第17話

 4月20日

 ピピピピッ、という時計の音で目が覚めた。

目を擦りながら時刻を見ると5時30分。

なんだ、そんな時間か……まだまだ本来の起床時間まで余裕あるから二度寝してヨシ! おやすみ……じゃない!

林間学校が始まるから今日だけは早く起きて学校に行かなければならないのだ。

二度寝している場合ではないと急いで着替えてリビングに向かった。


 リビングに入れば父が新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。

普段であればもっと起床時間は遅いはずだが今日は呼び出しでもかかったのか?……俺も将来会社から呼び出されたらどんなに眠くても出勤せにゃならんのか……。

急いでいることを忘れて絶望していると父が声をかけてきた。

「おはよう、広嗣。確か今日は林間学校だったよね。荷物が重いだろうから車で送っていくよ……あ、友達と一緒に行ったりするかい?

もしそうだったらそっちを優先した方がいい」

「いいえ滅相もございません。是非乗らせてください」

父が仏に見えた瞬間だった。


 大袈裟だなぁとニコニコ笑いながらいいながらパンを焼いてくれる父。流石ジェントルマン。

「いきなりで悪いね。昨日言えればよかったんだけど……」

「むしろありがたい。集合時間に十分余裕を持っていけるようになるし」

「そう言ってもらえると助かるよ……あ、焼けたみたいだ。どうぞ」

パンが乗った皿を受け取りバターを塗って食す。

パンの甘みそのものを味わうのもいいがバターを塗るのも大変乙なものである。

そういえば前世ではバターを塗って岩塩を振りかけてから焼いて塩パンとか言って食べてたなぁ……岩塩、かけすぎ……ウッ頭が……。


 さっさと食べ終えて歯を磨き、荷物を取りに行く。ちなみに移動中は寝ている母や妹への迷惑なんて考えずにダッシュ。後で締められるかもしれない。

何か荷物を忘れていないかチェックして父の車に乗り込み、学校まで送ってもらった。


 学校に着けば、まだ集合時間より早いがかなりの数の生徒がいる。フハハ、まるで人がゴミのようだ……あれ、その中にいる俺もゴミなのだろうか? 元ネタの人は遠いところから見て言っていたが俺は今その渦中にいるわけで……うーん。

