第19話

 4月22日

 バッドモーニング、皆様。藤堂広嗣です。今日は家に帰れる、ということでグッドモーニングにしようかと思ったが眠い、寒い、痛いのバーゲンセールだったのでバッドモーニングにした。

そんな現在の時刻は午前の5時30分。朝の放送の30分前である。

何となく目が覚めた、と言ってもやる事がなく、布団にくるまりながらスマホで動画を見ていた。


 「ではここで例を見てみましょう」

『コガサン⁉︎ ナズェタッテルンデイス! オロロロ○×△※!』

動画の中の女性がタブレットを操作すると男性が迫真の表情で叫ぶ動画が再生された。

「ここで重要なのはなぜ、というところをナズェと言ったり、ですをディスと言うところですね。次のところは何となくそれっぽいイントネーションで言う事ができるのでお好みで大丈夫です」

という的確なような投げやりなような解説がされる。なるほどな〜……今度使ってみようかな。


 うんうんと頷いていると隣のベッドから布ずれの音が聞こえた。目を向けて見ると眠そうな有原と目があう。

「あ、悪い。起こしちゃった?」

「……そろそろ起きる時間だから起きただけだ。気にするな」

時間を見て見るとあと10分程で放送がされる時間だった。もうこんな時間か……案外動画に集中してたな。というか何か忘れてるような……。

あ、そういえば今日は宿舎から出て行くのでベッドを整えていかなければならないと言う話だった気がする。

しかも朝食までに、である。

急いでベッドを整えた。


 何とか整え終えたので急いで朝食を食べに食堂に向かう。完全なる出遅れ。競馬ならビリ確定演出(?)である。少なくとも1着は狙えない。

やっと着いた頃には人がまぁ多いこと多いこと。何とか朝食を確保した後、席を探すのが面倒になりそうだなぁ……とゲンナリしながらキョロキョロしていると、ふと空席が目立つところを見つけた。ラッキー。

「お隣失礼しまーす」

そこに座っている奴をロクに見ずに席に着いた。


 朝食の冷奴をつつきながら横目で隣の奴の朝食を見てみると肉が山盛り。何かデジャヴを感じる。気のせいか。というか気にしたら負けな気がする。

そのまま食べ進めた。


 さて、部屋に戻ってやることなんだが、勿論ベッドにダイブ……じゃないぞ。折角一生懸命整えたのが無駄になってしまう。

学校の宿泊先のベッドや布団ってどうしてあんなに整えにくいんだろうな。

閑話休題。やることは無論準備である。後は簡単な掃除。先生が巡回しにくるというのだから面倒な話だ。


 準備を終えて有原と掃除をしていると守田先生が来た。

「おーやってんなー。んじゃテキトーに点検するからなー」

少しドキドキしながら見守る。みんなもドキドキしたのではないだろうか。

「床は綺麗だし、ゴミもない。んでベッドは……おい、入り口側使ったの誰だー?」

「俺です」

「藤堂かー……うん、やり直し」

ニコニコ笑顔でサムズアップ。つられて俺も……ってちょい待ち。今なんて言った? やり直し?

