第5話 小松様のお荷物①
お昼、1階のお弁当屋さんで一番安くてボリュームのある日替わり弁当を買ってきて食べていると、ピンポーンと音がした。淳基がちらっとまつりを見たが、まつりは勿論出る気はない。そうこうしているともう一度ピンポーンが鳴った。
「さっさと出なさいよ」
まつりに言われて、ようやく淳基がお茶を一口飲んでから腰を上げた。ドアを開けると、二十代後半くらいのややふっくらとした女性が大きな紙袋を持って立っていた。淳基が頭を下げる。
「いらっしゃいませ」
女性が中を覗き込むようにして、尋ねた。
「ここ、カクリヨ……宅配便さんですよね」
淳基がお辞儀して、はいそうですと答えた。急にまつりが席を立ち、小走りにやって来た。
「ようこそ、カクリヨ宅配便へ。どうぞ、お入りください!」
満面の営業スマイルで中に招き入れた。女性はきょろきょろと事務所内を見回していたが、勧められて応接セットのソファーに座った。まつりが向かい側に立ち、胸のポケットから名刺を出した。
「わたくしが所長の常盤木まつりです。よろしくお願いします」
女性は名刺を受け取って、しばし眺めていたが、顔を上げた。丁度腰を下ろしていたまつりが目を合わせて微笑んだ。
「当社のことをどちらでお知りになりましたか」
「スプリングモールの掲示板で見ました、その……あの世にいるヒトに荷物を届けてくれると……」
スプリングモールは近くの巨大ショッピングモールで4つの区域に分かれていて、その1つがスプリングモールだった。
「あれをご覧くださいましたか、ありがとうございます」
まつりは上機嫌で応じているが、あれは、「なんでも掲示板」というサークルや自治会のイベント、近隣商店会のセールなどの告知を貼ってくれる掲示板で、淳基がモールになんとか頼み込んで、貼り出してもらったのだ。まつりは効果ないと一蹴していたのだが、そんなこと言ったかしらくらい言いそうな様子だった。
「ええ、それが本当なら、亡くなった主人に届けてほしいものがあるんです」
まつりが腰を少し浮かした。
「勿論、本当です!先日も亡くなったお母さまへお届け物をして大変喜ばれまして」
すかさず淳基がパンフレットを持ってきて、広げた。手に取って見ていた女性が、脇に置いた大きな袋から箱を取り出した。透明なビニールで中身が見えるようになっている箱で、中身は。
「フィギュアですか」
露出度の高い服というか、戦闘服を着た、巨乳の女の子がポーズを取っているフィギュアだった。
「はい、主人の趣味というか、生きがいだったようで…」
小松と名乗った女性は、ご主人の生きがいだったフィギュア集めが理解できず、いつも喧嘩になっていたという。
「こんな人形が二万も三万もするんですよ、中には十万以上するものもあって……それほど給料が高いわけでもないのに、あるったけつぎ込むんです」
飾る用、保管用と同じものを2体買い、場所も取るし、何より気持ち悪いと言い出した。
「それで、主人が仕事に行っている間に処分したんです。買取屋に来てもらって……それでも買った金額の十分の一も行かないくらいにしかならないかったし」
淳基はやっちゃったなと思った。オタクが大事にしていたフィギュアを売り払ってしまうとは。離婚案件ではないか。
「主人、帰ってきて、それはもうものすごく泣きわめいて、ご近所には迷惑かけるし、私のことも罵るし、大変だったんですよ」
一晩たって、落ち着いたのか、もう何も言わずに出勤していったので安心していたら、警察から電話があり、主人が交通事故で亡くなったという連絡だった。
「見ていた人の話だと、考え事していたようで道路脇の石につまづいて道路に倒れたところを自動車に轢かれたとのことでした」
小松さんは目頭を押さえていた。ご主人を亡くしてはやはり悲しいだろう。
「そうでしたか、それはお気の毒でしたね」
まつりが悲しそうに眼を伏せてつぶやくように悼んだ。小松さんは少し言いにくそうに言った。
「なんか、夢見が悪くて、それでこれを主人に届けてもらって、その……恨まないでほしいと言ってもらえたらと思って」
まつりがちょっと考えるふりをして、パンフレットのサービス内容を指し示した。
「小松様、当社のサービスはあくまでお荷物をお届けするだけですので、そのようなご伝言をお伝えすることはできません。ただ…」
オプションというところを見せた。
「オプションで、メッセージカードをお付けすることはできますので、そちらにお気持ちを書かれてはどうでしょう」
配送料+500円とある。小松さんは人形を押しやるようにして、頷いた。
「では、それでいいので、お願いします」
小松さんは淳基が用意したカードにご主人へのメッセージを書いて、人形のケースに入れ、宅配を依頼して帰っていった。
サイズはMサイズで配送料6000円+オプション500円で合計6500円である。
「値切られなくてよかった」
まつりがご機嫌でココアを飲みながらお札を数えている。あれが全部万札だったらなあと淳基がため息をついた。
淳基はいつも通りにバイトに行き、まつりも夕方には小料理屋「こずえ」へバイトに向かった。おかみにお通しの小鉢を用意してと言われて、四角い盆に小鉢を並べ、おかみが作ったフキの煮つけを盛り付けていると、格子戸がガラッと開いた。
