第11話 嶋田様のお荷物③
いつもの作務衣ではなく、仏事の時に着る法衣だった。手には数珠も持っている。秀念が懐から袱紗を出して、中ののし袋を見せた。
「檀家さんとこに読経に行った帰りなんだ、見ろよ、五万も包んでくれたんだぞ」
自慢げに袋を開いて万札を扇のように広げて見せてきた。
「すげー、ちょっとお経上げて、五万かよ、やっぱ、丸儲けか?」
同級生のひとりがすげーを連発している。秀念の自慢は続く。
「おとといは会社の社長さんの葬儀で、五十万包んでくれたし、これからはお歳暮とかわんさか来るんだ」
「なによ、ぼったくり坊主!人の足元見て、要求してるんでしょ!」
「要求なんかしなくても、あっちからどうぞと寄越すんだ。ぼったくりじゃねぇ、このインチキ拝み屋が、そのうち詐欺で訴えられるぞ!」
「インチキじゃないし、訴えられないし!」
智美がそこまでと中に入って、まつりを秀念から一番離れた席に連れて行った。そこでは智美が幹事なので会費の徴収をしていた卓だった。まつりも三千円の会費を支払い、智美の隣に座る。智美が少し呆れた様子でまつりを覗き込んだ。
「相変わらず、蒔田君とは仲悪いのね」
蒔田とは秀念の苗字だ。
「仲良くなる要素ないもの、いつもヒトのこと、インチキ扱いして」
智美も内心はあの世に配達に行くということができると思っていない。ただ、まつりはすごく勘が良くて、占いや失せモノ探しは抜群の的中率だった。中学の頃、祖母に買ってもらったブローチを失くし、どうしても見つからなかったのを、まつりが見つけてくれたのだ。占いも不思議なほど当たる。だから、妙な宅配便などやらずに、占い師として商売すれば、儲かると思っていた。
開会の時間になり、智美がグラスを持って、乾杯の音頭を取った。
「お疲れさま!久しぶりの同窓会、楽しみましょう、かんばーい!」
「乾杯!」
ビュッフェスタイルにしてもらったので、好きな料理を皿に取って、話したい面子と卓を囲んで談笑できた。まつりは卒業以来会っていなかった陽子に会えて、喜んだ。
「ほんと、卒業以来ね、高校別だったし、近所でも会わなかったし」
陽子は少し疲れたような様子だった。
「ええ、大学地方でそのまま就職したから、こっちに帰ってきたの、久しぶりよ」
どうも就職先での人間関係に悩みがあるようだった。
「会社辞めて、こっちに帰ってこようかなとも思ってて。どうかしら、うまくいくかしら」
まつりに占ってほしいというのだ。まつりは困ってしまった。中学の頃、同級生たちに、恋占いや星占いみたいなことをやってみせてとせがまれて、ついやってしまっていたが、本当はあまりやりたくないのだ。だいたい恋が叶うかどうかなど自力でなんとかしてというのが本音だった。まして、ラッキーカラーやグッズなんて本人が気に入ってるのでいいじゃないかと思う。
「こちらも今就職難だから、どうかな、陽子の努力次第としか言えないわ、ごめんね」
陽子は怒ったようすもなく、そうよねぇとワインを呷るように飲んだ。
「はあ、誰かに永久就職しちゃおうかな」
智美が陽子のワイングラスにワインを注いだ。
「今は結婚しても共働きよ、永久就職なんて死語、死語」
やっぱり、そうよねぇと陽子はため息をついた。
後から参加してきた数人の中でまつりたちの卓に寄って来た男子がいた。
「やあ、常盤木さん、久しぶり、キレイになったね」
中学の時、カッコよくて優しいと、女子で人気だったテニス部のキャプテン坂上だった。
「坂上君、久しぶり、今は?どこで働いてるの」
目を輝かせて陽子が話しかけると、坂上は、それには答えず、まつりのグラスにワインを注いで、見つめてきた。
「どう?あっちでふたりで話さない?」
まつりが意味がわからないふうに笑った。
「ここで話せばいいじゃない、移動するの面倒」
素っ気なくされて、坂上がじゃあここでと話し出した。
「蒔田から聞いたけど、インチキな商売やってるんだって?もしお金に困ってるなら、僕のところに来ない?不自由はさせないよ」
陽子がはっと青ざめ、智美が頭を抱えた。
「坂上君、なにか会社とかやってるの?」
まつりが仕事の斡旋かと、少し酔い加減で尋ねると、坂上は首を振った。
「そうじゃなくて……わからないかな、中学の時から言ってるじゃないか、君のことが好きだって」
まつりが笑い出した。
「もしかして、さっきのプロポーズ?ここで?交際もしてないのに?ありえなーい」
何故か遠くから秀念がダッシュしてやってきて、坂上の首を抱えて、引きずるように連れて行こうとした。
「なにするんだ、放せ!」
