カクリヨ宅配便へようこそ―あの世へ配達承ります―

@nonpi04

第1話 カクリヨ宅配便

 身近な人、親しい人、愛する人、失ったときの悲しみと喪失感はだれしもがあるもの。特に渡したかったもの、贈りたかったもの、見せたかったもの、言えなかったこと、そうしたものを渡せないまま、伝えられないままになってしまった、その後悔はいつまでも心に残り、癒えないものです。わたくしども、カクリヨ宅配便は、そうしたお心残りのお品をあの世に逝かれた方にお届けいたします。

 まさか、あの世に運んでいくなどありえない?

 さて、それはこれからのお話でご確認ください。ご不明点などございましたら……わたくしどもカクリヨ宅配便にお気軽にお問い合わせください。


 窓から小春日和の陽光の差し込む事務所の中には、その明るさとは対照的にどんよりと曇った空気が漂っていた。デスク2台に応接セット、書類棚が1台、隅のワゴンの上にポット、小さめの2ドア冷蔵庫、特に装飾もなく、簡素でむしろ殺風景と言えるような事務所である。大きな窓を背にしたデスクに座っていた彼女が手をついて立ち上がった。

「だからぁ、どうして、依頼が来ないのよ!TOKUURIのアクセスはそこそこあるのに!」

 柔らかそうな栗色の髪をポニーテールにして、アーモンド形の眼に薄い虹彩、整った眉、ほっそりとした顎に薄紅色の唇、ナチュラルメイクでリクルートスーツと思しき黒色のスーツにローヒール、どこぞのOL風、溌剌としていて、仕事ができる風を装っている。二十歳くらいの年頃だ。

「それはこちらが聞きたいです!今月、家賃も出ないですよ!どーするんですか!」

 壁際の棚を背にしたデスクに座っていた彼が頭を抱えて、机に突っ伏した。

「あー、昨日所長がチョコレートのホールケーキなんか経費で買ってくるから!それで水道代払えたのに!」

 所長と呼ばれた彼女-常盤木まつりがむっとして言い返した。

「チョコレートは私の原動力なの、ないと仕事できないの!」

 にしてもホールケーキである。食べすぎだ、仕事ないくせに。一切れくれたっていいのにと彼は恨んでいた。

 まつりが、登録しているスキルモールTOKUURIのマイページを再読み込みした。

「あっ!?」「あれ!?」

 彼も気づいたようで同時に声を上げた

「来てる!」

 依頼のメッセージが来ていた。さっそく開ける。

 ※カクリヨ宅配便様

  初めまして、私、金森と申します。そちらのサービスについて、詳しくお尋ねしたいと思い、メッセしました。実は、半年ほど前に母が亡くなりまして…

 詳しくは直接話したいとのことなので、早速返信した。

※金森様

 この度は弊サービスにお問い合わせいただき、ありがとうございます。差し支えなければ、弊社事務所までご足労いただけますでしょうか。弊社事務所は掲載の住所にございます。遠方の場合、または直接訪問をご希望されない場合はビデオ電話での応対も受け付けております。2点ほど確認事項がございます。

① 直接訪問orビデオ電話

② ご希望日時 3件ほど候補を上げてください。

 是非ご検討宜しくお願い致します。

「送信……っと」

 まつりがニコニコして、モニタを睨んでいる彼に声を掛けた。

「粟島、お仕事よ、ココア入れてちょうだい」

 粟島淳基がのろのろ立ち上がりながら、ぶつぶつ文句を垂れた。こちらはパーカーにジーンズ、スニーカーで学生の延長のような恰好だ。若く見えるが、今年二十五である。

「僕の方が年上なのに、呼び捨てだし、顎で使うし」

 確かに雇われているので上司だが、これってパワハラだろうと思いっきり薄いココアを入れた。

 機嫌よく飲み始めたまつりがうっと唸って、淳基を睨んだ。

「粟島、なにこれ」

 まだ仕事と決まったわけじゃないしと知れッとして、上着を着て、ショルダーバッグを袈裟懸けした。

「バイト、行ってきまーす」

 本業の収入だけでは立ち行かないので、まつりも淳基もバイトをしている。ふたりともバイト代で事務所の経費を払うと言う、絶対おかしいことをしていたが、ふたりは普通にやっていた。

 壁の予定表を見る。今月の予定はまだ何も入っていない。しかし、ようやく一日埋まりそうだった。


 カクリヨ宅配便事務所の一日はこうである。

 まず朝10時に、事務所のあるビルの4階の自宅からまつりが出勤すると、9時から出勤の淳基が事務所内の掃除を済ませていて、メールやSNSのチェックを済ませ、自分のコーヒーを入れて飲んでいる。まつりはデスクについて、淳基に猫とか小鳥とかのラテアートを描かせたカフェラテを写メしてインスタに上げる。自分が書いたともなんとも書かずに《朝の一杯》というタイトルのみでアップする。嘘はついていない。けっこう「いいね!」が付くのでご機嫌である。淳基はいつか暴露してやろうと思っている。

 そうこうしているうちにお昼になり、1階にある安くて美味しいお弁当屋さんに淳基をやって、ふたつ買ってこさせて昼食を食べる。お弁当代はもちろん自前であるが、まつりは時々持ち合わせがないとか言って、淳基に奢らせる。「彼女」とかに奢るならまだしもだ。普通上司が奢るだろうと反抗するが、押しの強い女性に弱いという弱点の淳基は、結局支払っている。

 午後からは淳基がパン屋のバイトに向かう。なぜパン屋かというと、パンの耳や夜売れ残ったパンを貰えたりするからだった。これが重要な事務所の食料となる。

 夕方からはまつりがバイトに出る。昔からの知り合いの小さな小料理屋「こずえ」で手伝いをしている。きりっと和服を着付けて髪をアップにして店に向かうのだが、こちらも残った総菜とかを貰ったりしている。

夜11時半に店が閉まると、事務所の上の自宅に戻り、お風呂に入って就寝。淳基は直帰だ。

そうしてカクリヨ宅配便事務所の一日は終わる。


小料理屋「こずえ」のおかみはまつりのことを小さい頃から知っていて、ひとりで十分回せる店なのだが、まつりの祖父には世話になったので働いてもらっていた。その代わりあまり給料は出せていない。

「まつりちゃん、もっと稼げる店にいったほうがいいよ」

常連のおじさんたちに言われるが、もっと稼げる店なんてろくでもないし、おかみと過ごすのが楽しかったのだ。まつりは六つのときに交通事故で両親を亡くしている。その頃からおかみが母親代わりに面倒を見てくれた。なので、家の手伝いをする感覚で働いている。ちなみに両親が亡くなった後は祖父が育ててくれていて、高校卒業後、祖父がやっていた拝み屋の後を継いで、新規事業を立ち上げたのである。さっぱり依頼はこないのだが。

 こじゃれた格子戸がガラッと開いて、坊主頭で大柄の作務衣を着た若い男性が入ってきた。後ろからふたりほどこちらは和服で商家の若旦那風が続いていた。

「いらっしゃい」

 おかみが愛想よく迎えると、坊主頭がひょいと厨房の方を見た。

「あいつ、今日は休みか」

 低くずしんと重い声だが、もう酔っているらしく、舌がよく回っていた。

「いい日に来たな、あいつがいると酒がまずくなる。おかみ、こいつらにうまいつまみ出してやってくれよ」

 カウンターのみの店で、奥の三つを陣取って、盛り上がりだした。

「確かにうまいね、若いのに渋い店知ってるねぇ」

「ああ、いい店だろ?あいつがいなきゃ、もっといい店なんだがなあ」

 升に入れたコップから冷酒をグイッと飲んで、おかわりをと差し出したところに、じゃばじゃばと升からもこぼれんばかりに酒を注がれて驚いて顔を上げた。旅館の仲居のような抹茶色の地味めの着物姿ですらっと背筋を伸ばして、アーモンド形の整った目と眉を吊り上げて、まつりが立っていた。

「おまえ!?なにすんだ!」

 零れそうな、いや、零れている酒を慌てて啜り、怒鳴った。

「いたのか、インチキ拝み屋!」

 まつりが酒の瓶をどかっとカウンターの上に置いた。

「インチキじゃないし、拝み屋じゃないし!」

 怒鳴り合うふたりに隣の若旦那風たちがおろおろしている。おかみが中に入った。

「いい加減にしなさいな、若旦那たちが驚いてるわよ」

 呆れたふうに言われ、まつりが腰に手を当て、カウンターから身を乗り出した。

「インチキって言われちゃ、黙ってらんない、そっちこそ、ぼったくり坊主のくせして!」

 坊主頭が酔っているせいか、頭も顔も真っ赤にして言い返している。

「ぼったくりとはなんだ、こっちは由緒ある寺だぞ、きちんとご供養して、せ、い、と、うにお布施をいただいているんだからな!」

 ふたりの口喧嘩がヒートアップしていく。

「お通夜にお葬式、戒名に納骨、そのたびに二十万三十万って、ぼったくりでしょうが!」

「うるせー、おまえこそ、性懲りもなく、あの世に荷物をお届けしますって、インチキ以外のなにものでもないだろうが!」

「だーかーらー、インチキじゃないってば、ちゃんと届けに行ってるんだから!」

「ありえねー、あの世に逝ってくるって、おまえはもう死んでいるのか!?」

 その後も散々ぱら罵り合って、息が切れたらしく、肩で息をしたふたりが、お互いにプイと顔を反らした。坊主頭が懐から財布を出して、万札をカウンターに叩きつけた。

「釣りはいらない!」

 飲みなおそうとふたりに手を振った。出る間際に若旦那風のひとりがにやにやしながら言っていた。

「秀念さん、次はわたしの行きつけの店にいきましょうよ……いい娘(こ)がいますよ」

 おお、行こうと同意している坊主頭―秀念の背中にまつりが塩を投げつけた。

「やらしい!生臭坊主!ご住職に言いつけてやるから!」

 塩は格子戸にぶつかって散らばった。まつりがおかみにごめんなさいをして後片付けをしていると、カラカラと格子戸が開いた。

「ああ、いたいた、事務所空だったからここかなと思って」

 五十がらみの小太りな男性が手をだした。

「先月分、まだもらってない」

 まつりがよろよろとカウンターの椅子に座り、突っ伏した。

「そうだ、今日までだった」

 おかみが万札を二枚寄越した。

「とりあえず、これで」

 ありがたく受取り、小太りに渡した。

「残りは後日……でお願いします」

 小太りがむすっとして受け取り、懐の財布に入れた。

「わかってるのかな、家賃っていうのは前払いなんだよ、本当は今月分をもうもらわないと……」

 まつりがわかってますと頭を下げながら、小太りを店から押し出して、お引き取り願った。

「ごめんね、おかみさん、事務所の仕事がなかなか入らなくて」

 でも、明日面談あるので返せると思うと言うと、無理しないでと優しく笑っていた。

「それにしても、秀念君とは保育園からの付き合いなのに、ほんと、仲悪いわね」

 まつりは、さっさと片付けながら、嫌なことを言われて、おかみさんをちょぴり恨んだ。

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