第14話 田崎様のお荷物②
夕方から小料理屋「こずえ」でバイトし、おかみにまた一週間ほど休むと伝えて、自宅に帰り、禊をして、制服を着た。気持ちが引き締まる。今回のお仕事もきっと受取人様、喜んでくれるだろうと胸を躍らせた。
闇のトンネルを抜けて大鳥居に着くと、乙彦が手招いた。
「どうしたの、乙彦」
まつりがなにか周りがざわついているのに気が付いた。乙彦が大鳥居に入っていく老人を指さした。
「ほら、なんとかいう現世では有名な人らしい。まつり、知ってるか」
見ると、有名な俳優だった。
「ああ、よくテレビに出てた俳優さんだわ、亡くなったのね」
多くの死者たちが、その俳優に群がっていて、人別庁の係官たちが列に並べようとしていたが、なかなか言うことを聞いてくれないようだった。
「たまにある、有名な歌手とか作家、スポーツ選手とかには群がる」
政治家とかはあまり人気がないらしい。
「そうなのね、なんかわかる気がするわ」
甲比売も寄って来た。
「まつり、八咫烏の千波、知らないか」
先日嫌味を言われた時のことを話したが、後は知らないと言った。
「姿が見えないらしい、どこにいったのかと百陽が心配していてな」
何度もこのあたりまで見に来ているとのことだった。
「もし、見かけたら、大社に戻るよう言ってやってくれ」
まつりが首を振った。
「あいつはわたしの言うことなんか、聞かないわよ」
まあ、一応なと甲比売が肩をすくめた。
人別庁の窓口でいつもの女性にも嫌味を言われながら、なんとか聞き出し、地図を指示してもらった。
「いつもありがとう、助かるわ」
いつもより気持ちを込めて、感謝を述べてみた。すると、担当の女性がバツが悪そうな顔を伏せた。
「いえ、比売命様も、お仕事大変ですね、現世と幽世の往復で」
まつりは、苦労もあるけど楽しくもあるのよと笑った。
由香里さんは『き-532』の邑に住まいしていた。もう迷わず、まとめ役の家を訪ね、由香里さんの家を尋ねると、隣の家と即答した。
「おととし来たんだ、別の家にいたが、すぐに隣の家に越してきた」
引っ越しが許されるのか。どうも、同居人とうまくいかないこともあり、邑の中なら引っ越しもできるのだという。なんだか、亡くなってからも、人間関係で悩むとは。死んで楽になるわけじゃないなんて、世知辛いなと思うのだった。
すぐに隣の家の戸を叩く。
「はい?」
若い女性の声がして、戸が開いた。二十代後半かと思われる年頃の女性だ。もしかしたら、この女性が由香里さんかとお辞儀した。
「こちらに和泉由香里様いらっしゃいますか、わたくし、カクリヨ宅配便の所長常盤木と申します」
女性が首を傾げた。
「はい、私が和泉ですが……宅配便って……」
戸惑うのも無理はない、まつりが荷物を差し出して説明した。
「わたくし共カクリヨ宅配便は現世でご依頼いただいた荷物を幽世におられる方へお届けするサービスです。田崎千絵様よりお預かりした荷物です。どうか、お受け取りください」
「田崎?千絵は飯田のはずだけど……」
そう言いながらも、荷物を受け取り、中身を見た。
「こ、これ!?」
驚きながらも、眼を潤ませている。
「もしかして、完結したの?!」
書籍に付いている帯には、堂々の完結と大きな字で書いてある。
「はい、先日発売されたとのことです。どうしても、和泉様に見せたいと当社のサービスをご利用になったのです」
由香里さんがわなわなと震えながらもページをめくる。じっくりと眺め、読み、頷いた。
「ああ、黎矢、絢世、幸せになったのね」
亡くなっているので涙は出ない。でも泣いているような顔で、本を抱き締め、まつりを見た。
「ありがとう、ほんとに読めるなんて思わなかった、ほんとにありがとう」
そう言って、まつりの手を握った。まつりがその手を握り返してから、胸ポケットから小さな下じきとボールペンを出して、受領書を見せた。
「お喜びいだだけて、当方としましても、大変うれしく思います。恐れ入ります、こちらにご受領のサインを頂けますでしょうか」
由香里さんが本を小脇にして、サインをしようとした。が、一瞬手が止まった。
「そういえば、田崎…って」
配達伝票にも田崎千絵とある。おそらくはとまつりが
「ご結婚されたのではと、7か月のお子様を連れておられましたから」