エセ哲学のようなことを考えていると、

「おはよう!」

と声をかけられた。誠司だ。

「おはよう。よく俺を見つけられたな」

「そりゃ人混みから離れたところで考え事に耽ってるぽかったからな。何考えてたんだ?」

「まぁとるにたらない考え事だから特に話すようなことじゃないさ」

「ハハッそうか。ところで調子はどうだ? 俺はバスで酔いやすいから憂鬱」

「ご愁傷様。俺はとにかく眠いから寝る。……誠司は今来たのか?」

「おうよ。あーあ、バスがクラス別じゃなきゃお前と一緒に乗れたのになぁ……」

「ま、来年はそうなることを願おう」

そんな風に雑談していると点呼始めるという先生の声が聞こえてきた。

「そうだな……そろそろ集合か。じゃあな、いい林間学校を!」

おう、バイチャ〜と手を振って自分のクラスメイトが固まっている所へ向かった。


 点呼を済ませ、大きい荷物をバスのトランクに入れてもらいバスに乗り込む。

俺の座席はたしか後ろから3番目の右側だったっけか。

ちなみに行きのバスも帰りのバスも俺は通路側である。……本当は窓側の方がいいんだが、通路側にいた方が何かと便利だったのだ。

窓にもたれかかって寝たかった……。


 どんな体勢で寝ようかと思案しながら自分の座席に行くと既に窓側に有原がいた。

「む……藤堂か。眠そうだな」

「おう……パーキングエリアとか着いても眠ってたら悪いけど起こしてくれないか」

「構わない」

短めのやり取りをしながら座席に座った。……お、とてもフカフカで気持ちいい。今まで座った座席の中でもトップスリーには入るクラス。

スッと眠りに入っていた。





 「藤堂、起きろー」

ユサユサと身体を揺らされながら誰かに起こされる。パーキングエリアに着いたのだろうか。

「おおありがとう、有は……ら?」

「ほー。俺が有原に見えるのかー。あんなにマッチョになった覚えはないぞー」

目を擦って改めて見るとなんとそこには守田先生。隣を見れば眠っている有原……いやお前も寝とるんかい! 別に寝ちゃいけない訳ではないけども。

「ハハ……おはようごぜえやす」

「おう、はよー」

「パーキングエリアっすか」

「いや、もう宿舎に着いた」

「ゑ?」

「だってほら、周り見てみろ。誰もいないだろー」

「……もしかして置いてかれた?」

クラスぐるみのイジメかな? だとすればもう学校に行けないんですが。

「いや、向かいの席のやつが起こそうとしたけど起きそうにないから先に降ろした。で、俺が起こしに来た」

あ、こりゃ俺が悪いわ。うーん最初から他人の仕業を疑うこの性格。クズさに磨きがかかっていますね。流石前世で塾で寝過ぎて呼び出しをくらい、「人としてなっていない」と言われただけある。

「……すみません。ご迷惑おかけしました」

「いいぞー、さっき降ろしたばっかりだし。それにちょっとドッキリして反応見てみようだなんて言ったの俺だし……あ。」

前言撤回。やっぱクズだわこの教師。あとクラスメイトの奴らもグルだったんかーい。


 有原を起こさなければ、ということで起こす。

「……敵襲か?」

「お前は一体何の世界線で生きてんだ?」

正直言って世紀末で闘ってますと言われてもあまり違和感はない……いやこれは大袈裟か?

そして問の答えにそうだと言えばどうなったか気になる。

 

 バスから出るなり、

「藤堂、有原(君)すまん(ごめんなさい)!」

出た瞬間にクラスメイトから謝られた。

いや、俺は案外こういうのは好きだし気にしていない。

有原を見ると……うん、無表情だ。しかしボソッと気にしてない、と言ったのが聞こえたから大丈夫だろう。

気にしてない旨を伝えれば男子から詰め寄られてもみくちゃにされる。

やれお菓子やるだの、後でジュース奢ったるだの……おい待て、今菓子のゴミ捩じ込んできた奴誰だ。菓子は菓子でもゴミはいらん。


 少しして収まるとバスのトランクに入れてあった荷物の受け渡しが始まった。

俺の旅行バック、俺の旅行バック……お、あった。

旅行バックの見た目はみんな似ているので、万が一違う誰かの物を取っていってしまうこともあるかもしれない、ということでよく確認してから手に取る。……やけに注意深いなって?

ハハ……察してくれ。


 クラスで集まると守田先生から予定を聞かされる。

今から宿舎に入りチャックイン。各々の部屋に荷物を置き次第昼食を食べる為に食堂に集合。

その後は4時のカレー作りまでは自由行動とのこと。

自由行動時は宿舎の外に出なければ何をしていてもいいらしい。ただし騒がしくしないなどの常識を守れ、とのこと。

話を聞きながら山は寒ぃなぁ……なんて思っているうちに話が終わる。

そしておお、やっと中に入れると嬉々として進もうとすれば、

「藤堂と有原はちょいと残ってくれー」

と呼び止められた。

はて、なんかあったっけな。


 みんなが去るのを眺めつつ、

「あれ俺またなんかやっちゃいました?」

と尋ねる。(この時頭の後ろを掻くのも忘れずに)

「お前の魔法が弱すぎるんじゃなくて強すぎるなんてことはないから安心しろー」

おお、このネタがわかる先生がいるなんて……

中々レアである。

というかなんで呼ばれたんだろ。俺たちは保健係などの役職に就いているわけでもないので尚更わからん。

「説教とかじゃねえから安心しろー。むしろその逆。謝罪だな」

ああそうそう謝罪ね。……謝罪? 何の?