坂上が抵抗するが、秀念の方が力が強くてただ引きずられていく。
「おまえと飲みたい、こっち来い」
抵抗むなしく、秀念に引きずられて男子の卓に連れていかれた。
あっけにとられていたが、なんか助けてもらったような気がして、不愉快だった。
「余計なお世話よ」
ぽつっと言うと、陽子が聞き咎めた。
「何?」
何でもないと言って、飲みなおそうと盛り上げた。秀念に押さえられた坂上が再びやってくることはなかった。
一次会がお開きになり、解散して二次会に行くメンバーもいた。まつりも智美や陽子ともう少し話したくて、カラオケ屋に行き、歌いながら、楽しく歓談した。送っていくとしつこい坂上を秀念が姉ちゃんのいる店に連れてってやると引きずって行った。なんか、また助けられたようで、悔しかったが、ちょっとだけ感謝した。
家に戻ったときは夜中だった。仕事は明日にしようとシャワーだけ浴びて、ベッドに潜った。
翌朝、起きた時は9時を回っていたが、ゆっくりと朝食のパンをかじり、ココアを飲んで、しゃっきりして、禊をし、制服を着た。
「さあ、お仕事よ、頑張りましょう」
そして、いつものように闇のトンネルを抜けて、大鳥居の前に出た。なんか、とても混雑している。いつもより死者の数が多かった。門番の甲比売が近づいてきた。
「まつり、今日は特異日のようだ、死者が多い」
特異日とは、気の流れが良くない方向に集中して、事故や急病で亡くなる人が多くなる日のことだった。みな、自分の状況がわからないまま、ふらふらと大鳥居の中に入っていく。そこに長い黒髪を大きな髷にして、白い貫頭衣を着た女性が大きな手押し車を押してやって来た。
「天利女、赤子か、明滅はいるか」
明滅とは生死の境を彷徨って、魂魄が薄くなったり濃くなったりすることだ。手押し車の中を見ると、生まれたばかりや這い這いをし出した月齢の赤ん坊が何人も乗っていた。
「いえ、いません、特異日は赤子も多いです」
天利女と呼ばれた女性は、赤ん坊の入っている手押し車を押して、大鳥居に入って行った。歩けない赤ん坊は現世と幽世を結ぶ道-夜見乃道(よみのみち)の入り口で留まって、天利女をはじめとする乳呑児の世話をする姥女たちによって、手押し車に載せられ、大鳥居を通って幽世に入る。乳吞児たちは、同じ邑に送られて、死者の中で乳呑児の世話をしたいという女性たちに任せている。もっとも乳は出ないので白湯を綿で含ませたり、オムツも濡れないのでなんとなくむずかったりしたらあやしたりするくらいしかないのだが、それでも世話をしたいという女性は多かった。
まつりがまだ生まれたばかりで亡くなってしまった子らを悲しそうに見ていたが、甲比売に手を振って、大鳥居に入って行った。
窓口はいつもの女性だった。おじいちゃんがよかったと内心思ったが、またですかと言われながら、頼んだ。『つ-66』と言われ、地図を見て、確認した。
「確かにここ、『つ-66』でしょうね、この間、間違ってたし」
すると女性は不愉快そうに返してきた。
「間違ってはおりません」
「いや、間違ってたの、そもそも邑自体違ってたの」
水掛け論である。途中でまつりがもういいと遮って、外に出た。瞬間移動したところは確かに『つ-66』だった。まとめ役の家は、鳥居の近くにあると、若日子に教えてもらった。もっと早く聞けばよかった。一番近くの家に向かい、戸を叩く。何度か叩くと、ようやく子どもが出てきた。スモックを着た幼稚園や保育園に行っているような子どもだった。
「こんにちは、まとめ役の方、いるかしら」
子どもはすぐに中に入っていいって、重厚な十二単を着た女性を連れてきた。
「あの、邑のまとめ役の方ですか」
女性は頷いて何事かと聞いてきた。
「わたくし、現世の方から頼まれた荷物をこの邑にいる嶋田様という方に届けにきたのですが」
女性は手にした扇で口元を覆ってまちゃれと言って、中に戻って、紙の束を持ってきた。
「ええと、嶋田、先日来たばかりの方?嶋田利平殿なら、邑の外れの川の傍の家におりまする」
紙に書かれた地図を見せてきた。小さな字で嶋田利平、その他に四人ばかりの名前が書かれている。
礼を言って立ち去ろうとすると、まとめ役の女性が、尋ねてきた。
「現世で吾の物語は読まれておるじゃろか」
どんな物語かと聞くと
「光る源氏の君の物語りじゃ、源氏物語と言われておるようじゃ」
来る死者ごとに尋ねるも、みな、よくわからないと答えるのだという。
「もしかして、紫式部さん?」
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