第12話 嶋田様のお荷物④

 女性が頷いた。まつりは初めて歴史上の人物に出会った。たぶん、織田信長や伊達政宗、天智天皇、曽我馬子、伊藤博文、土方歳三とかもどこかの邑にいるのだろう。

「大丈夫ですよ、大人気です、ちゃんと読まれていますよ」

 紫式部さんはとても喜んだ。

 紫式部さんに見送られて、まとめ役の家を出て、邑の外れの川を目指して瞬間移動した。

「あとっと!」

 出たところは、川の縁でもう少しで川に落ちるところだった。何とか踏みとどまり、戸を叩く。

「誰だ」

 中から二十代だろう年頃の男性が出てきた。明治時代とかにいた書生の恰好だ。

「わたくし、カクリヨ宅配便の常盤木と申します。こちらに嶋田利平様おられますでしょうか」

 書生さんはああと応えて、奥に声を掛けた。

「嶋田さん、あんたにお客だ」

 七、八十代くらいの老人が出てきた。

「わしに客?」

 嶋田さんは貫頭衣を着ていた。恐らく病院で亡くなって術衣などで来たのだろう。まつりは深々と頭を下げた。

「嶋田様ですね?わたくし、カクリヨ宅配便の常盤木と申します。現世より、ご家族にご依頼されまして、お荷物お届けに参りました。どうぞ、お受け取りください!」

 手にしていた和菓子屋「あさつき」の袋を両手で差し出した。嶋田さんは驚いた顔で袋を見ていたが、荷札の依頼主を見て、不愉快そうに目を細めた。

「真一たちから頼まれたのか」

 はいと返事して、袋から菓子箱を出し、メッセージカードを見せた。

「こちらがご家族からのメッセージカードです。ご確認ください」

 嶋田さんはカードを受け取り、読んでいたが、突っ返してきた。

「金庫の暗証番号を教えろって、開けたければ鍵屋にでも頼めばいいのに。どうしておまえさんに?」

 さあと首を傾げたまつりがはっと気づいた。

「たぶん……鍵屋さんに頼むより安い……からかも……」

 はあと嶋田さんがため息をついた。

「長男夫婦も孫もごうつくばりでな、わしが生きている頃から、やれ生前贈与しろ、家の名義を寄越せと散々だった、悪いが教える気はない、これも持って帰ってくれ」

 また受取拒否かとがっくりきたが、諦めるわけにはいかない。

「そんなこと、おっしゃらずに、普通なら幽世への宅配なんて信じないところを、是非届けてほしいとご依頼されたのですから、お気持ちをお受け取りいだだけませんでしょうか」

 だが、嶋田さんは頑固に首を振って、戸を閉めてしまった。

 途方に暮れた。川の傍の木の下に座って、どうしようと考えた。もしかして、明日になれば気が変わるかも。そう考えて、木の下で夜を過ごした。

幽世には昼と夜の区別はあるが、寒くもなく暑くもなく、過ごしやすくはある。だが、一晩外でうたた寝程度で過すのはやはりきつい。朝になって、もう一度訪ねたが、もう出て来てくれなかった。

「諦めたら?嶋田さん、頑固だと思う」

 まだ待っているまつりに書生風が話しかけてきた。まつりがぐったりしながらも、諦めなかった。

「いえ、仕事を全うしなければ、料金だっていただいているんですから」

 真面目なんだなと苦笑していた。まつりのお腹がぐううぅと鳴った。書生風に聞かれてしまい、恥ずかしくて下を向いた。昨日の朝食以来食べていない。

「腹減ったのか」

 何か食べるかと聞かれて、辞退した。現身の身で幽世の食べ物を食べたら、もう戻れなくなると言われている。水もダメだ。ちなみに、前回の反省を踏まえて、水筒は持って来たので、喉は潤っていた。

