第9話 嶋田様のお荷物①

 いつものようにTOKUURIのマイページを更新してはため息をついていた昼下がり、まつりのスマホのLINE通知音が鳴った。

*智美『今いいかな』

 いつでもいいよとは返事しなかった。

*まつり『少しなら大丈夫』

*智美『クリスマス前に昭代と同窓会しようかって話してるんだけど、どう?』

 智美は中学の時の同級生だ。高校は別だったが、卒業後もご近所さんなので、ランチやカフェで会ったりしている。

*まつり『いいけど、仕事が急に入ったら行けないかも』

 一応仕事が忙しい風を装った。

*智美『そっか、じゃあ、仕事がないことを祈って!決まりね』

*まつり『やめてよ、縁起でもない……』

 縁起って仏教用語だった。仏教と言えば、同窓会ということは、あの秀念も来るだろう。忌々しいが他の友だちには会いたいので、眼を瞑ることにした。

*まつり『店とか日程とかは昭代と決めて。ごめんね、ちょっと忙しくて』

*智美『いいよ、任せて』

 忙しくはない。が、今はカフェ代もなかった。

 明日になれば、淳基の給料が入る。今は白湯で我慢しているが、ココアが飲める。同窓会の会費も払えるだろう。まつりの言うなりに給料を差し出す淳基も変人と言えばそうである。

 

 粟島淳基は子どもの頃から漫画家を目指していて、今でもWebサイトに投稿したり、コンテストに応募したりしているが、さっぱりだった。インパクトがないといつも言われている。それでもあきらめずに書き続けている。諦めの悪い努力家である。カクリヨ宅配便事務所のある商店会でおじちゃんおばちゃんに可愛がられているまつりの伝手で、商店会のポスターや飲食店のメニューのデザインを頼まれたりして、そちらからも少し収入がある。もちろんそれも事務所の経費に消える。

 両親が、一人っ子の淳基に甘くて大学卒業後就職に失敗し、フリーターになっても、特に責めるようなことはなく、実家暮らしをさせてくれていたのでなんとかやっていけている。

 淳基がカクリヨ宅配便を知ったのは、古びた喫茶店の掲示板に貼ってあった事務員募集のポスターだった。時給780円という、最低賃金にも満たないふざけた待遇だが、会社名に惹かれた。

「カクリヨ」はあの世だ。そんなものを社名に付けるって、どういうことなのだろうか。興味だけで応募してみた。

 面接官は、所長の常盤木まつりと名乗る若い女性で、淳基の出した履歴書に目を通して、にっこりと笑って聞いてきた。

「当社に応募された理由はなんでしょうか」

 どうせ勤める気はない。正直に答えた。

「カクリヨってあの世ですよね、どうして社名に付けてるのかなと思って」

 まつりが小首を傾げて手作りらしいパンフレットを広げた。

「当社は幽世に逝かれた方に、宅配便をお届けするサービスの会社です。そのものズバリでわかりやすいでしょ?」

 はっ?!逝かれた方へ?届ける?

 淳基の頭の中をハテナ記号が埋め尽くされた。小学生が書いたようなクォリティーのパンフレットを見ると、確かにあの世にいる人、つまり死んだ人に荷物を届けると書いてある。

 そんなばかな。

「では、明日9時出社で、清掃をして、メールのチェック、あ、パソコンはもちろんできますよね?」

 できますよねって大雑把すぎるだろう、スキルチェックとかしないのか。それに、もう雇われてるし。

 断りのできない強引さでどんどん話を進めていく。淳基はこの手の押しの強い女性に弱かった。

 そうして、沼にはまってしまった、カクリヨ宅配便という沼に。

 淳基は、なんでもやらされた。経理から庶務、パンフやブログの作成、メールの整理(ほとんどDMか迷惑メールだが)、ショッピングモールへ行って、ポスター掲載の交渉、ご近所の商店にも張り紙などを頼んだりなど、果ては朝の掃除に、ラテアート作りまで、なんでもだ。

 まつりは所長だからと、どっかり座ってなにもしない。動いているのは淳基だけだが、それでも、退屈しないまつりの突拍子もない言動にけっこう楽しく勤めていた。もちろん苦労も多いが、仕事の合間に漫画やイラストを描けるし、なかなか淳基にとってはいい職場だった。