 何かわからないけどよし、ちょっと揶揄ってみようかな、さっきの仕返しということで。

「まったくっすね。詫びろ詫びろ詫びろォッー!」

……フッ決まった。一回言ってみたかったんだよな、コレ。本来なら他人に言うことが憚れる言葉だが今の状況なら……あれ、これで成績下げられたりしないよね? だとしたらただでさえヤバそうな数学の成績が死んだンゴ(^○^)

ドヤ顔から一転、恐る恐る先生を見ればプルプル震えている。

怒りの咆哮来るか?

「……クク、アハハハ! 藤堂、お前それドヤ顔⁉︎

しかも詫びろ連呼ってお前……ククッ 今思い出しても笑えるわー」

よかった、怒りの咆哮ではなかったようである。

これで俺の数学の成績の平和は保たれた。


 先生が笑い終えるのを待っていると有原が話しかけてきた。

「……藤堂、結局先生は何に関して話そうとしたんだ? 謝罪、と言っていたが」

あ、そういえばそうだったな。途中からすっかり忘れてた。

「守田先生、結局何の話なんでしょうか」

というわけで話しかける……もまだ笑っている。そんなに可笑しかったのだろうか。

「ヒー……ククッ……あー、笑った笑った。クハッ

……で、何の話かだったなー。さっきのバスの件だよ」

「そういえばそんな事ありましたね。俺はあまり気にしてませんが」

「……俺も藤堂と同じです」

「まーお前らがよくてもなー。ケジメだよ、ケジメ……という事ですまなかった。いくらドッキリと言えども不安とかにさせちまっただろう」

「ああ、なるほど……最近世の中そういう事件がありましたもんねぇ。了解です」

「……先生の謝罪、しかと受け取りました」

「そう言ってもらえて助かるわー。……うし、俺もこれっきりというほど薄情じゃないからなー。後でお前らに何か奢ってやるぞー」

「お、マジですか。じゃあ俺『やまがら』のでラーメンで。ゴチになりまーす」

「……俺は『ステーキハウス エミュー』のステーキでお願いします」

「ちょい待ち、俺お小遣いピンチなんだけど……つーか、え? そこまで容赦なくいく? 遠慮しねぇ?」

「いや、だって……なぁ、有原?」

だってそもそもの動機がなぁ……

「……うむ」

話はもう終わりだ、という事で有原と笑いながら宿舎に入る。

「お前らがクラスに馴染めるようにと企画した俺がバカだったー!」

後ろから先生の悲鳴が聞こえた気がした。


 宿舎に入り鍵を受け取って部屋に向かう。

俺たちの部屋は3階の真ん中の部屋なのだが、

ここにエレベーターなんていう文明の道具はない。つまり歩いて階段を上り下りせにゃならなん。

まあまあ重い荷物を持って階段を上るのでやはりそれなりにキツい。

何とか部屋まで荷物を持って行き、鍵を開けた。


 「おお、綺麗だな」

ベランダから見える景色と部屋の具合の両方の意味でそう述べる。もっとも、部屋はベットが2つあるだけで他には何もなく、ただ白さが際立っているだけだが。

「有原、ベッドどっち使いたい?」

「俺はどちらでも構わない」

「じゃ俺は扉側もらうわ」

ベッドはどんな感じかな。楽しみ……だとすればすることは一つしかない。

「藤堂、いっきまーす!」

そう、ダイブである。荷物を邪魔にならないように置いて……嗚呼ベッドよ、今行く……

「へぶあっ!?」

ぞ、というタイミングでベッドと出会ったのはいいが……かてぇ。飛び込んだ衝撃が全部俺に返ってきた。

「はぁ……もう帰ってよろしいか?」

家のフカフカのベッドが恋しい。実家に帰らせていただきます!