「いやだなぁ先生。それなりに綺麗だと思いますよ、ええ」

「……有原ー」

「はい」

「どう思う?」

「……俺の口からはなんとも」

ギョッとして有原を見てみると……おい、目をそらすな。本気でやばいと思っている証拠だぞ。

いや、それでも俺のベッドメイキングはそれなりの筈だ。

「い、異議あり!」

「ほー……根拠を言ってみろー」

「……」

「ないようだなー。異議は却下。んで閉廷。被告人は有原に整理のコツを教わりながらベッドを整えるように。そしたらバス行ってくれー。俺は次の部屋行くから。ほんじゃ」

裁判()が終わりを告げる。暗くなりゆく俺の視界に写ったのは完璧に整った有原のベッドだったーーー



 というのは冗談。流石に擦りすぎか? 次から新しいのでも考えておこう。

それよりも問題はベッドだ。有原のベッドメイキングが完璧だったのは事実。早速教わろう。

「という訳でご教授お願いします。先生」

と冗談めかして言うと、

「……うむ」

と返ってきた。案外ノリノリな感じ? 楽しいならオッケーです。

コツを教わりながらベッドを整え、バスへ戻った。


 バスに乗り込んで少しすると出発した。だんだん遠ざかって行く宿舎。これでお別れかぁ……。やっぱり寂し……かないんだなぁ、これが。寧ろせいせいする。

いや、確かにね? 有原だとか皆川だとか新しい友人や知り合いが増えたよ? それでもやはり出られて嬉しい。

イベントは楽しかったが、他の実生活(ベッドや風呂とか)がアカン。やっぱり家って神だわ。

というかまだ全身が痛い。使っていないあらゆる筋肉を使った気がする。


 まぁもう擦りすぎだろうからその事は置いといたとして。そんな俺を待ち受けているのは釣りである。もうさ、パラメータとか主人公のイチャつきとかどーでもいいから早く帰りたい。

もし隣でイチャついてみ? 奇声発しながら踊って妨害してやらぁ。

……そう考えるとやる気が湧いてきた。よし、更なる英気を養うために寝るとしよう。


 



 今回は着いたと同時に目が覚めた。さす俺。すごい長い時間いるわけでは無いので、貴重品だけ持って外に出る事にする。

バスから出て少し歩くと広がっているのは釣り堀。

見ていると魚が跳ねてポチャンという水音がしてウキウキする。ウキだけに……ほんとスンマセン、はい。


 景色を楽しんでいると説明が始まった。

全部言うと面倒なのでまとめると、

・2時間程滞在

・魚は各自2匹まで釣り上げることができる。

・釣った魚は焼いて食べること

・釣り終わったら自由時間

こんな感じだろうか。

 

 というわけで竿や餌、水の入ったバケツを受け取って場所取りをしよう。できるだけ人が少ない所がいい。

釣り糸が絡まって俺も絡まれるなんていうのは避けたいしな。

そう思って歩いていると早速いがみ合っているのを発見する。

「おい、お前もっと違う所に糸垂らせよ!」

「はぁ? お前が……」

おーおーやっとるね。これこれ。こういうのを避けたいのよ。

というかよくよく見てみるとなんか見たことある奴らな気がする。えーと誰だったかな。……ううむ、思い出せん。なんか俺に恋愛関連で絡んできたような……ま、思い出せないならそれまでか。

喧嘩を尻目に歩を進めた。


 うろつき回っていると(竿を持ってて危ないなんて言わないでくれよ)、やっと人が少ない所を見つけた。

これ幸いと餌を付け水に放り込む。

待ってる間は……そうだ、自分語りをしよう。暇だからね、仕方ないね。


 まず、ここで釣れた魚について。ちなみにここで釣れるのはニジマス。

魚類が嫌いだと散々言っている俺のことだ、どうせ食えやしないんだろと思っているそこの君。

残念だったな、俺はマグロと鮭、ニジマスなどは食べられる。

食べられないのはシシャモとか変に味付けされた魚とかなのだ。あと給食のやつは十中八九食べられない。食べられるまで解放されなかったのはまだ根に持っている。覚えてろあの教師……ゲフンゲフン。

まぁ何が言いたいのか、というと釣れた魚は食べられるということだ。

流石に2匹は食べられないから1匹釣って終わりにしようかな。


 次に俺の釣り経験について。何と前世込みで……ゼロ! んん〜素晴らしい(?)

今回が初めてです、はい。ゲームだとバカスカ釣っていたけどここは現実。簡単にアリゲーターガーなんて釣れやしないのである。

ぶっちゃけ全部何となくでやっている。何か釣れるといいんだけどな。


 さて俺の自分語り欲が満たされた所で……何か釣れたかな。さっきからうんともすんとも言わない。

因みにこの言葉、ポルトガルの何かが語源なんだっけ? 案外ポルトガルから輸入された言葉って多いので調べてみるのも面白いっすよ。


 引き上げてみると餌がない。もう一度言う。

餌がない。

パクられた? 自分語りに夢中だったのがいけなかったのか? ……ま、まぁいい。ならばもう一度餌をつけて挑戦するだけだ。

次こそはと意気込み、釣り針を投げ込んだ。

        〜5分後〜

 無いんだが? うっそだろおい。俺が鈍すぎるだけか? いや、トライアンドエラーの精神を思い出すんだ。挑戦あるのみ。

餌を付けて放り込んだ。


 そういうわけで上記の行いを何回も繰り返した。化学の実験かな? 

