第7話 小松様のお荷物③
おお、その通り、どこの誰べえか、わからないが、今言おうとしたことを言ってくれた。だが、小松氏は首を振った。
「僕が苦労して集めたフィギュアやグッズを勝手に売ったんだ、あんなに大切にしてたのに、あいつ、無駄だの、気持ち悪いだの言って!」
泣き出した。もちろん涙は出ないが。すると件の男性が、フィギュアの箱を取り上げた。小松氏が驚いて伏せていた顔を上げた。
「じゃ、俺がもらうよ、マリルルもかわいいじゃん、プライズものでもいいじゃん、気持だろ、こういうのは」
じゃんじゃん言ってやってくださいと思いながらも、送り先を変更するには依頼主の許可が必要になる。勝手にはできない。
「お待ちください、お届け先変更には依頼主様のご了解が必要になります、勝手にはできまさん」
そう言って、フィギュアの箱を取り返した。そうして小松氏に尋ねた。
「こちらのお客様への転送、ご希望されますか、それでしたら、かおり様に確認させていただきますが」
小松氏は即答しなかった。件の男性が、うらめしそうに言い出した。
「うらやましいよ、俺なんか……結婚どころか、彼女いない歴年齢のまま、ジョギング中に心臓発作で死んじまったんだぞ、おまえは奥さんとあれとかそれとか、いろいろしたんだろうが!」
箱を取ろうとして、止めるまつりと箱の引っ張り合いになった。
「だめです、ご依頼主様のご了解なく、転送はできません!」
件の男性が力一杯引っ張った。
「俺にはフィギュアを贈ってくれるヒトもいないんだ、プライズものでも欲しい!」
どうやら件の男性もオタクらしい。すると、横から小松氏が箱取り合戦に参戦してきた。
「おまえの一推しは交響戦姫ティシモ・リーナだろ、俺に送ってきたんだから、やらない!」
急に惜しくなったのだろう、一瞬三人で引っ張り合いになった。
ビリっと嫌な音がして、箱の一部が破れた。
破損!?弁済!?これって当社の責任になるのか?
まつりが手を離すと、ふたりで取り合いになった。
「いらないんだろ、寄越せよ」
「いやだ、やらない」
遂に、箱がビリビリに破れて、フィギュアが床に落ちた。
「あ!」
まつりが素早く持ちあげた。壊れてはいない。奪い取ろうとするふたりに待ったをかけた。
「お待ちください、こちらお箱が破損しましたが、お客様のお取り扱いでの破損ですので、現認にてお受け取り願います」
現認とは荷受人に荷物の状態を確認してもらうことを指す、その結果受取人が問題ないとすればそのままの状態で受け取ってもらって配達完了となる。拒否すれば、破損となり、弁済しなければならない。
小松氏が鼻をすすりながら手をだした。
「受け取るよ、推しじゃないけど」
安堵した。これで仕事が完了する。件の男性は不満そうだ。落としてしまったメッセージカードを摘まみ上げて眼を通していた。読み上げ始めた。
「……あなたの一番好きだったフィギュア、なんとか手に入れました。これで、許してくれますよね?どうか恨まないでください。もともとはあなたがあんなガラクタ買い込んだせいで貯金はできないし、家狭くなるし、夜中までアニメ見てて、子どもだって作れなかったし。あ、でも、子どもはできなくてよかったです。今度マッチングアプリで知り合った方と交際します。オタクでない人です。幸せになります。成仏してください。かおり」
絶句。絶句である。件の男性が大きくため息をついた。
「俺……結婚しなくてよかったかもなぁ」
死んでからもこんなこと思われるならなとカードを小松氏に渡した。こんな文句など余計なことを書いていたとは。しかも早々と次のヒトと付き合うとは。奥さんは本人が読むと思っていなかったのかもしれない。つまりあの世に届けるということ自体信じていなかったのだろう。
小松氏が肩を落としていた。
「かおり、自分だって、韓流グループの追っかけして、韓国までライブ見に行ってたくせに。俺ばっかり買うな、見るなだよ」
どっちもどっち、似た者夫婦だったのではないか。小松氏がフィギュアを受け取って、しげしげと眺めて、ため息をついた。
「でも……元気そうでよかった、悲しんでないみたいだけど」
もう別の人と交際というのも前から切り替え早かったしと苦笑していた。まつりが小さい下敷きと受領書を差し出しながら
「いいえ、奥様、ご主人のこと話すとき泣いておられましたよ」
小松氏が意外そうな眼をして、受領書にサインを書き始めた。