「……何をしているんだ?」

あの有原も呆れ顔。今更だけど初めて表情が変わったのを見た気がする。


 諸々を整理し終えて食堂へ行き昼食を食べた。メニューは無難にご飯と味噌汁、海苔と卵焼きだった。魚? 知らない子ですね……(一応食べたけど)

部屋に戻れば自由時間。今は大体1時30分だから……まぁ2時間ちょっとは自由だ。

しかしここで大きな問題が発生する。よっしゃ、俺は自由だー! と思ってもやることがない。

何となくトランプ(家にあったのをパクってきた)

は持っているが……いかんせん2人でやるのはなんか物寂しい。そもそも付き合ってくれるかわからんし。

しょうがない、しおりでも読むか。建物の構造とか載ってるし。知っていて損はない。


 という訳でベッドでゴロゴロしながらしおりを読み始めた。

なるほど今回の林間学校のねらいはこういうことなのか……

「フッ、フッ……」

それで今後の予定は……成程な。

「フッ、フッ……」

で、建物の構造は非常口がそこにあって……ああ、俺はこっから逃げればいいのね……

「フッ、フッ……」

……今更だけど有原は何やってんだ?

フッ、フッ……てなんか喘いでる(?)けど……

チラリと有原の方へ目を向けると……上半身半裸で床で腕立てをしていた。

 

 「……何やってんだ?」

「フッ、フッ……ん? ああ、腕立てをしている。楽しいぞ」

「ああうん、そだね……」

だって今のお前ニッコニコだもん。……じゃなくて! 

「悪い、聞き方が悪かった。なんで今やっているのか理由が聞きたくてな」

「やることがないと思ったからな……一旦止めるか。話しているのに失礼だ」

そういうと有原はノッソリと立ち上がりベッドに腰掛けた。


 「筋トレが趣味なのか?」

「ああ。自分の成長が見えて楽しいからな」

そういう有原の体を見ると、確かにいい筋肉をしている。正直ちょっと憧れる。

「調子はどうだ?」

「上々だ。今日も俺の筋肉がエキサイトしている」

互いに笑顔でサムズアップ。なんだこれ。

「というか腕立ての途中は笑顔だったな。正直言ってあまり表情が変わらないやつだと思っていたからビックリだ」

「そうか? 佳代は俺のことを結構わかりやすいと言うんだが……」

それ小さい頃からいるからじゃね? まぁでも、わかりやすいと言えばわかりやすい……か?

「それはともかく……どうだ、藤堂。せっかくの機会だ。俺と親睦を深めないか?」

「おん? まぁ確かにこの機会にお前と仲良くなれたら、とは思ってたからいいぜ。何やる?」

トランプとかか? さっき物寂しいだなんだと言っていたが訂正だ。取り出すためにバックに向かおうとすると、

「……そうか。ならば……『マッスルミュージカル』開演だ」

なんか不安な単語が飛び出してきたんだが……。


 「一応聞いとくわ。それ何?」

「動画でのマッスルエクササイズだ。やった後に飲むプロテインは美味いぞ」

そう言ってプロテインをバックから取り出す有原。

お、これは……ゲームで筋力を上げるんでよくお世話になりました。

「やろうとした理由を聞かせてくれ」

「お前も筋トレ、しているだろう……? 俺のマッスルアイは全てお見通しだ」

筋肉の力ってすげー! ……じゃすまないんだよなぁ。何なんだよ、マッスルアイ。確かにやってるけどさぁ……怖。

「ちなみにキツさは?」

「楽しいぞ」

わあニッコニコ。これは素晴らしい笑顔。

おいおいおい、こりゃ俺死ぬぜ?

「……やっぱりトランプとかにしねぇ?」

明日登山だからね、仕方ないね。

「ない」

すっげぇ力強い2文字いただきましたー!

ということで逃げます。

▷藤堂はにげだした!

▷しかし、マッスル魔人有原にまわりこまれてしまった!

▷マッスル魔人有原からは、にげられない!


「や、やめろ……俺に近付くなァァァァ⁉︎」

▷藤堂の筋力が3上がった!

▷藤堂はバッドステータス「筋肉痛」になった!