由香里さんが目を見開いて伝票を食い入るように見た。睨みつけているように思えた。
「和泉様……?」
急に由香里さんがわあーっと泣き出した。
「どうされましたか?」
まつりがおろおろと由香里さんの周りを巡るようにして泣き伏す顔を覗き込んだ。
「ひどい!ひどいわよ、ふたりで喪女同士、一生独身でいようねって誓い合ったのに!」
そんな誓いを立てていたとは。女の友情というものが脆くも崩れ去ったと思ったのだろう。
慰める言葉もなく、まつりは立ち尽くしてしまった。受領のサインはもらえないようだった。涙は出ないが、ひとしきり泣いた後、由香里さんがぽつりと漏らした。
「わたしたち、一緒に住んでたの、きっと年取ってもこのままずっとBL楽しみながら、ふたりで仲良く暮らしていくんだって思ってて、でも、自分が病気になって」
死んでしまった。千絵をひとりにしてしまって、すごく心配だった。
「でも、余計なお世話だったのね、わたしのことなんか忘れてさっさと結婚しちゃうなんて」
ひどく悔しそうだった。まつりが聞き咎めた。
「田崎様は……和泉様のこと、忘れたりしていませんよ。忘れていたら、その本を届けてほしいなんて、頼んだりしないと思いますよ」
由香里さんが顔を上げた。驚いたような顔でまつりを見つめた。
「きっと、和泉様のこと、今でも大切なお友達だと思っておられますよ」
由香里さんが小脇に抱えた本を手にして、しげしげと眺めた。やがて、寂しげだが微笑んでため息をついた。
「そうよねぇ、あっちは生きてるんですもの、変わっていくんですものね……」
改めてまつりに尋ねた。
「子ども、かわいかった?千絵に似てたかしら?」
「はい、男のお子様で、元気に泣いてました。田崎様に似てました」
よかったとほっとしたようで、まつりが手に持ったままだった受領書を下敷きごと受け取った。受領のサインをして、お幸せに!と書き添えていた。友情は壊れずにすんだようだし、受領のサインももらえたし、まつりもほっとした。
その時、奥からいわゆる戦国時代のお小姓の姿の男性が出てきた。
「由香里殿、どうされましたか」
由香里さんがぱあと顔を明るくして、手の中の本を見せようとした。
えっ、それを見せるの!?
とまつりが驚いていると、由香里さんはうれしそうにお小姓さんに表紙を示した。
「蘭丸さん、これがBLですよ、いつもお話している男同士の愛の物語です!」
ら、蘭丸さん!?まさか。
「おお、これが、由香里殿の申しておられたびぃーえるですか、なるほど、麗しい殿方同士ですね」
蘭丸さんも気に入ったようで、ふたりで盛り上がっている。なんだかんだ、由香里さんもこちらで楽しく過ごしているようなので、よかったと、そっと戸を閉めて、帰ることにした。
すると、そこに髷を結った、たぶん江戸時代あたりの男性がやってきて、まつりに軽く会釈をして、戸を開けて入っていった。中から歓声が上がる。
「これがびぃーえる春画!?素敵ですぅ!」
「待って、待って、上がって、ゆっくり見ましょうよ!」
髷の男性もその手の方だったようで、由香里さんはリアルBLな方々の処に引っ越してきたのだろう。まつりは、お幸せに!とつぶやいて、大鳥居まで瞬間移動した。
乙彦と甲比売と『お仕事』の話をしていると、八咫烏の百陽が飛んできた。
「まつり、まつり、千波、見てないか、いない、どこにも」
とても心配している。
「見てないわ、どうしたのかしら」
百陽がかぁぁと悲し気に鳴いている。いつも一緒に大社の鳥居に止まっているのに、一羽でどこかに行くということがあるのだろうか。
「心配だけど、そろそろ現世に帰るわ」
ふたりに気を付けてと言われて、闇のトンネルに入り、抜け出て現世に戻ってきた。幽世に向かってから三日目だった。
一晩明けて、事務所に行くと、淳基が驚いていた。
「一週間かからなかったんですね」
順調だったわと受領書をデスクに置き、田崎さんへメッセージを送った。
すぐに返信が来て、明日お昼頃に取りに行くとのことだった。交通費が助かったと淳基が喜んだ。
まつりは、夕方バイトの支度をして家を出た。いつものように近所の商店会を店のおじさんおばさんたちと談笑して通りすぎ、小さな橋に差し掛かったときだった。周りの電線や家の屋根に沢山のカラスが止まっていて、まつりを見ていたが、急にバサバサバサッと羽音がして、一斉に襲い掛かってきた。
