第24話

 5月15日

 ピピピピっという目覚まし時計の音で目が覚めた。

意識が覚醒、時間を見る。

「んだよ……まだ5時やんけ」

というかこの音は……隣の妹の部屋か。

そういや今日は一日練だと言っていた気がする。

こんな朝早くからお疲れなこった、なんて思っていると音が消えた。

妹が起きたのかもしれない。

ま、俺はもう少し寝るとしよう。これぞ部活ニートの特権。フルに活かさなきゃ損だしな。


 その後意識が睡眠に向いてきた時。

再び目覚まし時計の音が鳴る。

時間を見てみれば5時5分。なんと律儀な時計だろうか。

あと妹、二度寝してたのね……。

そうは言っても部活ニートの俺が言えたことでは無いのだが。

どうせあとちょっとで起きるだろう、と思い目を瞑った。


 まただ。また目覚まし時計が鳴った。

しかも段々と音が大きくなる仕組みなのか、隣の部屋の筈なのにまるで壁が無いかの如く響いている。

いっそのこと起こすか? いやしかし、朝の妹は大抵ご機嫌斜めなのだ。もしこれで俺が先に起きて

「おっはよーございまーす!」

と扉を開けて言ってみろ。

俺は死ぬ。精神的及び財布的に。

以前普通に起こしたら死にかけた。

だがどうもうるさい……お、止まった。

同時にカーテンを開ける音がする。

よかった、どうやら起きたようである。


 だがここで一つの事実に気付いてしまった。

そう、妹だけでなく俺の目も完全に覚めたのだ。

勉強しようかと悩む。今日は勉強会の日だからな。……ん? 勉強会?

バッと自分の部屋を見渡す。たたんだ服がブロックゲームのように高低差をつけて広がっていたり、ゲームや本が転がっていたり。

世間で言う汚部屋が、そこにはあった。

……不味い。別に俺の部屋に招くわけではないが、この状況は非常に不味い。

何故かって? なんと我が家で勉強会を実施することになったからである。


 事の発端はいつだったろうか。

確か数日前、勉強会の詳しい日程を決めようとした時だった気がする。

この日にしようとしたところで始める時間ややる時間、場所を決めることになったのだった。


 時間関連が決まれば自ずと場所も絞られてくるだろう、という皆川の意見を取り入れ、まず時間について方針を固めることにした。

午前のいついつから、午後から……様々な意見が出される。

結局午前からやると昼をどうしようかということになったので午後1時からスタートをすることに決まった。

やる時間については大体5時間程度で、適度に休憩を入れようという方針を取ることになった。


 次に問題になったのが場所である。

5時間というとファミレスでやるには長居すぎるし、かと言って図書館などでは自由に話せない。

他にも学校は開いていないし、公園じゃあ暑い。

そうなると場所は限られてくるわけで。

そのうちメンバーの家でできないか、という話題に移った。最初に、

「わり、俺の家は弟とか妹がいるから無理だ」

と誠司が言った。しまった、と思った時には時すでに遅し。

「申し訳ないけれど私の家も無理ね」

「……すまん、俺の家も無理だ。俺が集中できない」

と皆川に有原と続かれた。3人が無理ということで視線は自然と俺に向く。

「わあったよ、聞いてみる。……期待はすんなよ?」

他に候補となる場所もないのでそう言う他選択肢が無かった。


 その後母に相談した所、

「広嗣に友達が……⁈ しかも勉強会⁈ 勿論、構わないわ!……ってあれ、その日は涼子ちゃんの所に遊びに行くのよね……。対応できなくてごめんなさい。色々買っておくから是非お出ししてね」

あれ? これ暗に俺って友達がいない奴だと思われてね? 気のせいだろうか、いや気のせいではない。

「こちらこそ急にこんな話を持ってきて申し訳ない」

「いいのよ、頑張ってね!」

という二つ返事をもらった。

その後の話と言えば、母の快諾をもらった後3人に伝える際、3人のうち誰かが猫アレルギーを持っていたら大変だということで猫について話した。

3人ともアレルギーは無いようで我が家で開催することが正式に決定となったのである。


 猫といえば以前拾った2匹が我が家に住む事になったのは覚えているだろうか。

あの後名前に関しては兄の方を俺が、妹に関しては妹がつける事になった。

しかし、猫たちとそれなりの日数を過ごしているのにもかかわらず、俺は未だにどんな名前をつけるかで悩んでいた。

妹は……なんだっけ、確かドレミという名前をつけていた気がする。

一方の俺はオーソドックスな名前か、それともユニークな名前にしようか、と悩んでいる訳だ。

おい、とか猫、というのは流石に可哀想なので一応今のところ暫定的に先週偶々見ていた競馬のG 1実況で勝ち鞍になったハイパーオリオンの名前を借りてオリオン、と呼んでいる。

