第6話 小松様のお荷物②

 途方に暮れた。今日は当日だから、まだ翌日配達のお約束を破ってはいない。なんとか、夜が明けたら人別庁に行って、もう一度調べてもらうことにした。

「そうだわ、久々にお父様のところに行ってみようかな」

お父様とは、まつりの父親ではなく、幽世の王の幽世大神である。故あってそう呼んでいた。

幽世大神の住まう大社を思い浮かべた。

 今度は迷わずに一発で行けた。大社の鳥居には白いカラスと黒いカラスが止まっていた。足が3本ある八咫烏だ。

「よーよー、まつり、ひさしぶり」

 白い八咫烏が親しげに話しかけてきた。

「百陽、久しぶり、元気そうね」

 すると黒い八咫烏がガァと啼いた。

「まつり、現世の臭いする、くせぇ」

 まつりが箱を下において、玉砂利を掴んで、黒い八咫烏に向かって投げた。玉砂利は届かず地に落ちた。

「千破、失礼ね、毎日お風呂に入ってるし、禊だってしてきてる。臭くないわよ」

 千波はまつりを嫌っている。現世の臭いがするからだという。生者だから当たり前だが。

 鳥居を潜り、拝殿に入ると、すぐに短めの裳裾を着た侍女風の女性が寄って来た。

「比売命様、いらせられませ」

「こんばんは、お父様に取り次いでくれる?」

 少し気取って言うと、侍女風がお辞儀をして、奥に向かっていく。

 待っていると、さあっと風が吹いた。その風に乗って、ふわっと影が過ぎり、ぼおっと白い人の姿に成った。

 白い裳裾に浅黄色の領巾を掛けた凛として美しい女性が立っていた。美しくはあるが、険のある目つきでまつりを見つめている。

「姉様……」

まつりがつぶやくと、姉と呼ばれた女性が柳眉を吊り上げて怒った。

「姉と呼ぶなといっておるだろうが、父上は『常世』に行かれた。こなたにはおらぬ」

玉足比売命である。こちらも故あって姉と呼んでいる。気位が高く、美貌で知られた女神だ。父や兄たちに大切にされているまつりがうとましく、嫌っていた。

 『常世』は神々が住まう処だ。常世大神を中心に八百万の神々がいる。太古の時代には現世に現れて、霊験あらたかな行いをしていたが、現在は人々の信仰も薄れているので、常世でなにもせず、のんびりと過ごしている。現世で言えば、ニートのような……とまつりは、畏れ多くも思っていた。

 まつりは探し人の居場所を調べるために人別庁が開く朝まで待たせてもらえないかと頼んだ。

「待つのなら、人別庁で待てばよい。そうそうに立ち去れ」

 冷たい。

 戻って来た侍女がおろおろしていると、奥殿からやってきたものが声を掛けた。 

「まつり、また仕事か」

 若日子命だ。険を帯びた目をしていた玉足比売が急に相好を崩した。

「兄上、戻っておられたのですか」

 間にいたまつりを突き飛ばして、若日子の傍に寄って行く。まつりは箱を落としそうになり、あわてて持ち直した。

 「兄上、夕餉まだでしょう?ご一緒にいかがですか」

 猫なで声でしな垂れかかっている。若日子がそれには答えず、まつりの持っていた箱を取った。

「まつり、今日はもう遅い、仕事は明日にすればよい、今宵は泊まってゆけ」

 優しい。

「玉足比売、夕餉はいらない、まつりと過ごす」

 箱を持ったまま、どんどん行ってしまう。あわててまつりが付いていく。後ろを振りかえってみると、玉足比売が地団太踏んでいた。ますます嫌われたようだった。


 若日子の部屋で白酒を飲みながら、最近、『を』の邑が不穏な動きがあるという先日の話の続きを聞かされた。ちなみに、現身の身で幽世の食べ物や飲み物を口にすると現世に帰れなくなるので、飲むのは若日子だけだ。まつりは喉の渇きを我慢して、兄の話を聞いていた。

「どうも最近『を』の邑にやって来た、成瀬という男が煽動しているようなのだが」

 どうやっても邑からは出られないというのを信じず、邑を出て、他の邑を襲おうと言っているらしい。ようするに退屈なのだろう。他の邑の死者たちは畑を耕したり、機を織ったり、労役をしているが、『を』の邑は監獄と同じなので、なにかさせるようなことはしていない。今までそれで不服を言うものはいなかった。毒気が抜けたようになって、ぼおっと過ごしているだけだったのだ。