………


 「ああもう駄目だぁ……おしまいだぁ……」

全身が痛い。こんな体じゃ登山なんてロクにできない気がする。対する有原はニコニコとご満悦。なんだあの化け物。

現在の時刻は3時半と少し。もう汗びっしょりである。

一応汗をかきまくるだろうから、という有原の警告に従ってパンツ一丁で取り組んで正解だった。

「これ取り替えたいけど着替えがなぁ……。つーか汗臭いな、俺たち」

タオルで体を拭きながら愚痴をこぼす。

「……これをやろう」

ポイ、となんかを投げ渡された。これは……制汗シートか。

「お、くれんの?」

「無論だ。俺とお前は既に筋肉の友。遠慮はいらん」

返事に困るけど心遣いはありがたい。早速体を拭くことにした。

ああ〜気持ちええんじゃ〜……いや、やっぱり寒い。

段々と体が冷えてきた。もうこの際下着が汗でビッショリだろうがなんだろうが腹を括ることにする。

急いでジャージに着替えた。

「そろそろカレー作りか」

「ああ、あれだけ動いたからな。美味いだろう」

そう考えるとちょっと体が軽くなった気が……うん、マジもんの気のせいだった。


 有原と外に出ると広場にはチラホラと生徒がいる。確か俺たちの班の場所は……あそこだな。


 向かうと既に高宮とお嬢様がいた。近付くと高宮が

「あ、こんにちは」

と声をかけてきたのでこちらも挨拶をかえす。

「さて、全員集まったわね? 早速だけど誰が何をやるか決めましょうか」

どうやらお嬢様が指揮をとってくれるようだ。

「アルベルトは火を焚いてちょうだい。

私はご飯を炊くから他の2人は野菜を切っておいてくださいな。カレーのルーは味の好みが別れるかもしれないから全員で作ることとします。何か疑問は?」

異議なし、ということで各自持ち場に着くことにした。


 野菜類は既に各班トレーに用意されており、俺たちの仕事はそれを適当なサイズに切ることである。ちなみに場所は何とびっくり、宿舎の調理室(学校にあるようなやつ)があるのでそこで色々下処理を終えるらしい。

という訳で早速野菜を切ろう。

「高宮、切りたいやつある?」

「え? じゃあ私人参と玉ねぎやるんでじゃがいもお願いできますか」

「あーい」

じゃがいも、といえば芽に毒が含まれているので有名だからな。よくチェックして皮を剥こう。

2人で黙々と作業を進めた。


 全部切り終わり、先生から肉を受け取って具材を鍋にぶち込む。その後その鍋を外に持って行ってルー作りをするらしい。この時、作業全部調理室でやればいいと言うのは禁句である。


 鍋を持っていくと既に有原が火を焚いていた。そんな有原の表情は……何かくたびれてる?

「おーお疲れさん」

と声をかければ

「……まったくだ」

と若干低い感じの返事が返ってきた。

足元を見れば発火錐が。……ああ、こりゃ疲れるわ。中々つかなくって辞めたくなった記憶がある。

「……それが鍋か?」

「おう、ルーは一応甘口、中辛、辛口全部持ってきといたぞ」

「俺は中辛をオススメする」

「多数決でな」


 一旦全員で集合し鍋をセットして炒めながらルーを決めることにした。

「私は甘口がいいですね」

「……中辛をすすめる」

「私は辛口ね」

「俺は辛口派だな」

このままいけば辛口となる。しかし高宮、有原が譲らなく、埒があかない。

こりゃ長引きそうだな、と思っているとふとあることが思い浮かんだ。

もし使わないルーがあった場合それはどうするのか、ということである。

だとすれば勿体無い。食い意地が張ってるって? 捨てるよかよっぽどマシである。何なら使わないやつを俺が食べたっていい。

これをどうにかできないか……お、いい案があるじゃん。

「いっそのこと全部混ぜようぜ」

「「「それ(ね)(だ)(ですね)」」」

これで全部解決である。


 結果としてもういっそのこと全部混ぜようぜ作戦は功を奏した。一体これは何辛なのかはわからないが、まぁ美味しいかったからヨシ!


