第10話 嶋田様のお荷物②

「やすっ!降霊術のヒト、三十万だって言ってたけど、こっち、5000円?」

 どうやらどこぞの降霊術師にも依頼しに行って来て、金額で折り合わなかったようだ。二桁も違う。やっぱり安すぎと淳基が値上げを決意した。なんとか説得しよう。

「いいじゃん、頼めば。どうせ嘘だろうけどさ」

 若い男が空になったカップを側に立っていた淳基に見せた。お替り寄越せというのだろう。淳基は内心ムカッとしたが、黙ってカップに注いだ。

「嘘ではございません。実績もございます」

 金森さんと小松さんの例を示した。四人とも覗き込み、年配の男が話出した。

「まあ、嘘か本当か、頼んでみればわかるし、お願いしようか」

 隣の年配の女も頷いて、写真を出してきた。高齢の男性の写真だった。男性が指し示しながら

「わたしの父なんだが、先日脳溢血で急死してしまって……通帳とかカードとか現金とかの貴重品の入った金庫の暗証番号がわからず、困っている」

 要するにその暗証番号を聞いてきてくれというのだ。まつりが困った顔でお断りした。

「恐れ入りますが、当社はお心残りの品物をお届けするサービスです。なにかをお尋ねしてくるということには対応しておりません」

 淳基が惜しいなぁ、メッセージカードのオプション勧めればいいじゃないかと思っていると、まつりはちゃんとわかっていた。

「しかしながら、なにかお荷物をお届けする際にこちらのオプションでメッセージカードをお付けすることができます。そちらにご事情を書かれてはいかがでしょうか」

「なんでもいいのかね、運ぶものは。菓子とかでも」

「あちらで、召し上がることはできませんが、お気持ちということでお渡しはできます」

 年配の女性が隣の男に耳打ちして、ちょっと席を外しますと出て行った。

 若い男が席を立ち、事務所の中をじろじろと見て回り始めた。急にまつりの横に腰かけてきて、身体をくっつけてきた。

「な、なんでしょう?!」

 まつりが慌てて離れると、若い男はにやっと笑って、パンフレットを手にした。

「こんなさぁ、インチキな商売してないで、キャバとかのほうが稼げるぜ、あんた、けっこうイケてるし」

「インチキではございません。確かに幽世、あの世にお届けしております!」

 強調してから、腰をずらした。若い女が呆れた。

「公康、やめなさいよ、あんた、悪い癖よ」

 公康は不機嫌そうに立ち上がり、元の椅子に戻った。

「あーあ、めんどくせー、どうして俺まで来なきゃならないんだよ」

 若い女が肩をすくめた。

「最初にあんたがここを見つけたんだから、責任あるわよ」

 どうにもいたたまれない沈黙の中、まつりが尋ねた。

「あの、奥様?はどちらに」

 年配の男が懐からタバコを出してきた。

「灰皿ないかい」

 若い男もタバコを出した。まつりがにこやかなまま、ぴしゃりと言った。

「当社は禁煙でございます!」

 そうして壁に掛かっている、けっこう大きな禁煙マークを指し示した。ちっと舌打ちして、ふたりがタバコを引っ込めた。納得してくれてよかったとやりとりと見ていた淳基が思った。

「うちのが、今じぃさんが好きだった饅頭買いに行ってるから、ちょっと待ってくれ」

 その饅頭を運ぶついでに、メッセージカードを渡せということなのだろう。やがて、奥さんが戻ってきた。手には近くの和菓子屋「あさつき」さんの袋を持っていた。美味しいと評判のお店である。チョコレートではないが、まつりも小さい頃からよく食べていたので、味は保証できる。その袋をテーブルの上に置いた。

