第4話 金森様のお荷物③

 初仕事をほぼ完璧に終え、ご満悦のまつりは、一刻も早く戻ろうと、頭に地図を思い浮かべ、大鳥居の傍に行こうとした。身体がきらっと輝き、その場から消えた。

 しかし、着いたのは甲比売と乙彦の双子の門番のいる大鳥居ではなく、『を』の邑の鳥居前だった。恐らく頭の中の地図が不正確なのだろう。手元にあれば、きっと迷わずに行けるにちがいなかったが、無限に広がる幽世の地図は無限にあるはず。そんなものを手元に置くなどできるはずがない。見せてもらった地図を覚えて移動するしかないとがっかりした。

 幽世には死者が住まう邑が『い』から『を』までの名称に番号が振られていて、死者たちは時代や性別立場など、関係なく、無作為に振り分けられているようだった。あるいはなんらかの基準があるのかもしれないが、それはまつりにはわからなかった。

 各邑の入り口には鳥居があり、鳥居を入口にして、円形の結界が張られていて、死者たちは、邑からは出られないようになっている。邑の中には住まい、畑、池、森、山、川などがある。川は遡っても下っても外には出られない。ループして、元の処に戻って来てしまう。

『を』の邑は、生前重罪を犯した咎人が集まっている邑だった。亡くなっているので毒気はかなり抜けているが、やはり、他の邑に送るといざこざの原因になるので、この邑に集めていた。いわば刑務所のようなものだ。他の邑の鳥居には誰もいないが、ここの鳥居には門番がふたりいた。ふたりとも、少し青っっぽい肌で髪の毛が逆立っている。角こそないがいかつい顔で鬼のようだ。背も高く、身体も大きい。

「おまえも咎人か」

 門番のひとりが不審がって尋ねてきた。ここには初めて来た。それに、この門番はまつりのことを知らないようだった。鳥居の間から、邑の中が見えた。茅葺屋根の、細長いかまぼこ型の建物が延々と建っている。どこまでも続くその風景は不気味でもある。他の邑が古き良き時代の日本の原風景なのどかさがあるのと違って、怖さがあった。

「間違ってきてしまったの、死者じゃないの」

 門番は冷たい眼で見降ろしてきて、さっさと立ち去れと手を振った。もう一度移動しようとしたとき、鳥居の中から髪を二つにして耳のところで束ねる、鬘(かずら)にした大きな男性がやってきた。光輝くような美青年だ。その美青年がまつりを見つけて声をかけてきた。

「まつりではないか、どうしてこんなところに」

 しかも、なんだその恰好はと呆れている。

「若日子兄様、お久しぶりです。これは仕事着なんです」

 若日子兄様と呼ばれた美しい男性が呆れてため息をついた。

「例のタクハイビンとかいう仕事か。現世のものなど持ち込んで。父上が黙認されているからといってあまり好き勝手するなよ」

 幽世の王である幽世大神のたくさんいる子のひとり、天乃若日子命(あめのわかひこのみこと)である。故あって兄と呼んでいる。

「兄様、ここの担当でしたっけ」

 確か、幽世の警備を司る衛(まもり)庁の長官だったはず。

「集団脱走の恐れありという報告があったので、視察に来たんだ。ここからは出られないようになっているのに」

 無駄なことよと後ろを振り返った。

「そなたはなぜここに来たんだ?」

 まつりが肩をすくめた。

「大鳥居に出るはずだったのに、ここに来てしまって」

 若日子が、よく迷子なると呆れた。門番たちが、どうやら尊い方である若日子と近しいものだったとわかり、神妙な面持ちで、まつりに頭を下げた。

「ご無礼いたしました」

まつりが笑って手を振った。

「いいのよ、私が間違えてきちゃったんだもの、門番さんはお仕事しただけだし」

 若日子もよいよいと頷いて、大きな手をまつりの帽子に置いた。すると、ふたりの身体が輝き、その場から消えた。

 次の瞬間には、大鳥居のところに現れていた。門番の甲比売と乙彦が、若日子の出現に、走って近寄ってきて、頭を下げた。

「若日子命さま」

 鷹揚に頷いて、まつりを押し出した。

「用事は済ませたのだろう、早く現世に戻れ」

 もう迷うなよと優しく微笑んだ。なにしろ超イケメンの幽世大神の息子の中でもひときわ容姿が美しい若神子である。その美しい微笑に兄とはいえ、ときめいてしまい、少し赤くなって下を向いた。

