第2話 金森様のお荷物①
寺が経営する保育園に通っていたまつりは、長く伸ばした黒髪をおさげにして、園児の着るピンクのスモックを着ていた。同じ組の子たちと園庭でかくれんぼしていて、鬼になったので、次々見つけて、最後のひとりが見つからずに探していた。まつりは勘が鋭く、子が隠れているところなどすぐに見つけてしまう。だが、最後のひとりがどうしても見つからない。他の子たちは目を瞑ると、いるところがぼおおと浮かんできたのに。
もう一度目を瞑った。最後のひとり、いつもまつりのおさげを引っ張っていじわるする男の子で、寺の住職の息子だった。もしかしたら、いつもいなくなっちゃえとか思っているので見つけられないのかもと思って、少し心配してみた。すると、薄暗い中で男の子がわんわん泣いているのが見えた。どこか、深い穴のようだ。保育士の先生に話してみた。
「せんせい、しゅうねん君、見つからないの、かくれんぽしてたんだけど」
先生たちがあわてて探し出した。いるところは暗くで深い穴の中だ。園庭ではない。でも、どう説明したらいいかわからない。
……どこにいるの、しゅうねん君……
穴の底には水が少し溜まっている。かぁかぁとカラスの鳴き声がする。眼を開けると、墓地の方でカラスが飛んでいた。あのあたりかも。
園庭や園内を探している先生たちに見つからないようにして、そっと墓地に向かった。墓石の間を抜けて、墓地の外れまでやってくると、草ぼうぼうの広いところに出た。草の間に小さな穴があった。そこから泣き声が聞こえてくる。穴の中を覗き込もうとしたが、草がふわっとしていて、穴はもっと大きくて草で隠れているのだと分かった。草を押してみる。やはり、穴は大きくて、底の方に男の子が蹲っていた。
「しゅうねん君……大丈夫?」
声をかけると、秀念が顔を上げた。
「助けて!落ちちゃったぁ!」
「待ってて、今先生たち呼んでくる!」
急いで保育園に戻り、組の先生に訴えた。
「せんせい、しゅうねん君、穴におちちゃったの、泣いてるの」
先生の袖を引っ張って、墓地の方へ向かった。先生たちも不審げにしていたが、園内も園庭も探し尽くして、見つからないので、もしかしたら外へ行ったのかと思い、まつりの引っ張る方へ向かった。草が覆っているところが穴とわかって、草を掻き分けて、下を見た。秀念らしき男の子が蹲っている。
「秀念君!?」
秀念が上を見上げて、泣きだした。
「せんせー、せんせー!!」
すぐに消防に通報して、消防士がレスキューしてくれた。寺から両親がやってきて、一応病院へ行くことになって救急車で運ばれていった。
「よく見つかりましたね」
警察にも連絡が行って、先生たちが事情を聞かれていた。まつりの組の先生が困ったように答えていた、
「まつりちゃんが見つけたみたいで……どうしてわかったのか聞いてもわからないっていうので」
先生たちは監督不行き届きと言われて、園長である住職や警察に叱られたようだった。
秀念は軽い怪我で済んだので、すぐに元気になって、またまつりのおさげを引っ張るようになった。まつりは助けてやったのにと恨めしく思い、秀念が大っ嫌いになった。
そのすぐ後だった。両親とまつりがドライブに出かけた先でトラックと衝突して両親は亡くなり、まつりは生死を彷徨ったのだ。しかし、意識を取り戻すと怪我もほどんなかったかのように元気になり、少し遅れて小学校に入学した。
ところが、またあの秀念がなにかといじわるをしてくる。もともと気が強い性格のまつりは、もう負けてられないと引っ張られたら引っ張りかえし、カエルを投げつけられたら投げ返し、取っ組みあいもするくらいに対抗した。それでも秀念は手を変え品を変え、ちょっかい出してくる。出し返す。無限ループである。
そんなことは中学に入るころまで続き、以降はさすがに取っ組み合いまではいかなかったが、口喧嘩は日常茶飯事、喧嘩するほど仲がいいと茶化されると、言った子はふたりからビンタを食らった。そして、中学、高校と同じ学校になるという腐れ縁のまま、今に至っていた。
秀念は高校卒業後仏教大学に進学して、この春卒業、家の副住職となった。どういうわけか、わざわざ「こずえ」にやってきて、嫌味三昧、ふてぶてしい態度をとる。
まつりは高校卒業後、すぐに祖父の手伝いで拝み屋の助手をしていた。しかし、時代は拝み屋ではないと思い、祖父が隠居するというので後を継いで、未練の品を死者に運ぶというサービスを始めたのだ。
TOKUURIでメッセをくれた金森さんは、翌日の午後2時を指定してきて、即お待ちしていますと返信した。
いつもは午後からバイトに行く淳基だったが、今日は本当の(今まではほとんどいたずらか、冷やかしのお客ばかりだったので)お客様ということで是非お会いしたいと思い、バイトの時間を遅らせ、紅茶の用意をして待っていた。まつりは朝から大はしゃぎでパンフレットや料金表などを応接セットのテーブルの上に並べていた。
ピンポーン!