「これ、持って行ってくれ、メッセージカード書くから」

 ではまず、配達伝票にご記入をと差し出した。旦那さんが書き始め、奥さんと子どもたちがしゃべり始めた。

「金庫ん中、いくらくらい入ってるんだろうな、一千万とか、一億とか、じぃちゃんケチだったから、そうとう溜め込んでるよな」

「そうね、そのくらいあるといいけど」

 奥さんが言うと、若い女も同調した。

「もっとあるんじゃない?開いたら、百万くらいくれない?顎削る手術したい」

「あ、姉ちゃんずるい、俺にもくれよ、車買いたい」

 はいはいと奥さんが返事をすると、旦那さんが聞き咎めた。

「勝手に決めるんじゃない、管理は相続する俺がする」

 無駄使いさせないと怒っている。子どもたちふたりがぶうぶう文句を言っている。

 伝票を書き終えた旦那さんがまつりに寄越した。

「嶋田様……でらしゃいますね、では、こちらのメッセージカードをどうぞ」

 嶋田さんがメッセージカードに書いている間に、袋の大きさを計り、Mサイズとオプションの合計金額を書き込んだ。6500円と書いて見せると、姉の方が、ちょっと文句を言ってきた。

「5000円じゃないの」

 サイズにより料金が異なり、オプションもついて、この金額と説明した。

「それでも安いわ、ほんと、助かったわ」

 奥さんの方は大喜びである。嶋田さんがメッセージカードを書き終えて、まつりに渡し、お金を置こうとした。まつりができたらTOKUURIから入金してほしいと頼んだ。

「手数料はこちら負担しますので、終了後、レビューをお願いいたします」

 息子の公康がいいよと気軽く返事をして、早速スマホで入金してくれた。父親からお金を受け取って、懐の財布に入れていた。

「じゃあ、よろしく頼んだよ」

 嶋田さんが軽く首を折った。

「かしこまりました。遠方のため、一週間ほどお時間いただきますが必ずお届けいたします」

 ありがとうございましたとまつりと淳基が揃って、お辞儀してお見送りした。

 四人が帰った後、淳基がカップを片付け、まつりがパンフレットや料金表と片付けた。

「ちゃんとした仕事でよかったわ、お役に立てそうだし」

 喜んでいるまつりに、淳基は霊感などないが嫌な予感しかしないと感じていた。果たして金庫の暗証番号などすんなりと教えてくれるのだろうか。突然の死だからそういう生前に終活していなかったのかもしれないが、ケチだったというところが引っかかっていた。無事に済みますようにと祈った。


 夕方、まつりはポニーテールを解いて、後ろに垂らし、化粧を直して、淡い黄色のプリンセスラインのワンピースに長めのダウンコートを羽織り、ハンドバッグを肩から掛けて、事務所を出た。なかなか容姿端麗な姿だ。性格はともかく、見た目はいいので、中学高校と告白してくる男子は多かったが、まつりはまったく興味ないと断っていた。男子との交際より、陸上部で身体を鍛える方が忙しかったからだ。拝み屋の祖父に霊能力を高める修行の代わりにと勧められていたのだ。高校卒業後もナンパや交際の申し込みも絶えなかったが、カクリヨ宅配便を立ち上げてからは、いかに仕事を得るか、繁盛させるかに奔走していたし、もともとそういった類に興味がないのだ。

今日バイトを休むことは「こずえ」のおかみには連絡してある。明日は仕事に行くので、また一週間は行かれないかもとも伝えてある。普通のバイトだったら、首だろう。おかみも承知の、家のお手伝い感覚でのバイトなので出来ることだった。

 同窓会の会場はリーズナブルでオシャレなイタリアンレストランで、平日の水曜日とはいえ、12月に貸し切りできたのは幸いだった。普段の時期でも金曜とかは混んでいてとても予約取れないくらい繫盛している店だ。参加者のほとんどがご近所なので、途中からでも参加できる場所だった。今回は女子が幹事なのでイタリアンだが、男子が幹事をするとほぼ大衆居酒屋である。

「ひさしぶり~」

「元気だった?」

 懐かしい面々との再会は楽しいものである。ただひとりを除いて。

「やっぱりおまえも来たのか」

 ひときわ背の高いツヤツヤの坊主頭が嫌そうに顔をそむけた。

 まつりも負けずと嫌そうな顔で返した。

「それはこっちのセリフよ、せっかくの同窓会が台無しだわ」

 坊主頭は言うまでもなく秀念である。

「それに、なにそれ、その恰好で同窓会に来たの」

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