という訳で猫の名前、募集中です。

 

 話を戻すと、現在の時刻はあっという間に5時半。彼らと合流する前にこの汚部屋及び家を少なくとも人が入りそうな所を綺麗にせねばなるまい。

今ここにお掃除大作戦(笑)が始まったのだった。


 さて、どこから掃除したものだろうか。

一瞬リビング、とは思うが待て、今妹がいるはずだ。

朝食を食べているだろうし、そこで無闇やたらに掃除してもホコリが舞ってしまう。

衛生観念上それはよろしくない。

という訳でまず自分の部屋を掃除する事にした。


 結論からいえば自分の部屋の掃除は早く終わった。

というのも、汚部屋の様相を呈していたが、物がゴチャゴチャとしていただけであったからである。

服をタンスに仕舞い、本は棚、ゲーム類はボックスへ……と仕分けていたらいつの間にか終わっていた。

あとは床を掃除機をかけるなり、モップをかけるなりすればいいだろう。

途中、扉を開けていたので妹の視界に偶々入ったらしく、

「……アンタ、どうしたの?」

と聞かれた。

「どうしたのってお前……掃除だよ、掃除」

そう答えると、

「……ふーん」

とだけ興味なさそうに返して自分の部屋に戻って行った。

大方部活の準備をしているのだろう。

まぁ怪我をしないことを祈るばかりだ。


 妹が部活に行った後、リビングを掃除を開始した。

猫たちに餌をあげながら、自分の判断でどうにかできる物を片付けていく。

これは……と悩んだものはできるだけ隅っこにはけておいた。

俺だってまだ死にたくないんだ。これぐらいで勘弁してくれ。

そうこうしているうちにみるみる時間は過ぎていき、途中父が仕事に行ったり母が友達の家に行くのを見送りながら掃除をした。

結局、3人が来るギリギリの時間まで掃除が続いてしまった。


 やばい、そろそろ来ると昼食を流し込んでいた頃、スマホが振動する。

画面を見てみると……誠司か。通話ボタンを押し、

「はいもしもし」

と言う。

「……」

あれ、聞こえてなかったのか。それとも接続が悪いのか。

「もしもし、もしもし」

「俺、誠司君。今、お前の家の前にいるの」

「へぇ。で、本当はどこにいるんだ?」

「ひでぇ、乗ってくれよ……。まぁおいといて、家の前にいるのは事実だぜ」

思わずカーテンの方に視線を向ける。

真っ黒なリムジンがあるだけだ。

珍しいこともあったものである。

「リムジンがあるだけだぞ」

「だからそれよ、それ」

「「……」」

「んで、どこで合流だっけ? 今から向かうわ」

「現実逃避すんなー、はよ出てきてくれ。俺も落ち着かなくてヤバい」


 家から出るとそこには黒塗りのリムジンが一台あった。

窓はこちらから覗けないようになっていて中の様子は分からない。が、近づくと扉が開いた。

じ、自動だと……?

漫画などのフィクションの世界に来てしまった

のではないかと思ってしまう。

……あれ? そもそもこの世界はゲームの世界だったわ。だからありえない話ではない?

いや、しかしこれほどとは……。


 思考を一旦中断し、中からレッドカーペットが飛び出してくるのでは?と期待していると

出てきたのは……黒服の人と皆川たちだった。

「なんだ、人かぁ……何はともあれ、いらっしゃい」

「貴方ねぇ……」

「あ、広嗣もそう思った?」

「まぁやっぱり……なぁ、誠司?」

「おう。やっぱしさ、こういう時に出てくるものといえば、そう……」

「「「レッドカーペット」」」

俺、誠司、有原の声が重なる。……いや、有原ェ……。

「……マリー、後で頭痛薬貰えない?」

「承知致しました、お嬢様」


 3人、いや黒服さんを含めると4人か。4人に家に入ってもらい、リビングへと向かう。

「さて、これで集まったかしら。一応予定とししては国語、数学、英語、理科を順番で60分ずつやる事になっているわ。各自自習に取り組み、分からないことがあれば誰かに質問すること。……何か質問は?」