「きゃあー!?」
鋭いくちばしで頭を突き、爪で顔や着物を引っかくように群がってくる。
「やめて!いたっつ!」
腕を振り回して散らそうとするが、まったく効果がない。一羽のカラスのくちばしが額を突き、血が流れてきた。
「いやぁ!」
その時、カラスのバサバサという羽の音に混じって、ゴンとなにかがカラスたちを叩いている音がした。カラスたちがガァガァと激しく鳴いて、さらに群がってきた。
「くそぉ!なんなんだ、これは!?」
襲われているまつりに覆いかぶさるようにして、カラスを蹴散らそうとしている。拳でカラスたちをゴンゴン叩いて追い払っていく。
ようやくカラスたちが退散した。まつりは額と頭を突かれて、痛みとショックでぐったりとしていた。
「おい、拝み屋!しっかりしろ!大丈夫か?!」
抱き起された。誰かと見て、思わず突き飛ばしていた。
「しゅ、秀念、なにすんのよ、離して!」
秀念が不愉快な眼でまつりを睨んだ。
「助けてやったのに、それはないだろ」
ただ、怒ってはいず、法衣の懐から、手ぬぐいを出して、まつりの額に当てた。
「ちょっと、余計なことしないで!」
手を払いのけようとしたが、その腕を掴まれた。秀念がひょいと両手でまつりを抱き上げて、ずんずん歩いていく。驚いたまつりが真っ赤になって嫌がった。
「降ろして!」
秀念がかまわず抱き上げたまま、近くの診療所に入っていった。
「治療したほうがいい」
そう言って、まつりを待合室のソファの上に降ろすと、顔見知りの看護師に声を掛けた。
「頭と額をカラスに突かれたんです、治療お願いします」
看護師がまつりを診察室に連れていき、先生に手当をしてもらった。まつりが手当を終えて待合室に出ていくと、秀念はまだ待っていた。
「もう大丈夫よ、これからバイトだから、帰って」
まつりが気丈に言うのを秀念が遮った。
「今日は休んだほうがいい、もう家に帰れ、送っていく」
差し出された手を叩きはらった。そこまでされては秀念も手を引き込めて出て行った。ああは言ったものの、着物も引っかかれて破れたところもあり、アップにした髪も乱れている。一度家に帰らなければと診療所を後にした。
帰り道、やはり心細くて、まだカラスがいるのではないかと恐る恐る空を見上げながら、事務所と自宅のあるビルに戻った。後ろからそっと秀念が見守っていたことには気づかなかった。
次の日の昼、田崎さんがひとりで来社してきた。お子様はと尋ねると、ご主人が見ているとのことで、育児にも協力的ないいご主人なのだなということが見て取れた。
「こちらが受領書でございます」
テーブルの上に広げて置くと、田崎さんは穴が開くかと思うほど見つめていた。
「ほんとうだったんですね……あの世の由香里に届けたっていうのは」
筆跡で信じたようだった。恐らく半信半疑、いや、信じていなかったのだろう。無理もないことだが。
「お荷物のことは大変お喜びになっていましたよ」
そうですかという返事が返ってきたが、暗い感じだった。
「由香里、わたしが結婚したこと、わかりました?」
はいと応えると
「由香里、なにか、言ってましたか」
まつりは余計なことは言わず、受領書に書かれた一言を示した。
「このように」
田崎さんの目からぽとりと涙が落ちた。
「そうですか、よかった……」
誓いを破って結婚したことを後ろめたく思っていたのだろう。肩の荷が下りたような、すっきりした表情になった。受領書を受け取って、淳基が出したミルクを美味しそうに飲んだ。
「あの、また、新刊が出たら、お願いしてもいいですか」
もちろんとまつりが応え、田崎さんは帰っていった。
「リピーター獲得ですね!?」
淳基が小躍りしそうなくらい喜んでいた。
田崎さんはすぐにレビューを書いてくれた。
《驚きました、本当にあるんですね、あの世に届けるなんてことが。亡くなった友人も喜んだとのこと。またお願いしたいと思います》
星5つ。★★★★★
やったー!淳基と手を取り合って喜んだ。これで、評価は星3.5になる。五つ星になるよう、頑張りましょうとふたりで励まし合った。
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