「いらっしゃいませ」
おかみとまつりが同時に迎えると、入って来たのは、秀念だった。
「今日はいるのか、インチキ拝み屋」
入るなり嫌味をいう秀念に、まつりがむっとして言い返した。
「何度言えばわかるのよ、インチキじゃないってば」
またヒートアップしそうなふたりにおかみが間に入った。
「もうおしまい、秀念君も遊び歩いてないでお寺の仕事したら?」
毎晩飲み歩いている秀念に釘を刺しながらもお通しを出した。
「こんな早くからうちに来るなんて珍しいじゃない?」
秀念が椅子に腰かけ、おかみからお手拭きを受け取った。
「檀家さんと待ち合わせしてるんだ。いい店だからって紹介するんだから、サービスしてくれよ」
1杯目の冷酒をあおると、お通しを摘まんだ。
「うまいな、やっぱりおかみの料理は」
まつりがフンと顔をそらして、奥に引っ込んだ。一緒の空間にいたくなかった。おかみに断って、早上がりさせてもらうことにした。なにしろ顔を合わせれば喧嘩になる。また喧嘩して追い出したりしたら、せっかくお客さんを連れて来てくれているのに、おかみに迷惑かけてしまうと思ったのだ。
おすそ分けしてもらった総菜をおかずに夕飯を食べて、冷水で禊をした。冷たい。お湯じゃだめかなと思う。たぶん、だめだろう。タオルで拭いて、制服に着替えた。
フィギュアの箱が入れた外箱は少し大きめで、小脇に抱えるというわけにはいかなかった。
「……手、翳せない……」
Mサイズでこれでは、LLサイズの時どうしよう。まったく考えていなかった。床に置けばいいのだと気が付くまで数分掛かった。
「祓え給い清め給いて、ここに道開かん」
手を翳した壁が水面のように揺らめき、床に置いた箱を両手で抱え上げて、ゆるりと入っていった。
荷物を両手で抱え上げて暗闇の道を歩いていく。まったく重たくないのだが、腕が疲れてきた。一度足もとに置き、はあとため息をついた。
「もっと大きいサイズの時、どうしよう……キャリーカートとかに載せて持ってこられるかな」
今度試してみよう。よいしょと掛け声をかけて、足元の荷物を持ち上げた。
いつもより時間がかかって、大鳥居前に出た。双子の門番甲比売と乙彦がまつりに気付いて寄って来た。
「へえ、タクハイビンとやら、順調に依頼が来てるんだな」
乙彦が箱をしげしげと眺めた。途中まで来ていた甲比売が足を止め、門に入ろうとしたちょっと崩れた感じの若い男性に声を掛けた。
その男性は身体が薄くなったり濃くなったりして信号のように点滅していた。
「そこの、おぬしはまだ鳥居を潜ってはならぬ」
そう言って、男性の肩を掴んだ。すると、男性はすうっと消えた。事故か病気か、とにかく生死を彷徨っていたのだろう。まだ死んではならないと甲比売が判断して、現世に戻してやったのだ。
甲比売と乙彦の双子は、死者と生者を判別する役目を担っていた。ちなみに24時間365日休みなしである。もちろん休憩時間などもないが、まつりが来たときは、ちょっと気を抜いておしゃべりしたりする。ふたりはそれをとても楽しみにしていた。まつりが、ふたりが過労とかで倒れたらどうするんだろうかと心配すると、倒れないよと笑っている。神様だから当然だが。
帰りに寄るねと急いで人別庁へ向かった。今日は先日よりは早めだったので、窓口が閉まってしまうことはないが、用心に越したことはない。
窓口担当の女性は前回と同じだった。露骨に嫌な顔をされる。
「比売命(ひめみこ)様、こんどはどちらの方をお探しですか」
つんけんしている女性に、まつりが伝票を見せると、ため息をついて、人別帳を手繰りに行った。
この間と同じくらい掛って、戻ってきた女性はまた地図を広げた。
「『り-99090』の邑です」
邑のどの辺か、わからないかと聞くと、わかりませんと冷たく突き放された。
「邑を調べて差し上げるだけでも感謝していただけませんでしょうか」
かなりきつく言われて、まつりがすみませんと小さな声で謝った。急いで人別庁を出て、『り-99090』の邑を思い浮かべた。
すぐに邑の門に到着した。が、しかし、門の柱に掛けられている看板は『る-9909』だった。
「また、まちがえちゃった」
もう一度『り-99090』を思い浮かべるが、今度は『ら-990』だった。
「おかしい、変だわ」
もう日が暮れる。人別庁に戻ってもう一度聞く時間はなさそうだった。仕方なく、最初に間違えた『る-9909』に向かった。邑に入ってすぐの家を訪ねた。
「すみません……」
すると後ろから、声がした。
「どなたかな」
四、五十代くらいの男性で、羽織袴を着ていて、頭はちょんまげだった。江戸時代の死者だろう。
「わたくし、カクリヨ宅配便のものでして…『り-99090』の邑を探しているんですけど」
お侍さんは首を振った。
「ここは『る-9909』の邑、他の邑のことはわからないでござるよ」
そうでござるかと言いそうになった。お邪魔しましたとお辞儀して立ち去った。
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