 ある日、TwitterからDMが入り、仕事を依頼したいというので、喜んで返信すると、罵声の返信が返ってきた。

「あの世に運ぶだと?インチキにもほどがある、詐欺だ、訴えてやる!!」

 即ブロック。まつりは相当落ち込んでいた。今でもたまに似たようなDMが来る。まつりはほどんどつぶやかなくなった。インスタは淳基が作るラテアート中心で仕事には触れていないので、荒れていない。そんなとき、スキルを販売するサイトを見つけ、占いや拝み屋っぽい仕事もスキルとして売られていたので、登録することにしたのだ。そこでもメッセではからかうような内容のものがちらほらあったが、まつりはサイト自体が気に入ったらしく、我慢して利用していた。そこに第一号金森さんの依頼が入ったのである。

 今日も来るはずのないメッセを待っていると、1件来ていた。

「来てますよ!」

 淳基が立ち上がった。まつりも慌ててメッセを開いた。

※カクリヨ宅配便様

 サービスについて聞きたいので、明後日午前中行きます。

 なんともさっぱりとしたメッセである。挨拶もなく、こちらの都合は聞く気がないようだ。またいたずらかもしれないが、一応返信しておいた。

※お客様

 この度は弊サービスにお問い合わせいただき、ありがとうございます。明後日ご来店とのこと、おまちしております。お気をつけてお越しくださいませ。

 淳基が、予定表に書き込む。午前中なら午後からのバイトに支障はないと安心した。その日はパン屋の特売日で忙しいので遅刻したくなかったのだ。特売日には、パンの耳や売れ残りがいつもより多く出るので、助かっている。店にとってはありがたくないバイトだ。

 いつもは大はしゃぎするまつりが静かだった。変だなと思っていると、大きなため息をついて、机に両肘をついて、顔を伏せた。

「所長、どうしたんですか、具合でも……」

 悪いのかと聞こうとしたとき、首を振った。

「その日、同窓会があるのよ、飲んじゃうから、あっちに行けないなと思って」

 そんなことかと淳基が若干濃いめのココアを入れて持って行った。

「次の日に行けばいいじゃないですか、どうせ、また一週間とか掛かるんでしょ」

 お客様には時間がかかると案内すればいいと言われて、まつりが喜んだ。

「そうよね、次の日朝から行ってくればいいわよね!いいこというじゃない、粟島のくせに」

 最後は余計である。ようやくいつもの元気を取り戻したまつりが、明後日の来訪を待って、乱雑になっている机の上を整理しだした。その様子を淳基は、けっこううれしく見ていた。


 明後日がやって来た。ふたりで朝からソワソワしてる。いよいよ三人目のお客様だ。きちんと仕事になるといいと祈るような気持ちで待っていた。

 だが、十一時になってもやってこない。またいたずらかと諦めかけた時、ピンポーンが鳴った。

 淳基がドアを開けに行き、開いて驚いた。

「いらっしゃいませ……」

 そこには四人もの男女が立っていた。応接セットに向かっていたまつりも目を丸くしていた。一家総出で来た感じだ。

「どうぞ、お座りください」

 ソファーは二人掛けだ。スチール椅子を二脚出してきて勧めた。年配の男女がソファーに座り、スチール椅子には若い男女が座った。

 まつりが名刺を出して、テーブルの上に置いた。ひとりひとりに渡すのは勿体ないと考えたので。

「わたくし、当社所長の常盤木まつりと申します。どうかよろしくお願いします」

 丁寧に頭を下げると、四人はやはり胡散臭そうにまつりを見ている。淳基が紅茶を四客分並べた。若い男がすぐに手を伸ばして、飲んだ。

「ちょっと、勧められてないのに、お行儀悪いわよ」

 おそらく母親だろう、小さな声でたしなめた。まつりが営業スマイルで手で勧めた。

「いえ、どうぞご遠慮なくお召しあがりください」

 若い女も飲み始めた。まつりが両親らしき年配の男女に話しかけた。

「当社のサービスについてお聞きになりたいとのことですが、ご説明いたします」

 パンフレットを広げて、亡くなった方への心残りのお品物を幽世=あの世の方に配達し、サインをいただいた受領書をお渡しするというのが一連の流れと説明した。

 聞いていた男の方が唸った。

「うーん、にわかには信じがたいが……」

 女の方は乗り気だった。

「いいじゃない、頼んでみれば。お値段も手ごろだし」

 料金表を取り上げて、若い男女に見せた。若い女が目を丸くした。

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