いた感じで、門番の双子も寄ってきて、話をした。

「赤子か、けっこう現世に戻すことが多いが」

 天利女は見当たらなかったが別の姥女たちが手押し車を押して大鳥居を通っていく。

 まつりも幽世の中に入り、人別庁の窓口で相葉さんのお孫さんの居場所を聞いた。赤子の邑『あ』の邑はすぐ近くだ。かと言って歩いていけるわけではない。幽世は広大かつ重層の世界で、無限に広がっているので地図上で近くに書かれていても人の足では到達しないところにあるのだ。

 『あ』の邑は何千何万という蒲鉾型の平屋が連なっていて、どこまでも続いている景色はさすがに不気味さもあった。一番手前の建物は社になっていて、白いスカートのような裳を着た姥女たちの長(おさ)がいて、まつりの応対をしてくれた。

「脇坂みおちゃんを探しています。このおくるみを着せて、手形を取りたいのですが」

 長(おさ)は、まつりの身分を知っていた。なので、無碍にはできなかったからか、親切丁寧だった。手元にある分厚い紙の束から一枚取り出し、指で何事か書くと、ぼおぉと文字が浮かび上がってきた。

「99556633番の子守屋におります。今案内させます」

 もう一度来ることになるので、その番号を配達伝票に書き留めた。案内の姥女に連れられて、社の隅にある板の上に乗った。ここから瞬間移動するようだった。

 すぐに別の板の上に現れた。ここが、99556633番の子守屋だろう。柱もなくただ広い空洞の中にたくさんの台が並んでいて、赤ちゃんたちが寝ていた。

「ここは生まれてすぐから5か月ほどの赤子がおります。這うような月齢だと別の子守屋になります」

 そちらは赤子がじっとしていないので、見つけるのが大変ですよと笑った。こちらですと台の間を抜けて行き、白い布に包まれた赤ちゃんのところにやってきた。台に没年月日と名前が刻まれている。

「戻り方わかります?」

 ええと答えると、案内の姥女は離れて行った。

「うわあぁあん」

 みおちゃんが少しぐずりだすと、別の赤ちゃんを抱いていた黄色いスカートの女性が抱こうとした。

「あの、この子の手形取りたいので、ちょっとあやすの、待ってくれます?」

 女性は不審げな眼でまつりを見た。

「なんで手形なんかとるんですか」

 事情を話すと、どうぞと言いながら、まつりが手形を取る様子を見ていた。

「うちの子、大きくなったかしら、もう……えっと、23年、24年だったかしら、私、子ども産んですぐ死んじゃったから」

 悲しいというより、無常さを感じているような口調だった。

「そうでしたか、きっと立派に成人してますよ」

 無責任かなとも思いながらもそう言うと、女性はうれしそうだった。手形キットで手形を取り、ウエットティッシュで液を拭きとって、持って来たおくるみで包んだ。他の子たちがほとんど木綿の布で包まっているだけなので、ピンクのおくるみは目立っていた。次回来るとき、いい目印になるなと思い、隅の移動板へ乗って、社に戻った。

 長の女性に近々また来る旨伝えて、大鳥居に戻り、双子に挨拶して帰ろうとすると、甲比売が寄って来た。まつりが思いついて尋ねた。

「そういえば、千波は見つかったの?」

 まだのようだと心配そうだった。

 忙しそうな乙彦には手を挙げて挨拶だけして現世に戻った。

 手形は写真を撮ってから、相葉さんへ送った。届いた頃、まつりに電話が掛かってきた。

『お世話になっております。遠方までご足労おかけしました。早速娘に見せたところ、孫の手形に間違いないと驚いて、是非おくるみを届けてほしいと希望しています』

 事務所の住所に送ってくれと言うと、今度は包まったところの写メを撮ってきてほしいと言い出しているという。

『亡くなった方は魂魄、魂だけなので、写真には写りませんよ』

 それでも、やってみてくれと言うので、無駄ですがと引き受けた。それを淳基に話すと、念写とかできないのかと聞いてきた。

「心霊写真みたいに?それこそインチキよ」

 一応撮ってみることにして、スマホを持っていくことにした。

 翌日の夜、いつものように闇のトンネルを通って、大鳥居の近くに出て、門番の双子にちょっと頭を下げて通り過ぎ、前に教えてもらった地図の『あ』の邑に向かった。『あ』の邑の鳥居は、手押し車に乗せられた赤ちゃんたちが泣いていて、にぎやかだった。

「機嫌悪いのかしら」

 手押し車を押している姥女に聞くと、邑に着くと、みなぐずるのだという。

「母恋しいのでしょう」

 姥女が泣いている赤ちゃんのひとりを抱き上げて、少し揺すると泣き声が小さくなっていった。

 社に長は不在だったが、代理の姥女には話が通っていて、すぐに移動の板を貸してくれた。99556633番の子守屋に着き、見渡すと、あのピンクのおくるみが見えた。側に寄って、おくるみを取り、持って来たお母さんお手製のおくるみに包んだ。淡いオレンジ色に花の刺繍が施された、キレイなおくるみだった。母の想いが籠っているそのおくるみに包まれて、みおちゃんは、おとなしくまつりを見つめていた。

みおちゃんをそっと台の上に置き、お尻ポケットからスマホを出して、写真を撮った。撮った写真を表示してみると、おくるみが丸まって、浮かんでいるように見えるだけだった。なんとか、写らないものかと、今度は写ってと念を込めながらボタンを押した。

 無理だった。

 他の子も撮ってみたが、白い布が映るだけだった。よく手形が取れたなと思った。

 取り換えたおくるみの方は、近くで白湯に綿を浸して、赤ちゃんの唇を濡らしてやっていた女性に上げた。

「くださるの?」

 とても喜んで、世話をしていた赤ちゃんを包んでやっていた。

 現世に戻って、翌日のお昼前に、相葉さんに電話した。

「やはり、写ったのは、おくるみだけで、みおちゃんは写りませんでした」

『それでもいいので、プリントして送ってください。』

 了解して、電話を切った。写真データを淳基のパソコンに送り、そこからプリントアウトして、相葉さん宛に送るよう、言いつけた。

 相葉さんは謝礼と言って、5万円も振り込んできた。まつりが返そうとしたので、淳基がお気持ちだからありがたく受け取りましょうよと泣いた。不満だったが、あまりに淳基が泣きべそかくので、受け取ることにして、お礼状と共におくるみの写っている写真を送った。

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