途中餌が無くなってもらいに行ったけどもう殆どの奴が釣り終えてたわ。気づけば人が明らかに少なくなっている。

みんな上手だなぁ……なんて思いながらまた投げ込む。数は両手を超えてから数えるのを諦めた。経過時間は1時間ほど。


 釣れて喜んでいる歓声をバックミュージックにしてぬぼーっとしていると、とんとん、と肩を叩かれた。

首だけ振り返ると高宮がいる。モジモジしている。

「……」

何か言うべきかと思ったが特に俺から言う事はない。ここはスルーが正解か。

ヒロインに絡む不良だけどヒロインスルーしたったw……冗談だ。それにしても何しに来たのだろうか。


 「……」

まあいいか。そんなことより魚だ、魚。

引き上げてみると……やっぱりいない。

強いて言うなら餌がまだくっついていた。

これは……進歩と言っていいのだろうか?

何とも言えない。次行こう。


 釣り糸を垂らして所でもう一度振り返ってみると……ああ、まだいる。

俺が言うのもなんだが友達がいないのだろうか。ちょっと心配。だがお前と話しているせいで友達ができねぇんだよぉ! と言われたら立ち直れる気がしない。……いい加減何か反応したほうが良さそうだ。


 「なぁ」

「は、はははははいっ!」

「落ち着け。深呼吸。……で、何か用? もしかして釣りの時間終わり?」

「……ふぅ。用事はそうですね。煽りにきました」

「えらい直球だな……しかしいいぞ。続けてくれ」

「先程部活の皆さんと勝負して負けたので罰ゲームです。何でも吹奏楽部代々伝わる煽り方だとか。丁度藤堂さんがいらしたのでこの人でいいや、と思ったのでやらせて欲しいのですがいいですか?」

「ほーん……ああ、まぁどうぞ」

「ふふ、覚悟はいいですか?」

「あーい……あ、餌無くなってる……」

「ええと……ざ、ざあこ、ざあこ♡ まったく釣れないよわよわ♡ 悔しかったら早く釣ってみなよ♡ ざあこ♡ 」

「……」


い、今起こったことをありのままに話すぞ。吹奏楽部代々伝わる煽りを高宮がしてきた。

以上……あれ、凄い単純に聞こえる。

いやいや、内容は中身だ。間違った。問題は中身だ。

一体これを聞いてどうすればいいのだろうか。

というかどう反応してあげればいいのか。


「あ、あの……。どうでしたか?」

ここは優しく言うべきか? それともスルーすべきか……ああ駄目だ。いい案が思い浮かばない。偉大なる先人よ、我に案を授けたまえ!……駄目? さいですか。

「何か言ってくださいよぉ……」


 ウンウン唸っていると竿がピン、と震えた。

これは……来た! かかった!

グイグイと引っ張っていくとニジマスが釣れた。

「やっとだ……やっと釣れた……」

こうしてはいられない。はやく焼いてもらおう。勿論塩多め。うーん楽しみ。

「……藤堂さん! 何か! 反応を! ください!」

あ、まだいたのね……ではなく、そう言えばコイツの煽りを聞いたら釣れたよな……最大の賞賛をあげたいくらいだ。

まさに幸運の女神が微笑むトリガーとなる素晴らしいものだった……もうこれでいいや。サッサと食べに行きたい。

「サンキュー! お前は俺の幸運の女神だ!