 ちょっと待ってろと言われて、待っていると、書生風が嶋田さんを連れてきた。

「あんたの気持ちが変わるのを一晩待ってたんだ、この子は仕事で運んで来たんだろ?仕事させてやってくれよ」

 ああ、この書生さんも前回の吉村さんと同じくお助けキャラだ。嶋田さんもバツが悪そうな顔をしていたが、手を出してきた。

「連中には辟易しているが、あんたに恨みはない、受け取るよ」

 そう言って、袋の中身を受け取り、受領書にサインをした。その下に6桁の数字を書いた。

「ありがとうございます!」

何度も言って、何度も頭を下げた。嶋田さんも苦笑していた。書生風が、荷物の中身が饅頭と気づいた。

「この子、腹減ってるんだ、その饅頭、やってくれ」

 嶋田さんが箱を開けて、饅頭を呉れた。とても美味しかった。少し涙が出た。

 改めてお礼を言い、去ろうとしたとき、嶋田さんが

「届けてくれてありがとう、連中が相変わらずの様子で、なんか、ほっとした」

 と笑った。やはりごうつくばりな家族でも心配なのだ。

 こちらこそとまた頭を下げて、瞬間移動して姿を消した。


 一気に大鳥居までやってきて、双子の門番に今日は話す暇なくてごめんと謝って、急いで闇のトンネルの中へ入った。

 現世に帰ってきて、カレンダーを見た。

「やっぱり、一晩過ごすと一週間経ってる」

 また淳基に文句言われるなと思いながらも、胸元の受領書を押さえて、配完できてよかったと胸を撫でおろした。

 シャワーを浴びて、2階の事務所に行くと、もう午後だったので淳基はバイトに行った後だった。まつりのデスクの上に淳基のメモが置いてあった。

《所長へ 嶋田様より、一週間経っても受領書が届かなかったら、TOKUURIに不履行で違反報告するという連絡がありました。なんとかしてください。 淳基》

 まずい!違反報告されたら、アカウント停止になり、利用できなくなる。今のところ、一番反応がいい媒体だ。失うわけにはいかない。

 急いで、嶋田さん(息子の方)に電話を掛けた。長いコールの後やっと繋がった。

『はい』

『嶋田様の携帯でよろしいでしょうか、わたくし、カクリヨ宅配便の所長常盤木でございます』

『ああ、あんたか、どうだった、暗証番号は』

 受領書に書かれているので、お渡ししたいというと、夜7時頃、家に来てくれというので訪問の約束をした。なんとか違反報告は免れたようだ。

 嶋田さんの家は1時間ほど電車に揺られ、バスを乗り継いだ先にあった。なかなかの門構えの一軒家で、白いセダンとワゴンが停まっていた。インターフォンを押すと、すぐに返事があって、玄関扉が開いた。

 息子さんと奥さん、ふたりの子どもも待っていた。息子さんが手を出した。

「早く見せてくれ」

 バッグから受領書を出して、広げようとすると、息子さんがむしり取るように奪った。

「オヤジの字だ」

 全員、呆然と見ていたが、子どもの方が先に我に返った。

「早く金庫開けよう」

 そうだと全員奥へバタバタと行ってしまった。ひとり玄関で立ちすくんでいると、奥から悲鳴のような叫び声がした。

「なんだ、これは、空っぽじゃないか!」

「ちょっと、全部寄付したって書いてある!」

 わあわあ喚いているのを聞いて、嶋田様やるなあと思いながら嶋田家を後にした。

 レビューはあきらめた。

 自宅に帰る前に小料理屋「こずえ」に寄って、ご飯を食べさせてもらった。

「ごめんね、いっつも一週間も休んでしまって」

 おかみが笑った。

「いいのよ、あっちって時間が掛かるんでしょ、仕方ないわよ」

 優しいおかみの優しい味の雑炊を啜った。

「今日はあいつ、来ないのかしら」

 その方がいいがと格子戸を見た。

「この一週間、毎日来ては、今日はいないのかって聞いてきたわよ、昨日なんか、ちょっと心配そうだったし」

「心配なんかするはずないわよ、きっとまたお布施やお歳暮の自慢したいのにいないから残念だったんじゃないの」

 心配なんかされたくないと雑炊を食べ切ると、今日は帰ると店を出た。すると大きな身体にぶつかった。

「きゃっ!」

 抱きとめられるような恰好になって、見上げると、秀念だった。

「な、なによ!なにするのよ!」

 振りほどいて平手打ちした。スパーンと決まった。秀念が頭から湯気が出そうなくらい怒った。

「なんだよ、そっちが飛び出して来たんだろ?!ひっぱたくなんてひでぇ!」

 秀念も手を挙げようとした。腕で防ごうとしたが、急に秀念が手を引っ込めた。もう怒っていなかった。

「女なんか叩いたら、男が廃る」

 眼を細めて、まつりを見つめてきた。

「一週間も……どこ行ってたんだ、おかみも知らないって言うし、前も一週間居なかったことあったし」

 確かに心配そうだった。余計なお世話だ。

「どこって仕事よ、幽世に配達に行ってたのよ、あんたは信じないだろうけど」

 秀念がまつりの腕を掴んだ。

「どうして、そこまで嘘付くんだ、あの世なんて行けるわけないのに」

 まつりが腕を振り払った。

「だから、あんたが信じないのは勝手だけど、本当のことだから、嘘じゃないから!」

 そう言って、走り去った。

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