そう皆川が確認するが、特に質問はない。誠司や有原も無いようである。

こうして勉強会がスタートした。


…………………………………

…………………………

……………………

………………

…………

……


 「ふぃー終わった終わった……」

4人が帰ったのを見届けてリビングで一息つく。

ここまで色々引き摺っておきながらあっという間にに終わった。

「……」だけの6行で終わらせてしまってすまない。もしかしたら楽しみにしていた人もいるかもれないが、これといって見どころはなかったんだ。

それプラス、どう表現すればいいのかわからなかったのもある。


 一つ言うことがあるとするならば。

「マリーさん、美人だったなぁ……」

「……勉強するとか言ってなかったっけ?」

「いや、本当に美人なんよ。マジでヒロインに引けをとらないレベルよ、あれ」

「……」

「なんか反応してくれよ……ん?」

今更ながらに違和感を抱く。俺は一体誰と会話をしているのだろうか。

誠司が真似したメリーさんが引き寄せられてやって来た? いやいやないない。そんなのB級ホラーじゃあるまいし。また、流石にメリーさんは勉強会のことは知らないだろう。

ならば母?それにしては車の音がしていない。

ギギギ、と顔を向けるとそこには我らが妹がそこにいた。


「よ、よぉ。帰って来てたんだな。気がつかなかったわ」

「……」

やべぇ、ジト目だ。恐らく俺が勉強しているフリをして女性となんかしていたと勘違いしている。

「……そう、そうなのね。つまりアンタはそういう奴だったのね。ママに言いつけてやるわ」

そう言ってリビングから出て行こうとする妹。

懐かしい……ではなく、マズイ。どうにかしてこの状況を打破しなければ。


 「待ってくれ、エーミール!……じゃなかった、妹よ!」

「別にアンタのゲームコレクションもいらないし、密かに買ってきてた豆腐も……あ、あれはアタシが食べたんだった。そうね、もし黙っていて欲しいなら……分かるでしょ?」

妹が俺を見て嗤うが、俺には分かる。コイツが求めているのはアイスに違いない。なんて邪悪な妹なんだ。

……邪悪といえばメロス構文、俺は激怒した。

必ず、かの邪智暴虐な妹を……なんて思ったところでふと、きづいた。


 「ちょい待ち。あれ食ったの、お前だったん?」

「ええ。どうしてもお腹が減っていたから食べたわ。流石に気が引けたからアンタの貯金箱にお金は入れといたわよ」

「その気遣いは食べる前にして欲しかったな……」

夕飯に豆腐の味噌汁が出てきたからこれに使われちゃったのか、まぁ何も言わなかった俺が悪かったのだろう、なんて思っていたのだがどうも違ったらしい。

つーか食い意地張りすぎだろ、妹。挙句の果てにアイス要求してきやがったぞ。

「少なくともお前にアイスはやらん。これだけは絶対だ」

「ならママに言うわよ?」

「まぁまぁ。そう急ぐなよ。……俺が女性とどうこう出来る奴だと思うか?」

「ないわね。これっぽっちも」

秒速レベルの返答、しかも倒置法による強調もしている。

誤解を解くことはできたが謎の敗北感を味わう羽目になったのだった。


 それから少しして俺はお菓子のゴミ処理やリビングの掃除を、妹はソファーでゴロゴロしながらスマホを見ていた。

そろそろ終わりにするか。

そう思ったところで急に電話が鳴った。えーと、相手は……母か。

「はいもしもし」

「もしもし? 勉強会は終わった?」

「ええ、そりゃもう。大成功でござんす」

「よかったわ〜。あ、あとは陽菜も帰って来てる?」

「今ソファーでごろ寝してるよ……何かあった?」

「ちょっと渋滞にハマっちゃて、しばらくそっちに帰れそうにないの。お父さんも今日は同僚の人と飲んで来るっていうし……ご飯、どうしようかなって」

「まぁ俺は大丈夫なんだが……おーい、妹ー。腹減ってるー?」

「ペコペコー」

「だそうで」

「そう……どうする? 2人がもし今すぐ食べたいのならば外食してきてもいいけど……」

「外食、ねぇ「外食⁈ いく!」あー、行ってまいります、母上」

「分かった、後でお金は払うから。くれぐれも気をつけてね」

そう言って電話が切れる。幸い金は大丈夫だし、後で払い戻しもあるから特に問題は無い。

早速、何処に行くかを話し合うことにした。


「んじゃ、何処行く?」

これと言って食べたいものが思いつかないので妹に丸投げ。魚を食べたいと言ってきたら断固拒否するけど(クズ)。

「ラーメン一択ね」

「よしきた」

うし、『やまがら』に行こう。