「泣いてたの?まあ、一応夫婦だったし、少しでも悲しんでくれたらいいや」
こちらも切り替えが早いようだった。受領書を渡しながら、まつりに尋ねた。
「現世から来たの?」
はいと答えて、受領書を受け取り、胸のポケットに入れた。
「アニマクルスで美少女剣士アルフィーナの第三期始まったかな」
まったくわからず、首を振った。
「申し訳ございません、存知ません」
アニマクルスはアニメ専門チャンネルらしい。件の男性も訊いてきた。
「ねこっ娘(こ)はなんかコラボやってる?俺育成途中だったんだよな」
かなりテレビでCMをやっていたので、ねこっ娘(こ)がソシャゲだということくらいは知ってるが、そんなに詳しくはない。
「ここのテレビ、チャンネル数少なくてさ、見たい番組見られなくて、スマホもゲーム機もパソコンもないし」
テレビあったんだ。むしろそれだけでも驚きだ。幽世も時代に合わせて変化しているようだった。
「そうだ、署名運動でもするか、チャンネル増やしてパソコン配布しろって」
件の男性が言い出した。
「あ、それ、いいかも、吉村君、いいこというね」
小松氏も乗り気だ。ふたりでやろうやろうと盛り上がり始めたので、頭を下げて持ってきた箱を抱えて、引き上げた。
たぶん、騒動になる前に若日子あたりがやってきて芽を摘むだろう。
「でも、来たばかりだと退屈だろうな」
まだ現世での記憶が鮮明だからだ。そのうち、記憶も薄れて来て、ぼんやり過すのが普通になっていくだろう。やはり生きている内が花だなと思った。
今回の帰り道は、大鳥居までは順調、門番の双子と少し立ち話をして、闇のトンネルを戻っていった。
帰ってきたときは……一週間経っていた。
今回は淳基があらかじめ、受領書のお渡しが遅延するかもと連絡を入れていたが、さすがに一週間は長い。だが、小松さんはクレームを入れてこなかった。謝罪する淳基に、
「いいんですよ、あれから夢見も悪くないし、すっきりしたから」
そう言っていた。やはり、自分の気持ちの整理のために頼んできたのだろう。実際には信じていなかったのだ。
ようやく帰って来たまつりにぐったりしながら報告すると、まつりは素直に謝った。
「ごめんなさい、住まう邑が見つけられなくて、一晩過ごしてきちゃったから」
淳基はまたパンフレットを直さなければならないと思った。
「一週間以上にはならないですよね?そこのところ、お願いしますよ」
念のため、日にちは入れず、遠方のため、配達、受領書お引渡しにお時間がかかります。と直した。翌日配達というキャッチフレーズはあきらめるしかなかった。ライバルなどいない仕事だが、まつりは負けたような気がしていた。
「小松様に受領書お渡ししないと」
お近くにお住まいなので、お届けすることにした。淳基がアポを取り、即伺うことになった。
小松さんは駅近のマンションの5階に住んでいた。インターフォンを鳴らすと、はーいと返事がして、扉を開けてくれた。
「宅配便の……わざわざ受領書を持ってきてくれたの?よかったのに」
まつりが丁寧に広げて見せた。もらいながら、驚いていた。
「主人の字だわ、ほんとにあの世に行ってきたの?」
頷くと青ざめた。
「お届けしたフィギュアは一番推しではなかったようでしたが、お受け取りになられました」
「あのメッセージカード、主人読んだの?」
「ええ、お読みになってましたよ」
小松さんが震え出した。どうしようどうしようとおろおろしているので、
「ご主人様、元気そうでよかったとおっしゃってましたよ、新しいご交際についても、前から切り替え早かったしって納得されているようでした」
まつりが言うと、小松さんがちょっと目を赤くしてほっとした表情で受領書を寄越した。
「恨んでいないみたいだった?」
そういう様子はなかったと言うとさらに受領書を押し付けてきた。
「そちらで処分して、気味悪いし」
ひどい言いようであるが、受け取った。
「この度は当サービスをご利用いただきありがとうございました。またご縁がありましたらよろしくお願いいたします」
丁重に挨拶して、扉の外に出た。
こうして二回目のご依頼は終了した。いろいろあるが、お届けできたという達成感は何ものにも代えがたいとうれしく思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます