第16話

家で晩ご飯のとんかつを食べ終えた私。



ふいーっとぼんぽこりんなお腹をさすりながら食休み。

そこで母に頼まれた。


「ちょっとあの子にご飯持っていってあげて」

「…………えーあー………………うん。解った」


場所は我が家の二階。

私の部屋の隣に位置する。


あの子とは私の弟である。

名を五次郎という。遠江五次郎。


彼は数ヶ月前に不登校となり引き籠もりとなった。

切っ掛けは誰かと喧嘩した。とかだった様だ。


始めは気にせずに母も私も父も姉も自然に任せ本人を放置した。

その行いが良いか悪いかはその時には解らなかったが、その時点では結果的には良かった。


と皆が判断した。


なぜならば、喧嘩したクラスメートはトラックに轢かれて死んだから。


大げんかしたらしい相手の子はもう何処にもいないのだ。


しかしその事実が弟、五次郎の心を傷つけた。

現実は残酷なんだ。


と思わざる終えなかったが、そんな始まりから今に繋がる。




始めは唯の引き籠もりだったが。

気がついた時には人と接する事や喋ることを弟は捨てていた。

弟はずうっとパソコンの前で何かをしている。


何をしているかは見せてくれない。

そういう時だけ動きが止まるのだ。


パソコンのモニターを見ても何故か何も映っていない。



そんな時が経つにつれ解った事が一杯あった。

誰かが見ていると殆ど動かない。


トイレには行かない。

仕方なく医者を通じて大丈夫なように何かを取り付けた。


食事は誰も見ていない時に近くにあれば食べる。

パソコンで何かゲームみたいなものをしている。


弟はそのゲームの中ではギルドマスター的な役割をしている。


そうなのだ。

ゲームの中では誰かと話をしている。




……何故ゲームをしているって解ったか?


従兄妹のお兄ちゃんが教えてくれたんだ。

ゲーム内で五次郎に会ったと……。


弟は電子の中で未だに生きているらしい。

現実では生きているとは余り言えない状態に近いのに。


お兄ちゃん曰く何か……目的があってそれを目当てにゲームをしているらしい。との事だった。


それは、リアルでは手に入らないもの。と話していた。


試しにお兄ちゃんの家でゲームを見させて貰ったのだがどうしても出会えなかった。


昔はおねーちゃん、おねーちゃんと後をくっついて来ていたのに。


でも現状がそこまで解ったのならと家族会議でコンタクトを取るか、戻るように説得するか?


等も含め話し合いが行われたが私は弟の好きにさせたかった。


結果リミットは1年。


そのまま様子を観察しようとなった。

その判断が良いか悪いかは解らないが。




「ごじー入るよー……さらおだよ」


電気は消えているようだ。

真っ暗とまではいかないが目が慣れるまで余り見えない。


しかし間取りは解っているので足下を気にする程度で御盆を持ちながら進む私。



だが調子に乗ったら性格上、落としそうなので御盆は両手で押さえつつゆっくりと中へ進む。


弟は何時ものようにパソコンのモニターの前でカチャカチャとキーボードを使い何かをしている。


お兄ちゃんは目的を果たしたらきっと戻って来るだろうと話していた。


しかし、日に日にやつれ、痩せていく弟を見ているのは辛かった。


週に2回は訪問介護の人に色々と頼んでいるので身の回りは一応清潔に保たれている方だったが。



「おーい。ごじろーご飯だよ」

「………………」


「今日のご飯はごじの好きなとんかつだよ。美味しかったからしっかり食べてね」



「…………早く帰ってこい。……早くしないと私がそっちに行っちゃうぞ」


今日もぼーっとした顔に半分ほどしか開いていない目。

見つめるとやはり目の奥には光が隠れている。


何かを、己を掛けて何かをやり遂げようとする目。

そんな印象を受ける。


弟は何か意志を持って何かをしている。

それは間違いない。

という印象を何時も受ける。


「此処に、置いておくからね、冷めないうちに食べてーね。私、行くよ」



ドアの方へ振り向こうとしたとき不意に腕を掴まれた。


「…………ごじ?」


私はお化けに触られたぐらいにはビックリしたがその心を抑えて弟に話した。


その手は冷たく冷えているが、キーボードを打ち続けている事によってその力も維持している。


顔を見たが何も変わらない五次郎だった。


掴まれた腕に違和感を感じ腕を引くと何時の間にか腕に何か見慣れない物が付いていた。



「…………うでわ? ブレスレットかしら…………」



銀色の金属で出来たそれには一房の葡萄を象った装飾が付いていた。


とりあえず一旦外そうと思いもう片方の右腕で外そうとすると再び腕を掴まれた。



「…………これを付けていれば良いのね?」



そう話すと腕を放してくれた。


結局そのブレスレットは何か解らないが、夜寝るとき外しても朝になったら何故か腕に付いている。


そんなホラーな腕輪だった。

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