 道中、歩きながら会話をする。

今更だが、こうやって話せるようになったのは随分な進歩ではなかろうか。

しかし重大な問題が一つ。

最近の子の話って、わからない。

やれ、どの俳優がカッコいいだとか、流行りの歌だとか。わからなすぎて草生える。

そのせいか、俺からの言葉は大体「はぇー」「そうか」「流石だな」の3択。つまり決まった答えしか返せないbotであった。

さっき会話と言っていたな? あれは嘘だ。そもそも言葉のキャッチボールが成立してないからな。

まだchat GPTと話した方が盛り上がっただろう。

まぁ本人が楽しそうならそれで良いのだが。


 『やまがら』についた。幸い今の時間は空いているようで、すんなりと席に座れた。

「俺はラーメン餃子セットにするけど、妹よ。どうする?」

「……ラーメン大盛り、チャーハン大盛りのセットのやつで」

「おっちゃん、ラーメン餃子セット一つと大盛りラーメンチャーハンセット一つ!」

「あいよ!」

しばらくして、頼んだものがやって来た。

「「いただきます」」


 ああ〜美味いんじゃ〜。いやはや、本当に絶品である。

この町の美味い食事スポットのトップ3に入ると言っても過言ではないのではなかろうか。

ラーメンをペロリと平らげ、そろそろ餃子もいただこうかと箸を伸ばす。

ふと妹の方をチラッと見てみれば食べ終わってる。へぇ、早いなぁ……食い終わってる⁈


 「な、なぁ。まさかとは思うが……もう食べ終わったのか?」

クソッ、「普段少食なのに麺類を早く食べられる」という俺のアイデンティティが、消えていくッ……!

「ええ。……餃子、いらないんだったらもらうわよ」

「やらんわ! 自分で頼め!」

「チッ……」

舌打ちしながら餃子2人前を注文する妹。……ま、まぁ部活帰りで腹が減ってたんだろう。

そうでなければ俺のアイデンティティが……。


「あざっしたー!」

 食べ終わって支払いを済ませ、外に出る。

ふいー食った食った。特に〆のスープ掛け白飯は最高だな。

ついでに妹と一緒にチャーシュー丼を食べた。

……俺も中々食べてないか?

そのせいか金額がえげつない額になってしまった。こりゃ母に怒られそうだ。


 「ねぇ」

「あい、何でございやしょう」

「行きはアタシが話したんだから、帰りはアンタが話しなさいよ」

「そりゃまたどうして」

「何でもいいでしょ」

「それじゃ、まぁ最近と言っても数ヶ月前なんだけど俺がソフトテニスを始めた話でもいい?」

「ええ」

そんな訳で、俺がテニスを始めた経緯や最近の状況を話す。

ちなみに、最近話題になってないからまさかサボっているのでないかと思っている人もいるかもしれないが、これでも隙間時間を縫って通っているぞ。

しかも聞いて驚け、何と女の子の方も名前を教えてくれたんだぞ。ハッーハッーハッハ!

ついに来たな! モテ期が!……そんな痛い奴を見る目で見てくれるな。冗談だ。

しかもだ。

小学生に手を出してみろ。1発でお縄だ。

そうなってしまったら俺の「学園祭で粉物を作る」という夢が叶わなくなってしまう。

それだけは困る。


「アンタ、8月中旬の市民大会は出るの?」

「そういえばそんな話あったな……機会があれば是非、とは思うけど」

「……そ。アタシたちも出るから」

「いや、流石にブロック違うんじゃないの?」

「ええ。けど優勝者同士が戦うエクストリームマッチがあるの。……そこで戦いましょ」

「いや、俺始めたばかり……」

一応前世でやってたけど数年前の話だし。

「じゃアタシ、走っていくから」 

「あ? というかさっきのって所謂フラグ……おい、ちょい待ちー!」

聞こえていたがわからないがバビューンと走って行ってしまった。見ているだけで脇腹が痛くなりそう。

家に着くとそこには脇腹を押さえ苦しそうな妹が。いわんこっちゃない。


 その後は風呂に入ったりし、各々好きなことをしていた。

少しして母が帰ってきて、父がタクシーで帰ってきた。母が父を寝室にぶち込んだ後、

「あ、広嗣、陽菜。レシート見せて」

ピキリ、と2人して固まった。

おずおずとレシートを差し出す。

……ドン引かれた、とだけ記しておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒロインに絡む不良になったけどヒロインスルーして帰たったw 田中太郎兵衛 @Aomilkun1541

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