「その成瀬という男は、死者の自覚がないようで毒気が抜けていないようなのだ」

 今度目通りして言い聞かせるという。

「兄様の言うこと、聞けばいいですね」

 後はいつものように他愛のない話で夜を過ごす。うとうとしてきたまつりに、若日子は、肩を貸してやって、寄りかからせて、その寝顔を愛おしげに眺めていた。


 翌朝。若日子に朝の挨拶をして、急いで人別庁に移動した。問い合わせの窓口には、いつもの女性はいなくて、初老の姿の男性が応対してくれた。没年月日と氏名を告げて、住まう邑を聞いたところ、

「あー、時間かかるかも」

 といっていなくなった。

夕べから一滴も水を飲んでいない。喉が渇いた。かといって、幽世の水を飲むわけにはいかない。今度から水筒持ってこよう。持ち込んだ水なら飲んでも大丈夫だよねとか考えながら待っていた。

どれくらい待ったか、ようやく男性が戻って来た。

「『り-991』です」

どの辺かと尋ねると、足元をゴソゴソやって、地図を出してきた。指差したところは昨日とは全く違うところだった。

 とにかく向かおうと人別庁を出て、地図を思い浮かべた。今度こそ、一発で行け!

 ……なんとか、『り-991』に着いた。

 ここからがまた大変だ。しかし、一軒一軒訪ね歩くのも芸がない。邑のまとめ役の家に行くことにした。最初もそうすればよかったと後から気づいたのだ。が、しかし、まずまとめ役の家はどこなのか。結局訪ね歩くしかなかった。

 昼間の間は労役に出ているものも多いようで、ほとんど空だった。夕方まで待たないといけないかもと思っていると、たぶん、奈良時代くらいの服装の老人が歩いているのに出くわした。みな、亡くなったときの服装のままでいる。お風呂や病院などで亡くなったときには、人別庁で服を支給されるが、弥生時代の頃の貫頭衣である。

「恐れ入ります、こちらの邑に小松重利様という方いらっしゃいませんか、最近亡くなった方なんですけど」

 すると、ご老人は、ちょっと待ちなさいと言って、家の中に入り、紙の束を持ってきて、広げた。このご老人がまとめ役だったようだ。ラッキーだった。

「ああ、たぶん、このヒトだね、邑外れの池の傍の家だよ」

 ご老人は親切だった。早速瞬間移動して池の傍に付いた。ふと池を見ると、葦が沢山生えていて、回りは背の低い木、柊木で囲まれている。そのほとりに建つ家の戸を叩いた。

「ごめんください!カクリヨ宅配便です!」

 中でゴトッと音がして戸が開いた。

「宅配便?そんなのここにあるのか?」

 横にかなり広がった、つまり太った三十代くらいの男性が出てきた。服装はスーツだ。

 もしかしたら、このヒトかも。

「わたくし、カクリヨ宅配便の常盤木と申します。こちらに小松重利様いらっしゃいませんか」

 すこし疲れていたが、そこはそんな素振りも見せないようにふるまうのかプロである。にっこりと笑って尋ねた。

「小松は、俺だけど……」

 やったー、見つけた!

 早速、箱を下に置き、その中から、緩衝材に包んだフィギュアの箱を取り出して、差し出した。

「わたくし共は現世からの贈り物を届けるサービスをしております。現世の小松様の奥様かおり様からのお届け物です。こちらにはメッセージカードもございます!」

 すると小松氏は怒ったような顔でフィギュアを眺め、メッセージカードを取って、眺めた。

「かおり…」

 愛する妻からの謝罪のメッセージ、きっと感動するに違いない。だが、小松氏は、怒り出して、メッセージカードをフィギュアの箱の上に置いて、押し返した。

「違う!違うよ、僕の一番推しは美少女剣士アルフィーナちゃんだよ、これは幻想マジック・マリルルだよ、しかもプライズモノじゃないか、売られたアルフィーナちゃんはワンフェスで買った一品ものだよ!こんな安物の量産品じゃない!」

 よくわからないことを喚きだした。どうやら、一番推しが特別な品だったということは理解できた。が、また受取拒否か?かおりさんの贈ったフィギュアはお気に入りではなかったようだ。

「それに、あんなことしておいて、これで許してほしい、恨まないでって、舐めてるんか」

 急にフィギュアの箱を掴んで、振り上げ、叩きつけようとした。後ろからその手を止めたものがいた。

「やめろ」

 こちらはほっそりと痩せていて、スエットスーツのラフな格好で、やはり三十代に見える男性だった。

「せっかく奥さんが送ってきてくれたんだろ、なんでもいいじゃないか」

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