 


 後片付け、ということで鍋を再び外の流し台で洗っていると(ジャンケンで負けたのだ)、

「ねぇ、そこの不良」

と声をかけられた。振り返るとそこにはお嬢様。俺に声をかけるなんて珍しい。

「何でございやしょう、お嬢様?」

「アルベルトの件よ。さっき作業している時によく貴方について話していたから」

もしかして私のアルベルトにちょっかいかけないで的な? もしそうだとすれば、寧ろ俺はかけられた方に当たるのではなかろうか。

マッスルミュージカルの音楽が脳にもう刻み込まれ、今でも脳内で再生されている。

おかげで洗い物のテンポもマッスルミュージカルの音楽のテンポに毒されている始末。

……あれ、最早末期じゃね?

なんてくだらないことを考えているとお嬢様が話を続けてきた。


 「アルベルトと仲良くなれる人は中々いないから。実はちょっと心配してたのだけど、今日の様子を見た感じ大丈夫そうね。……どうかこれからも仲良くしてあげてくださいな」

「ほぉ……私のアルベルトにちょっかいかけないでって怒られるかも、と思っていたから意外だな」

「貴方は私のことをなんだと思っているのかしら……? アルベルトの件なら寧ろ逆よ。私のせいで友達ができない……なんてこともあるから」

ああ……そういえば結構連れ回してる感じあるしな。君の行動を改めなさいよ、とは思うが軽々しく言うもんじゃないか。

「その……私も友達が少ないからなんだかんだ頼っちゃう節があるのも自覚してるわ。

それでも言わせてちょうだい。アルベルトと仲良くしてくれてありがとう」

「なんかオカンみたいっすね」

「そんなんじゃないわよ!……はあ、もう。茶々を入れてくるせいで気が抜けちゃったわ……そうだ、貴方名前は?」

「ナナシノゴンベエ」

「成程、ナナシノゴンベエね……ちょっと待って。そんな名前の人はうちのクラスにはいないでしょう」

あ、バレた? ゲームとかで名前に困ったらこの名前にしちゃってるからある意味俺の名前だと言ってもいい気がしたんだけど。

「藤堂広嗣だ。よろしくな」

「ああ、貴方が藤堂君ね。何人か名前と顔が一致してない人がいて貴方もその1人だったのだけれど、これで覚えたわ。それと、こちらこそよろしく。私は皆川佳代。できればお嬢様とかではなく、皆川と呼んでちょうだい」

こうしてお嬢様……ではなく皆川と知り合った。

ちなみに洗い物は、体がマッスルミュージカルのテンポに無意識にノっていたらしくいつのまにか洗い終わっていた。

筋肉の力ってすげー!……あれ、違うか?


 その後のキャンプファイアーを根性で乗り切ると風呂の時間となる。疲れ切った体に染み渡って最高だった。


 部屋に戻るとそろそろ消灯時間ということでいそいそと就寝の準備が始まる。

ベッドの整理が終わったので何か連絡が来ていないか一応見ときますかね。

えーと何々……母と父から来てる。あとは公式のやつ。

『林間学校どう?』という旨のメッセージが来ていた。『楽しいよ』……と。あとはそうだな、友達や知り合いが増えたことでも書いとくか。


 スマホを操作していると有原が声をかけてきた。

「……寝る前のブルーライトはよくないぞ」

「家族からメッセージが来ていたからな。返信しておこうと思ったんだ」

「ああ、チャット、というやつか……そうだ、俺と連絡先を交換してくれないか」

「……寝る前のブルーライトはよくないんじゃなかったのか?」

「思い立ったら吉日、が俺のモットーだからな」

ドヤっている有原を無視して連絡先の交換を済ませる。

「これでいつでもマッスルミュージカルに誘える。よろしく頼むぞ」

やっぱりブロックしようかな。


 そろそろ消灯時間が迫っているので雑談もほどほどに済ませ、部屋の電気を消して眠ることにした。

慣れない環境やマッスルミュージカルなどの影響かすぐに眠りについた。










 

















 



 















 

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