その煽り、最高にイカしてたぞー!」

「ええ⁉︎ そ、そんなぁ……女神なんて……というか……え? 藤堂さんこういうの好きなんですか? ちょっと⁉︎ 走るの早過ぎません⁉︎

藤堂さーん!」

走ってる時に何か聞こえたけど気のせいだろ。そんなことよりも塩焼きは目前だと、魚がバケツから飛び出さない程度に走っていった。



 小屋にいるお爺さんにニジマスを焼いてもらう。

「ほい、焼けたぞ」

受け取ると香ばしい匂いがした。

齧ると身の甘さと塩のしょっぱさがベストマッチでハーモニーが……段々何言ってるか自分でもわからなくなってきわ。

よし、簡潔にまとめよう。美味かった。これに尽きる。


 食べ終わって時間を確認するとそろそろバスに乗り込むのにいい時間である。ニジマスを焼いてくれたお爺さんに感謝を述べてバスへ向かった。


 バスに乗って少しすると出発し始めた。

これからパーキングエリアに寄りつつ学校に帰るようだ。

林間学校ももう終わりかぁ……と思いつつ何となくスマホを覗いてみる。……お、何か丁度連絡がきた。誰だろう、母だろうか。

『お土産ちょうだい』

簡素な一言。コメント主は何と妹。ちなみに俺は妹の連絡先を登録してない。母から俺の連絡先を聞いたのかもしれない。

「……しかし反応に困るな……」

だってもう宿舎から出てるし。あとすごい金があるわけでもないし。


 そもそもここら辺で有名なお土産って何だろう。調べてみると饅頭、ラングドシャあたりが良さそうだ。値段もお手頃で量もある。

家族に買うお菓子類の金字塔と言っても過言ではないよな、そういうやつ。

『饅頭とラングドシャどっちがいい』

と送信すれば、

『ラングドシャ』

と返ってきた。所持金を見れば……お、これならラングドシャと饅頭の両方が買えそう。

俺は饅頭の方が食べたいからな、両方買うことにした。


 

 

 そんなこんなでお土産買ったり寝たりして遂に学校に着いた。現地解散ということで挨拶も程々にして帰路に着く。

荷物重いンゴ……。そうは言っても歩かなきゃ帰れない。

荷物も重いし暗いし、疲れてるし……そうだ、こんな時は歌でも歌うか。気分を上げたい。勿論、近所迷惑にならないようにだぞ。

「帰りたーい、帰れなーい、冷たい我が家は待っていない〜♪」

あれ、絶望感が増していく……選曲ミスりましたね、これは。

しかしこれ以外に知ってる曲がねぇ。

帰ったら流行りの曲でも聞いて見ようかな。


 家に着けば冷たい我が家……じゃなかった、我が家に着いた。鍵は……あれ、開いてない。よくよく見てみれば明かりもついてない。冷たい我が家(温度的に)が実現してしまった。

鍵を開け、

「たでーまー」

と声を出しながら家に入る。

全部放ってダラダラしたいところだが、先ずは荷物を片すところから始めるとしますかね。


 洗濯カゴに諸々をぶち込んだり、着替えたりしてリビングでアイスを食べていると玄関の扉が開く音が聞こえた。

「あら、広嗣。帰ってたのね」と母。

「おかえり」と言いながら振り返れば妹もいる。心なしか怠そうだ。

「どこか行ってきたん?」

「陽菜が風邪引いたみたいで病院にね。しかも花粉症だから余計怠いみたいで」

「へぇ……まあお大事に。そうだ、妹よ。お土産ここの机に置いといたから。とっとけ」

妹がコクリ、と頷く。

「あ、そうだ広嗣。夕飯はお粥ね」

「あいよ」

丁度温かい物を食べたいと思っていた所だ。

塩昆布をパラパラして食べると美味しいよな。


 夕食を食べ終え、風呂に入った後に部屋に戻る。

はやく寝よう、と思ったがふと少しだけ最近流行っているという音楽が気になり聴いてみることにした。

まあちょっとだけですしおすし。寝落ちに注意したいところだ。

さて、早速聴いてみますかね……

『〜♪〜♪』


 <悲報>俺氏、全然聴き取れない

やべぇ、全然わからん。歌詞見ながら聴いたんだけど全く聴き取れない。

聴いていると気分が上がるのは分かる。でもテンポが速いのと歌詞に英語が多かったりして歌おうとするとゴニョゴニョどもってしまう。

さながら今朝聞いた、ようわからん言語を話している感じ。今ならマスターできそうだ。

その後何回かリピートしてそれでも一向に改善の余地は見えず。

スマホをそっと閉じて寝ることにした。

……流行に乗れず、若者言葉も理解できず苦しむ夢を見た……





 


 




 











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