「若日子兄様、さようなら」

 手をかざし、水面のようになった壁をゆるりと入っていく。また、暗いトンネルのような道を歩いて、小さな光に到着した。

 小さな光は人が通れるほどの大きさにまで見えてきて、水面のような壁を抜けて、現世に戻ってきた。

 制服を脱いで、リビングに出ていくと、お昼の12時少し前だった。

「やったわ、翌日に配完!完璧ね!」

 身支度を整えて、2階の事務所に出社した。事務所のドアを開けて、勢いよく飛び込んだ。

「ただいま!どう?翌日配送できたでしょ!?」

 デスクにぐったりと伏せていた淳基が顔をパッと上げて、喚きだした。

「どう?!じゃないですよ、三日も過ぎてるじゃないですか、金森様から遅配クレームが来て大変だったんですよ!」

 三日……まつりはがっくりと肩を落とした。

 早速金森さんへの謝罪対応を始めた。電話を掛けると金森さんはすぐに出た。

「金森様、遅くなり大変申し訳ございませんでした。帰途で少々トラブルがありまして、遅くなりましたが、無事、お荷物はお届けいたしました!」

 よろしければ、受領書をお届けしますと約束して、金森さん宅へ向かった。

 金森さんのお宅は電車を乗り継いで1時間ほどのところだった。一応手土産を持ってきた。

 インターフォンを押すと、少しして返事があった。

『はい、今いきます』

 カチャと扉が開き、金森さんがやや怒った様子でまつりを出迎えた。

「翌日配達って話だったのに、三日も掛かるなんて、どうなってるんですか」

 玄関先でひたすら頭を下げた。

「大変申し訳ございませんでした!お荷物は翌日にお届けできたのですが、帰り道で迷ってしまったのです。なにしろあの世のことですので、広くてとんでもないところまで行ってしまいまして、帰りが遅れてしまいました。ご心配おかけしましたこと、お詫び申し上げます」

 そう言って、菓子折りを差し出した。金森さんは相好を崩し、受け取って、玄関の靴箱の上に置いた。

 まつりがさっとバッグから紙を出して広げた。

「こちらが受領書です。お確かめください」

 金森さんが差し出された受領書を見て、眼を険しくした。

「ほんとにお母さんが書いたの?あんたが適当に書いたんじゃないの」

 本当にお母さまが書かれたものですと差し出したが、なかなか認めようとしない。手に取って、じろじろ見ていたが、ハッと眼を見開いた。

「……お母さん、だわ……」

 ありがとうと書かれた文字のところに四つ葉のクローバーの絵が描いてあった。子どもの頃、冷蔵庫に貼ってあったメモに必ず書かれていた絵だったという。涙が頬を伝っていく。

「ありがとう」

 金森さんはやっと信じてくれた。最後、遅延のお詫びをもう一度して、帰った。


 翌日、さらに翌日。まつりは10分ごとにTOKUURIのマイページの更新をしていた。金森さんがレビューを書いてくれていないか、確認するためである。しかし。

「ない、ない!」

 レビューがない。金森さんがレビューを書いてくれないのである。

「どうして書いてくれないの……あんなに喜んでくれてたのに」

 デスクに突っ伏して落ち込んでいるまつりに淳基がマグカップを差し出した。

「これで元気出してください」

 暖かくめちゃくちゃ甘いココアである。ありがとと受け取ったまつりが啜っていると、自分のデスクに戻った淳基が声を上げた。

「あー、レビュー!」

 アーモンド形の目を見開いて、まつりがココアを置いて、パソコンの画面を見た。

「やっとだわ、やっと1件レビューが……」

 感涙である。モニタの画面がよく見えないくらいである。なんとか、眼を開いて、レビューを開けた。

「……」

 声も出ない。レビューにはただ一言。

《翌日配達が3日も遅れました》

 星3つ。★★★

 ……。

 淳基がパンフレットを作り直した。翌日配達、三日後受領書お引渡しに変更したのである。翌日には配達している。だが、いつも帰り道に時間がかかってしまうのだ。

「おかしいのよねえ、あちらに行ってる時間、一日も経ってないのよ」

 それが三日経っている。もう仕方ないので、そのタイムラグを考慮したご案内にしたのである。

 事務所のプリンターで5部ほど印刷する。前回のパンフレットは、まつりに言われて50部も印刷したが、何故かまた変更しなければならないような気がしたのだ。霊感がなくともそのくらいの予感は感じるものだ。少ないと文句を言うまつりを無視して、両面印刷して、丁寧に三つ折りにし、まつりのデスクの上に置いた。

 一階にある集合ポストから、チラシとDMを持って来た淳基は、一通、常盤木達哉様宛の手紙があるのき気づいた。

「これ、所長のおじいさん宛では?」

 どれどれとまつりが手に取り、宛先と送り主を見た。

「北海道からね。今日バイトに行く途中でおじいちゃんの家のポストに入れておくわ」

 顔を出すと長話になるので、後日ゆっくりできる時に訪ね、今回は手紙に「事務所に届いてました」と付箋を付けてポストに入れておくことにした。

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