ふたりして、キターーーーーーという文字が部屋中に駆け巡るほど喜んで、淳基がドアを開けに行く。
カチャとドアノブを回すと、ドアの向こうに小柄な中年の女性が立っていた。
「いらっしゃいませ」
淳基が大きくドアを開けて、向かい入れた。女性は恐縮したような様子で頭を下げながら、入って来た。
「どうぞ、こちらへ」
まつりが応接セットを指して、座らせる。胸のポケットから名刺を出して、ニコッと笑って、差し出した。女性があわてて腰を浮かし、受け取った。
「当カクリヨ宅配便の所長常盤木まつりです、どうぞ、お楽に」
はあと腰を下ろし、名刺を見つめた。すかさず淳基が紅茶を出して、勧める。まつりが女性を見つめて、丁寧に尋ねた。
「金森様……でいらっしゃいますよね?」
はいと小さな声で答えて、黙ってしまった。まつりが淳基手作りのパンフレットを見せた。
「TOKUURIでのメッセ―ジありがとうございます。是非お話お聞かせいただき、当社のサービスをご案内できたらと存じます」
パンフレットには、幽世での風景―死者の国の様子のイラストが描かれている。森や湖があって、そのほとりに山小屋風の家が建っていて、そこに白い猫が箱を持って歩いて行く。次のイラストで箱を死者の誰かに渡している様子が表現されていた。死者は真っ白な服を着ているが、いわゆる白い経帷子(きょうかたびら)と言われる死に装束ではない。ごく普通のスーツ、白いだけだ。まるで漫画である。
金森さんは、しばらくパンフレットに目を落としていたが、急に顔を上げた。
「本当に亡くなった人に届けてくれるんですか?」
疑うのは当然だろう。普通、まともな会社とは思わないだろう。いや、そもそもあの世に宅配便ということ自体がありえない。秀念がインチキというのは一般的イメージだ。
「はい!お荷物をお預かりして、翌日には、お届けいたします。受取人様に受領のサインを頂いて参りまして、翌々日以降でしたらお渡しできます」
パンフレットの後ろに伝票の見本があり、そこにサインも写っていた。
金森さんはハンカチを握り締めて、少し震えていた。
「あ、あの!実は……」
ようやく話出した。事務机のパソコンの前に座っている淳基は口述を記録していた。
「半年前、母が亡くなりまして……」
まつりが思いっきり悲しそうな顔で目を伏せた。
「それは……ご愁傷様でした」
金森さんが頷き、
「その母に、お醤油を届けてほしいんです」
まつりが目を丸くした。お醤油は想定外だ。だいたいが棺桶に入れられなかった品物とか、手紙とかだ。それも今まではいたずらか冷やかしだったが。
「母が亡くなる前、お中元を贈ったんですが、届いたという電話で、母に文句を言われまして」
送ったのはサラダ油だった。母親は礼も言わず、サラダ油よりお醤油の方がよかったと言われて、ついカッとなって、もう送らないからとガチャ切りしてしまった。それから一週間もしないうちに心不全で急死してしまったという。その電話が最後の会話になってしまったのだ。
「母が使っていたお醤油がこれでして……」
金森さんは脇に置いた大き目のショルダーバッグから、風呂敷に包まれた細長いものを出してきて、テーブルに置いた。風呂敷を開いて中身を出した。それを見て、まつりがすぐに反応した。
「丸とものお醤油ですか」
有名なブランド醤油である。「こずえ」のおかみさんも使ってみたいけど高いしと言っていたのを覚えていた。
「ご存じでしたか、そうです、丸ともの吟醸特選醤油でセットだと5000円するんです、でもその時、ケチって、3500円のサラダ油のセットを贈ってしまって!」
金森さんはハンカチで目を覆って泣き崩れた。
「かしこまりました。是非お引き受けさせていただきますので、ご安心ください」
まつりが、気が変わらないうちにと宅配伝票を差し出した。
「こちらの受取人様の欄に、没年月日とお名前を、差出人様の欄にご住所、お名前、お電話番号をご記入ください」
ボールペンも合わせて、テーブルの上に置いた。すると、金森さんが、伝票の横にある料金表を覗き込んだ。
「このお醬油だと、おいくらになりますか」
料金表には、SSからLLまでのサイズごとに5000円から500円づつ上がっていた。まつりが立ち上がって、自分の机の引き出しから、メジャーを持ってきた。さっと、縦横奥行を計る。
「三辺合計が45cmですので、Sサイズ、5500円となります」
金森さんはうっと唸って、下を向いて、もじもじした。
「あの……初回割引サービスとかないんですか、美容院とかで初回ご利用で半額とかあるじゃないですか、そういうのは…」
淳基が呆れた。サービスの内容からしたら、超格安だと思っている。拝み屋に悪霊払いしてもらったらいくらかかると思ってるんだ。きっと目玉が飛び出るに違いない。
「かしこまりました。では初回限定ということで、500円引きでいかがでしょうか」
まつりがにっこりとしてボールペンを差しだす。
「もう一声、いきませんか、あ、お茶ください」
紅茶を飲み干し、お替りを要求、金森さんはほんとうにケチだった。
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